[18禁] 逆リョナ系SM小説サイト  〜美しき女性たちの狂気〜
「次で最後です」
 先輩の囁く声を聴き、私はあらためて書類とペンを拾い上げた。おそらく、先輩はソツなくこなしてしまうのだろう。しかし、本当にそれでよいのかという懸念が、私を突き動かしていた。
「由香利先輩……」
 思わず、私は先輩に声をかけていた。
「もう。……もう終わりにしては、ダメですか?」
 私がそう言葉を重ねた時、男の表情がにわかに精気を帯びてくるのがわかった。しかし同時に、先輩の表情はみるみるうちに険しくなっていった。
 先輩は男に一礼し、私の元へと歩を進めた。しかし、私もまた毅然とした態度を崩さなかった。先輩が私の目の前で立ち止まった時、私は、
「先輩、酷すぎます!」
 と、半ば感情的に、内に溜めていた思いを吐き出した。先輩は私の言葉を聞き、ふっと穏やかな笑みを私に向ける。
「さっきも言ったでしょ? 私たちは法律の――」
「わかってます。でも先輩は、その、冷たい……と思うんです」
「冷たい?」
「そうです。容赦も躊躇もない。手加減も一切しない」
「……その考えは違うよ」
 そう言った先輩の表情は、少し寂しさを感じさせるものだった。先輩がさらに口を開く。
「さっきの執行中、あなたは手加減してたの?」
「いえ。……一生懸命やりました。でも、痛がったら躊躇する。それが人間だと思います」
「違う。どんな過程を経ても、刑は実行する。あなたの過程がもたらしたのは、何だった?」
 そう訊かれ、私は答えに窮する。先輩は微笑し、言葉を重ねた。
「恐怖と痛み、苦しみの継続。……違う?」
「っ……」
「それはじわじわと甚振る行為と同じ。それは優しさじゃない。苦しみを長引かせるだけなの」
「……で、でも、頑張ってたんです。情を捨てようと、必死で――」
「一生懸命なのはわかってたよ。だけどね……」
 そこで一呼吸置き、先輩はあらためてじっと私の瞳を見つめた。そして、
「違反者は実験道具じゃない。人間なの。尊厳を損ねる行為は……許されない」
 と、言葉を紡いだ。
 私の価値観が壊れていくのを、はっきりと感じた。

 私は、踵を返した先輩の横を通り抜けた。
 横目でちらりと見た先輩の顔には、とても穏やかな笑みが浮かんでいた。
「頑張ってね」
 その言葉を背中で聞きながら、私は男の方へと真っ直ぐに進んでいった。
 彼の表情は、若干和らいでいるように見えた。その縋るような瞳を見た時、私はようやく心から微笑むことができた。私の中で彼が、受刑者――神沼誠次から、人間――神沼誠次へと変わった瞬間だった。
 拳を固く握りしめ、神沼さんの睾丸を凝視する。
 振り下ろす拳――。私はもう迷わなかった。



END

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 理解できなかった。
 ――どうして? なぜ、先輩が泣いて……?
 先輩は男の手をしっかりと握り、自分の胸元に固定する。そして――
「ぐあああああぁっ!」
 ……もう片方の手で、彼の薬指の関節を躊躇なく折る。
「も、もうだ、……ダメ、やめ……」
 と、枯れ果てた声で叫ぶ男の声を聞きながら、手際よく中指の関節も手懸ける。
「ぎぃ……いぃやああああっ!」
 聞くに堪えない絶叫に、私は思わず耳を塞いでしまう。身体が震える。渡されたペンと書類を拾うことも忘れ、ただ目だけをしっかりと開いていた。正確には、その光景に目を奪われてしまっていたのだろう。職務を忠実に執行する、先輩の手腕に見惚れるかのように。
 しかし先輩は、さらに私に無言の指示を重ねた。横目で私を見ながら、自分の耳を二、三度指差す。耳を塞ぐことすら許されないのだ。両耳から手を放した私の耳に「ちゃんと聴くのが礼儀だよ」という先輩の声が響いてきた。
 再び男をしっかりと見据えた先輩は、
「痛いですよね」
 と、問いかける。そして、
「も、もう、……本当に……ぐがああああっ!!」
 と懇願し、断末魔の声を上げる彼をにこやかに見ながら、手際よく指を折っていった。気付けば、既に残った指は親指だけになっていた。拷問を施す先輩の瞳からは、不思議と慈愛のようなものが感じられる。
「ひぃ……ひ……お願い……」
「最後の一本ですね」
 そう囁き、先輩は微笑んだ。もはや抵抗する気力も失ったのか、既に男が手を動かすことはなかった。青ざめた表情のまま目を大きく見開き、ただ先輩を見ていた。先輩はその笑みを崩すことなく、彼の親指の関節に手をかける。
「ぐっ……ああああああっ!!」
 拷問部屋を覆う男の悲鳴とともに、第二のメニューである『片手全指骨折』が幕を閉じた。

