{
2010/04/09(金) }
ふっ――、と女の身体が揺れ、
「うわっ!」
俺の頭上を、強い風が吹き抜ける。
その正体が、弧を描いた後ろ回し蹴りだと、脳が遅れて理解した。目視できた瞬間には、既に女の踵はコンクリートの壁に叩きつけられていた。砕けた破片が飛び散り、俺の頬に軽微だが鋭い痛みを残す。
この、一秒にも満たない記憶――鮮烈な記憶――美しい、まるで舞っているかのような軽やかな蹴り。それがいかに鋭く凶暴であるかは、血に埋れている彼らが証明してくれている。
先刻の映像が、目の裏にはっきりと蘇る。それは喉を掻き切られて血飛沫を上げたジュンであり、あらぬ方向に首の曲がったケンであり、頭の形が変わったヨシであり――
地に伏せ、物体となってしまった友人たち。だんだん冷たくなっていくであろう彼ら。
俺は、彼女の蹴りを避けたのだろうか。いや……、おそらくわざと外されたのだ。
そしてまた、
「ごめんなさい……」
うわ言のように、女は繰り返す。
目前まで迫った彼女に対し、俺はがむしゃらに拳を振り回した。
「うおおおおおっ!」
その全てが、彼女を捉える。
相変わらず、女は抵抗しない。傷が増える。痣が色を濃くする。新たな血が彼女を飾る。それでも、彼女の美貌は変わることなくそこにあった。
「何でだよ! 何で……」
突き出した足が、女の腹にめり込む。彼女は力なく、
「何で、効かないのか……、でしょうか?」
その可憐な瞳を揺らめかせる。
「……それも訊きてえよ。でも……」
俺は再び、拳を握り、
「何で避けねえんだよ!」
渾身の力を込めて、彼女の頬に叩きつけた。
ようやく、手応えを感じる。だがそれは、彼女の顔がわずかにぶれ、身体が少しだけふらついたから――というだけのことだった。追撃を狙い、反対の手を振り上げた時、
「ぐっ!……っがふうっ!!」
目の前が暗転する。視界の隅に、彼女の白い膝が映った。腹部を打たれた――そう理解した瞬間には、既に俺の背は丸まり、両腕は腹部を覆っていた。膝を折り、地に頽れる。
堪えきれず、俺は内からせり上がってくる液体を、口から噴き出した。
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「うわっ!」
俺の頭上を、強い風が吹き抜ける。
その正体が、弧を描いた後ろ回し蹴りだと、脳が遅れて理解した。目視できた瞬間には、既に女の踵はコンクリートの壁に叩きつけられていた。砕けた破片が飛び散り、俺の頬に軽微だが鋭い痛みを残す。
この、一秒にも満たない記憶――鮮烈な記憶――美しい、まるで舞っているかのような軽やかな蹴り。それがいかに鋭く凶暴であるかは、血に埋れている彼らが証明してくれている。
先刻の映像が、目の裏にはっきりと蘇る。それは喉を掻き切られて血飛沫を上げたジュンであり、あらぬ方向に首の曲がったケンであり、頭の形が変わったヨシであり――
地に伏せ、物体となってしまった友人たち。だんだん冷たくなっていくであろう彼ら。
俺は、彼女の蹴りを避けたのだろうか。いや……、おそらくわざと外されたのだ。
そしてまた、
「ごめんなさい……」
うわ言のように、女は繰り返す。
目前まで迫った彼女に対し、俺はがむしゃらに拳を振り回した。
「うおおおおおっ!」
その全てが、彼女を捉える。
相変わらず、女は抵抗しない。傷が増える。痣が色を濃くする。新たな血が彼女を飾る。それでも、彼女の美貌は変わることなくそこにあった。
「何でだよ! 何で……」
突き出した足が、女の腹にめり込む。彼女は力なく、
「何で、効かないのか……、でしょうか?」
その可憐な瞳を揺らめかせる。
「……それも訊きてえよ。でも……」
俺は再び、拳を握り、
「何で避けねえんだよ!」
渾身の力を込めて、彼女の頬に叩きつけた。
ようやく、手応えを感じる。だがそれは、彼女の顔がわずかにぶれ、身体が少しだけふらついたから――というだけのことだった。追撃を狙い、反対の手を振り上げた時、
「ぐっ!……っがふうっ!!」
目の前が暗転する。視界の隅に、彼女の白い膝が映った。腹部を打たれた――そう理解した瞬間には、既に俺の背は丸まり、両腕は腹部を覆っていた。膝を折り、地に頽れる。
堪えきれず、俺は内からせり上がってくる液体を、口から噴き出した。
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