 男の絶叫が響く中、先輩は私へとその視線を注いだ。目が自然と泳いでしまう。先輩は私の肩をポンと叩くと、穏やかな口調で話し始めた。
「私たちは、警察官なの。法に従って職務を遂行する。それが仕事だよ」
 そう言うと、再び彼の方へと視線を向ける。
 ――そんなこと、わかってる。でも……
 私は、躊躇なく違反者を痛めつける先輩に対する反感を、どうしても拭い去ることができなかった。
 確かに先輩が言っていることは正論だ。法律に背くことは許されない。しかし、だからと言って、あんなにも事務的に……。いや、それも違う。だからこそ、余計にわからない。先輩は、決して冷酷な人間でもないのだ。むしろ人一倍、情深くも見える。
 拷問を行う際の笑顔。慈愛に満ちた瞳。何より、さっきのあの涙の意味――
 考えれば考えるほどわからなくなっていった。
 そして、今まさに、先輩は男を抱きしめている。震える背中を優しく擦り、耳元に唇を寄せていた。

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 あらためて男の前に立ち、非礼を詫びる。同時に、横目でちらりと由香利先輩の顔を睨みつける。
 ――やってやる。……見てなさいよ。
 私は再度、視線を目の前の男に向けた。
 男の様子に目立った変化はない。相変わらず、時に怒号を上げ、時に弱々しい目を向ける。私は同情心を振りきり、再びその指に手を伸ばした。
「ひ、ひぃ! ひいぃ!……助け……おね、お願いします……」
 男のその言葉に、私はつい手をピクリと反応させてしまう。彼は咳き込み、目を真っ赤に腫らし、後から後から涙を零し続けていた。嗚咽を漏らし、存分に顔を崩した彼の姿は、とても哀れに思えた。
 手が動かない。
 男は私の触れている指を懸命に動かし、抵抗の意思を表す。あまりにも非力だ。人間は、手首を拘束されているだけで、こんなにも力を無くしてしまうものなのか。例え、それが大の男であっても。
 私は男の手をしっかりと捕らえ、小指を掴む。それは容易いことだった。しかし――
「や、……やめ……。ゆる、やべでぇええ!」
 ……彼の悲鳴が、私にとっての歯止めとなってしまう。
 無駄な抵抗。それは自明なことだった。私にとっても、もちろん、この制度を知っているであろう彼にとっても。ここで公務をきちんと執行することが、今の私に課せられた義務なのだということも、十分承知していた。それなのに……
 自分の額に汗が滲んでくるのがわかった。男の手を辛うじて掴んだまま、私は困惑する。理性と感情が鬩ぎ合い、葛藤を起こす。無意識に先輩に視線を送ってしまう。
「ゆ、由香利先輩……あの……」
 喉から出たのは、紛れもない怯声だった。私は救いを待った。しかし、先輩は毅然とした態度を崩さない。その瞳は凛とした光を湛え、ただ男と私をじっと見つめていた。そして、
「甘えないで」
 と、毅然とした表情のままで言い放つだけだった。その態度に、私は再び感情を逆撫でされる。
 ――別に、甘えてなんかない! 言われなくたって……
 意を決し、私は男の小指の関節に親指を宛がう。手を添え、ぐいと力を込める。
「ひっ……、いや……嫌だあっ!」
 彼の懇願の声が痛々しい。それを振り払うように目を瞑り、さらに力を加える。しかし、想像していた以上に関節の骨は硬かった。じわじわと力を強めていくにつれて、彼の叫びも大きくなる。
「やめえええぇ!……ぎぃ、があっ! いいいいっ!……ああああっ!!」
 ――黙って! お願い。もう少し……
 その時、ボキッという鈍い音が鳴った。ようやく男の小指の骨が折れたのだ。しかしそれは、私の本意ではなかった。当然だ。それは私の手による骨折ではなかったのだから。
 男の絶叫が鳴り響く中、私は目を開いた。先輩の瞳が、私を貫いていた。
「酷い! 私、頑張ってたのに……最後までやらせてくれないなんて!」
 私は無意識に、感情を先輩にぶつけてしまう。しかし先輩は、無言のままだった。すぐに私から目を逸らし、男に視線を戻す。そして、
「本当に、ごめんなさい」
 と、彼に頭を下げた。先輩の瞳には、うっすらと涙が浮かんでいた。

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 受刑者――神沼誠次の口から鮮血が溢れ出した頃、唐突に由香利先輩から声をかけられた。
「新村さん、交代ね」
 その言葉に、私は耳を疑った。
「えっ……!?」
 素っ頓狂な声と同時に、私は再びペンを落としてしまう。思わぬ指示に、戸惑いを隠せなかった。先輩は私に一度にっこりと微笑むと、痙攣し始めている彼に、
「こちら、研修生の新村明菜です。実践経験の一貫として、ここで交代させていただきます」
 と呼びかけると、私に手招きをした。
 足の震えが止まらなかった。
 見ているだけでもこんなに恐ろしいのだ。実際に拷問を行うなんて、できるはずがない。しかし、先輩の瞳は真剣そのものだった。私の手を引き、
「失礼のないように、ね」
 と、優しい口調で私に囁く。
 私は困惑していた。
 ――できるわけ、ないじゃん……
 その思いだけが、私の中に広がっていく。男がゴボゴボと喉から異様な音を立て始めるのを見ながら、私は無意識に首を横に振っていた。
 その時、バシッという音とともに、私の首が大きく横に振られた。頬を張られたのだ。じわじわと熱を帯びてくるのがわかる。無意識に涙が溢れる。霞んで見える先輩の表情には、鋭い眼光が湛えられていた。
「遊びじゃないの」
 冷然とした口調で言い放った先輩の言葉が、私の全身を貫いた。
 先輩はそっと私の手を取り、男の前へと立たせる。私の手からペンと書類を抜き取り、先輩がそれに目を通す。そして、極めて事務的な口調で、
「内臓損傷終了です。残るメニューは――」
 と、確認するように内容を読み上げる。もちろんメニューは頭に入っていた。だからこそ、こんなにも震えが止まらないというのに……どうして……?
「真剣にね」
 そう言葉を加えられ、トンと背中を軽く押される。私は覚悟が決まらないまま、
「た……担当代理の、に、新村明菜です。よろしくお願いします」
 と挨拶をする。
 声が上擦ってしまう。逃げ出したい衝動に駆られる。そんな私の肩に、先輩がそっと手を置いた。
 私は勢いに任せ、恐る恐る男の指に手を伸ばす。それに反応し、彼は触れる前から耳を劈くような悲鳴を上げた。目を大きく見開き、涎を撒き散らしながら声を上げ続ける。
 狂人的なその反応が恐ろしくなり、私はその場で腰を抜かしてしまう。自然と涙が溢れてくる。しかし、先輩は態度を変えなかった。私を見ながら、なおも立つように指示する。
 ――どうして? 私をいじめて、楽しんでるの?
 徐々に、先輩に対する不信感が芽を出してくる。先輩の微笑が鬱陶しい。
 私は深く息を吸い込み、ゆっくりと立ち上がった。怒りが開き直った気持ちとなって、私の動揺を鎮めていった。

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 ペンを持つ手が震えた。
 薄暗い拷問部屋には数々の器具が取り揃えられている。施してきた拷問の歴史を表すように、それらは冷たく、無機質に、その血塗られた姿を晒していた。どれも目を覆いたくなるような品ばかりだ。
 幸い、今日の器具使用は必要最低限のものに留められていた。
 違反者の男の両手足を拘束するための磔台――それ以上のものを使用することはないと、由香利先輩から事前に聞かされていた。実践見学研修の初日では刺激が強すぎるという理由から、先輩がそのように取り計らってくれたのだろう。
 もちろん、いずれそれらを使用しなければならないことも、そのための勉強を欠かせないこともわかっていた。でも、私は少し安心していた。今日だけは、その使用を見なくて済むのだから。
「ご気分はいかがですか?」
 そう問いかける先輩の拳は、男の弛んだ腹に延々と叩き付けられていた。彼の名は神沼誠次。歳は二十九。正当拷問自白法の違反者だ。だぶついた大きな身体だが、身長は低い。呻き声を上げながら、彼は、
「苦し、い……です。お願……す。もう――」
 と、必死で懇願している。私は、彼の様子を事細かに書類に書き綴っていった。

 自白のための拷問を認める法律が正式に制定されたのは、もう何年も前のことだ。そして、その法に違反した者は、拒否罪に問われる。ある者は幾年、ある者は一生、死よりも辛い拷問を受け続けることになる。但し、その刑に服して社会復帰できた者の話は、未だ聞かない。私はその処刑人として、ここに配属された。

 受刑者の顔を見るのがきつい――それが正直な気持ちだった。受刑者の取りがちな行動や、それへの対処法などは、もちろん研修講義の段階で一通り学んでいた。内容が頭に入るまで、マニュアルに何度も目を通した。しかし、実践見学となると話は別だ。私は平静な表情を繕うのがやっとだった。
 手の震えが止まらない。足が竦んでいる。凄惨な場面に、思わず目を逸らしてしまうこともある。
 しかし由香利先輩は、そんな私の行動を敏感に察知する。その時には必ず、
「新村さん」
 と、厳しい声が飛んでくる。叱られるのも当然だ。先輩が実践を見せてくれているのは、他ならぬ私のためなのだから。
 しっかりと見て、学習し、できるだけ多くのことを吸収する。それが、今日の私の義務だ。
 私は「はい!」と返事をして気を引き締め、再び、先輩と受刑者に視線を向ける。
 男は涙を浮かべ、決して叶うことのない願いを叫んでいる。その声は既に掠れていた。目が虚ろだ。時々、激しく咳き込む。喉から荒い息音を発し、口の端から胃液を垂れ流している。
 私はペンを握り直し、書類にその様子を書き留めていった。
「苦しいですか?」
「うぐうっ!……はひぃ……」
「もっと抉りますからね」
「っ……はぐうっ!」
「潰れるまでの我慢ですので」
「っはっ!……ぐふうぉ!」
 先輩は嬉々とした表情を湛え、男の腹を殴り続けた。彼の苦痛を労わる言葉をかけながら、さらなる苦痛を躊躇なく与えている、といった印象だ。
 プロの世界――。私は肌でそう感じていた。

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●学園黙示録 HIGHSCHOOL OF THE DEAD 原・佐藤大輔 画・佐藤ショウジ [角川書店]
 1巻:胸をモップの柄で突き、流血
 〃 :心臓をモップの柄で突き刺し、流血
 〃 :脇腹をモップの柄で突き刺し、流血
 〃 :腹をモップの柄で突き、流血
 〃 :腹に木刀突き×2
 〃 :腹(脇腹?)をモップの柄で突き、胃液、苦悶、白目、嘔吐、咳き込み
 〃 :腹に木刀突き

●かんなぎ 武梨えり [一迅社]
 1巻:脇腹に丸めた新聞打
 〃 :腹に蹴り
 3巻:腹に肘打ち


※注
 ・全て女から男への腹責めです。
 ・記載したキーワードは全て、私の見た限りの独断です。
 ・逆リョナ情報をお持ちの方は、ぜひお寄せください。
  (尚、「逆リョナ@wiki」に掲載する情報は、匿名をデフォルトとさせていただきます。)
  → ◆逆リョナ@wiki [ Gyaku-Ryona@wiki ]
時系列を崩していくのは、実に楽しいものです。
高等部への進学を前に、彼女たちを繋いだ糸。
紡ぐ先にあるのは、麻美大嶋学園の基盤「リンチタイム」というわけで。
完結、且つ、シリーズ。そんな作品制作を心がけています。

お陰様で、本作も無事、完結することができました。
ご来訪くださっている方、拍手やメッセージを下さっている方、本当にありがとうございます。
私の作品から「何か」を感じていただける。それは、この上なく光栄なことです。

だんだんと寒くなってきました。
皆様も、お風邪など引かれませぬよう。くれぐれもご自愛くださいませ。
今後も、Black Onyx [ブラックオニキス]を、どうぞよろしくお願いいたします。

P.S.
どれも駄作。真っ当なご意見であれば、それもひとつの評価。私の力不足に言い訳はしません。
(まぁ、実際に言われたら凹むのは必至ですが・苦笑)
しかし同時に、万が一「お気に入りの作品がある!」という方がおりましたら(……と、期待!)
あらためて、アンケートへのご協力を、よろしくお願いいたします。

●紗希のイラストを頂いています。こちらからどうぞ。→ イラスト1  イラスト2
●彩香(本作:安藤)のイラストを頂いています。こちらからどうぞ。→ イラスト

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 彼女の膨れ上がった興味は治まる気配がない。
「私は、あなたの力の秘密が知りたい。教えて」
 そう言いながら、彼女は瞳を輝かせる。その光は、既に学校で見るそれに完全に戻っていた。涙も消えている。
 確かに私は彼女に比べて小柄だ。彼女は、その秘訣が知りたくて仕方がないのだろう。自分が負けることで、さらなる力を追い求めるのは珍しいことではない。
 しかし、私は首を縦には振らなかった。
「駄目だね」
 と、はっきりとした拒絶を示す。
「どうして?」
「映画の台詞にもあったでしょ? 『本当にいい刀は鞘に収まっている』って。知ってる?」
「……聞いたことがあるくらいかな。わかんないけど、意味は何となく」
 そう言って彼女は苦笑いする。それは、何となくすらわかっていないといった顔そのものだった。しかし彼女は、私の言わんとすることを必死で理解しようとしている風に見えた。無言のまま、じっと私の言葉に耳を傾けている。まるで大きな子どもだ。
 ふうっとため息を漏らす。私は一度、大きく息を吸い込み、
「理屈は自分で見つけるものだよ」
 と、厳しく言い放った。それから、
「そして、それには必ずルールが付き纏う。従えない人間には、教えても無駄」
 と付け加えた。私の唇を、彼女はただじっと祈るように見つめ続けていた。
 私はさらに言葉を紡ぐ。
「それができるなら、面白い遊びを教えてあげるよ」
「…………ルールがあるのに、面白いの?」
「ルールがあるから、面白いんだよ」
 最後の私の言葉を機に、彼女は黙り込んだ。何かをじっと考えている様子だ。
 
 沈黙の時間が続いた。すぐ側を流れている川のせせらぎだけが、場違いに穏やかだった。
 やがて彼女は、小さく頷いた。
「私……もっと遊びたい」
「そう」
「そのルール、教えてよ。私、ちゃんと覚えるから」
「決まりね。じゃあ早速、明日の昼休みから始めよっか」
「昼休み?」
「うん。学校で遊ぼ」


 彼女の瞳が明日への希望を湛えている。
 血溜りの中、私は彼女の頭をそっと撫でた。
 頭上を電車が通過していく。轟音が、私たちから音を奪っていった。



END

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「柳本……紗希、だよね。もう、邪魔しないで」
 そう言った彼女の声色はとても弱々しかった。身体を震わせ、拳を強く握り締めている。俯いた顔からは表情が読み取れなかったが、その頬を伝う涙は止め処なく零れているようだった。
 今の彼女からは、感情がはっきりと窺える。私はゆっくりと彼女に近づくと、
「いいよ」
 と、さらりと答えた。その回答が意外だったのか、彼女はその顔を私の方へと向ける。彼女の潤んだ瞳が、街灯の光を反射して煌いていた。彼女は高架橋下の柱を背凭れにして地面に座り込み、黙り込んだ。私もまた、彼女の隣に腰を下ろす。
 二人だけの世界が広がっていた。
 それを彩るのは、闇と血塗れの五人の男、そして時々風と光と音を運んでくる電車。それだけだった。
 肩を並べた私たちは、ただその空間に身を委ねている。
 彩香の瞳に、僅かな光を感じた。それをじっと見つめながら私は、
「でも、やっぱりこういうやり方じゃ駄目だ」
 と、彼女に釘をさす。
「どうして――」
 と声を荒げる彼女を制し、私はさらに言葉を連ねる。
「用意されたレールを、踏み外しちゃいけない」
「…………」
「そうならないために、頑張ってきたんでしょ? このままじゃ、いずれは――」
「……知ってる。だけど、止められないの……どうしても」
「わかるよ。あなたと私は、すごく似てるからね」
「え?」
 想像もしなかったことなのだろう。彼女の声は上擦っていた。
「どこが?」
 そう言ってずいと身を寄せる彼女は、先ほどとはまるで別人のようだった。私は苦笑し、一呼吸置いてから口を開く。
「溜まってるとこかな。優等生は疲れるでしょ?」
「…………」
「それでいて、男に負けない力がある。ただ、あなたはそれに加えて、現状への不満も感じてる」
 私の言葉を聞いて、彼女は自嘲するように息を漏らす。
「そうだよ。だから時々、何もかも滅茶苦茶にしたくなる。でも、あなたには勝てなかった。私はもう……」
 彼女はそこまで言うと、口を噤んだ。やり切れない彼女の思いがひしひしと伝わってくる。
 黙り込む彼女の様子を横目に、私は口を開いた。
「闘いはね、理屈でできてるの」
 唐突な言葉に、彼女は少し驚いた表情を見せた。
「理屈……」
 と、彼女は一度復唱したが、その顔は釈然としない。もちろん、こんな言葉で彼女に理解できるとは思わなかった。渋い表情を湛える彼女の顔を見ていると、自然と笑みが零れてくる。この無邪気さと真剣さが、彼女の良さでもあるのだろう。
「そう。まあ、大したことじゃないけど」
 私はそう言って誤魔化したが、彼女は私の意に反して、強い興味を抱いているようだった。

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 相変わらず彼女は力任せに、男の顔面に拳を振り下ろしていた。痣と血で、男の顔は原形を留めていない。ほとばしる鮮血は、彼女の拳を赤々と彩っていた。
 私はその様子を側で観察しながら、
「回復してきたね、その男」
 と、茶々を入れる。彼女は心外だとでも言いたげに、私に尖った眼光を向けた。
「さっきまでは、日本語もしゃべれなかったのに」
 私がそう皮肉混じりに笑うと、彼女はさらに憤った様子を見せた。
 跨った腰を下半身にまで持っていき、今度は男の腹を何度も殴りつける。しかし、彼女はそこでさらに怒りを増したようだった。
 居心地が悪そうに何度も腰の位置を変える彼女。顔を引き攣らせながら、じっと目を瞑っている男。彼女の腰の動きに耐え切れなくなったのだろう。男が勃起しているのは手に取るようにわかった。
 私は思わず声を上げて笑ってしまう。彼女は苛立ちを隠さず、男に冷眼を注ぐ。
「お前、ふざけてんの?」
「す、すいません……あの、すぐ……」
 そこで彼女の拳が男の腹に叩きつけられる。
「ぐふぅっ!……す、すみませ――すみ、……あぐうっ!」
 彼女は、男の腹を責め続ける。……腰を揺り動かしたままで。くねる彼女の臀部が、男の下半身を刺激し続けているのだろう。男は複雑な表情をその凸凹の顔に浮かべている。
「もう……ません。でも、あっ……。ゆる……あふうっ!!」
 ……最後に響いたのは嬌声だった。男の口から息が大きく吐き出されるのがわかる。それを察し、私は再び大声で笑った。頬を染めながら俯く彼女の表情からは、恥ずかしさと悔しさが窺えた。
 彼女の瞳は、既に感情を隠していない。表出した人間らしさが、私の心を和ませる。
 ――まぁ、男も本望だろ。
 形は違えど、射精という男の目的は果たされたことになるのだろう。それは実質的な彼女の負けを意味するものなのかもしれない。彼女はしばらく動きを見せなかった。私が横に立っても、彼女は無反応だった。
 私は男の喉元を静かに踏み付ける。くっと力を込め、その男も気絶させた。


 彼女は脱力し、両手を地面について項垂れた。
 玩具を全て私に奪われた。私がそう明言していたにもかかわらずだ。無理もない。
 彼女はふらりとその身体を持ち上げ、放心したように暗い空を見上げた。
 高架橋を渡る電車の光が、彼女を照らす。彼女の瞳から涙が頬を伝って落ちるのが見えた。
「……どうして? どうして取り上げちゃうの?」
 彼女がポツリとそう漏らす。私が黙っていると、彼女はさらに言葉を連ねた。
「どうして? ねえ。どうして私の……」
「――玩具を、かな? 悪い。本当は、助けようとしただけ」
「余計なお世話!」
「そうじゃないよ。助けたかったのは、両方。むしろ最初は、こいつらの方を救ってやろうと思った」
 私の言葉を聞いて、彼女は再度、項垂れた。

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「いい表情になったよ」
 そうからかう私を見つめる彼女の瞳には、ひとつの光が宿っていた。殺意と狂気の入り混じった凄まじい眼力だ。思わず口元が緩む。全身を揺さぶるようなその刺激が心地良い。
「殺す……」
 彼女がポツリと呟く。小さな声だが、その語気は強い。身体を微震させながら息を荒げ、相変わらず鋭い眼を私に突き刺してくる。ようやく人間的な一面を見せた彼女が可愛らしく思えた。
 できることなら、そんな彼女の様子をじっと見ていたかった。冷たくて熱い不思議なこの感覚に、じっと身を委ねていたかった。しかし、それすらも叶わないことがわかり、私は失望から肩を落とす。血塗れになった男が二人、彼女の背後に立っているのが見えたからだ。
 覚束ない足取りだ。それでもなお、彼女に一矢報いようというのか。彼らは各々の手に大きな石を握っていた。切れた息を殺しながら、震える手で石を掲げる。その執念深さには感服する。
 彼女の視線は、もはや私しか捉えていない。当然、背後の気配に気付いているはずもない。
「そう。それは怖いね」
 と、彼女を挑発してみせるが、私の意図するところより、男たちの行動は早かった。
 
 二人の男の手が振り下ろされる。少し遅れて、彼女が私に突進する。
 寸での差ではあったが、この時点で彼女は、男たちに一本取らせることになっていただろう。
 
 ――惜しかったな。
 私は、男たちが振り下ろす力を込めた瞬間に猛進した。するりと彼女の背後に回り、一人の男の喉元に手刀を叩き込む。同時に、もう一人の男の鳩尾に肘を捻じ込んだ。二人は呻き声とともに白目をむき、ドサリと地面に倒れ込んで痙攣する。口から吐瀉物を吐き、男たちは失神した。
 私がくるりと向き直った時、その足を止める直前の彼女の姿が瞳に映った。
 何が起こったのかわからない、といった様子で目を白黒させる彼女が愛らしい。私は微笑し、目を少し細めながら、
「相手が違うでしょ?」
 と、彼女を窘めた。それが癪に障ったのか、彼女は再度、私をキッと睨みつける。私もまた、同じように彼女をじっと見据えた。彼女の動きが少し怯むのがわかる。
「また二人、私が奪っちゃったな」
 私がそう言葉を重ねると、彼女はとうとう顔を真っ赤にしてその怒りを表現した。

 残った二人の男は既に虫の息だった。彼女はそのうちの、仰向けに倒れている方の男の腹に馬乗りになると、その怒りをぶつけるように顔面を何度も殴りつけた。
 血飛沫が舞う。男の顔がみるみるうちに腫れ上がっていく。
「や、やめ……やめ……」
 と、男が縋るような目で彼女を見る。しかし、彼女はそれを意に介していないようだった。
 打ち据える彼女を横目に、私はもう一人の男に目線を注ぐ。手足が効かないのだろう。芋虫のように地面を這い、徐々に遠ざかっていく。必死だ。額には汗が滲んでいる。
「悪いね」
 そう声をかけ、私は腰を浮かせた男の睾丸を、後ろからローファーで蹴り上げた。鈍い音。男は絶叫し、股間を押さえて倒れ込んだ。念のため二、三度追撃を加える。男の口から泡が溢れ出すのを確認し、私は彼女の元へと急いだ。

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