{
2009/05/23(土) }
見るともなしに窓の外を眺めていた。
マンションの十二階。都会の薄汚さを照らし続けた光が、今静かに地平線にその身を隠していく。唯一美しい橙色の西陽が消えてしまったら、後に残るのは殺風景な見晴らしだけだ。しかしながら、その陽が完全に消えてしまえば、この景色もまた新しい姿を見せる。うまく出来ているものだ。
列挙した高層ビルの窓に、ひとつ、またひとつと光が灯っていく。
暗闇がこの地を覆い尽くせば、ビル群が織り成す輝く夜景がその姿を現す。醜い女性が厚化粧をするように、都会もまた闇と人工の光によってその顔を綺麗に塗り上げていく。
もう何度見たかもわからないそんな目下の世界に皮肉笑いを浮かべながら、手に取ったグラスに冷たいミネラルウォーターを注ぎ込む。綺麗に作られた虚像の世界を見下ろしながら飲む水も悪くない。近頃はそう感じるようになってきていた。
脚を組んでソファーに腰掛け、グラスを満たした透明な液体を喉へと流し込む。
浴室から出て十五分ほど経っただろうか。
下着の上に半透明なネグリジェ一枚という姿でいるには、まだ肌寒い季節なのかもしれない。でもそんなことは、私にとっては蚊帳の外の話に過ぎない。静かに稼働するエアコンが、常にこの部屋を快適な温度と湿度に保ってくれているのだから。
再びミネラルウォーターで喉を潤し、グラスをテーブルの上に置く。
手にした煙草に火をつけ、次第にメイクが決まってきた夜景をぼんやりと眺める。間もなく立ち昇る紫煙を横目に、口先から一筋の煙を吐く。グラスを口元へと運ぶ。
優雅なこの夜のひと時を、私は嫌いではなかった。
その時、電話のコール音が私を呼んだ。
電話というのは不躾なもので、その時の私の都合などお構いなしに音を立てる。不快な気分を隠すことができず、私はテーブルの脚を少し乱暴に蹴る。グラスを手に、電話口へと向かう。そこに表示された着信番号が、私の不快感をさらに高めた。
「はい。どなた?」
子機を手に取り、そっけない口調で応答する。受話器の向こうから、汚らわしいダミ声が聞こえてくる。まるで自分の女であるかのように、私を名前で呼ぶ。妙に親しげなくせに、オドオドした口ぶり。
「二度と掛けてこないでくださいね。不愉快ですから」
私の言葉に、縋るように何かを訴えてくる。その声を聞いているだけで虫唾が走る。ストーカーという生き物は、こうもしつこいものなのだろうか。私は相手の問いかけを無視し、
「気持ち悪い。臭ってきそうね。あなた生ゴミ?」
嘲笑混じりに罵倒する。唐突に涙声になるのがまた鬱陶しい。
「明日こそは、死んでくださいね」
そう言い捨て、電話を切った。
気付けば、煙草の灰が先端にたまっている。
電話の側のリラックスチェアーには、灰皿が備え付けてある。
私は指先で煙草を弾き、そこに白灰を落とした。
――チェアーから、くぐもった音がした。
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マンションの十二階。都会の薄汚さを照らし続けた光が、今静かに地平線にその身を隠していく。唯一美しい橙色の西陽が消えてしまったら、後に残るのは殺風景な見晴らしだけだ。しかしながら、その陽が完全に消えてしまえば、この景色もまた新しい姿を見せる。うまく出来ているものだ。
列挙した高層ビルの窓に、ひとつ、またひとつと光が灯っていく。
暗闇がこの地を覆い尽くせば、ビル群が織り成す輝く夜景がその姿を現す。醜い女性が厚化粧をするように、都会もまた闇と人工の光によってその顔を綺麗に塗り上げていく。
もう何度見たかもわからないそんな目下の世界に皮肉笑いを浮かべながら、手に取ったグラスに冷たいミネラルウォーターを注ぎ込む。綺麗に作られた虚像の世界を見下ろしながら飲む水も悪くない。近頃はそう感じるようになってきていた。
脚を組んでソファーに腰掛け、グラスを満たした透明な液体を喉へと流し込む。
浴室から出て十五分ほど経っただろうか。
下着の上に半透明なネグリジェ一枚という姿でいるには、まだ肌寒い季節なのかもしれない。でもそんなことは、私にとっては蚊帳の外の話に過ぎない。静かに稼働するエアコンが、常にこの部屋を快適な温度と湿度に保ってくれているのだから。
再びミネラルウォーターで喉を潤し、グラスをテーブルの上に置く。
手にした煙草に火をつけ、次第にメイクが決まってきた夜景をぼんやりと眺める。間もなく立ち昇る紫煙を横目に、口先から一筋の煙を吐く。グラスを口元へと運ぶ。
優雅なこの夜のひと時を、私は嫌いではなかった。
その時、電話のコール音が私を呼んだ。
電話というのは不躾なもので、その時の私の都合などお構いなしに音を立てる。不快な気分を隠すことができず、私はテーブルの脚を少し乱暴に蹴る。グラスを手に、電話口へと向かう。そこに表示された着信番号が、私の不快感をさらに高めた。
「はい。どなた?」
子機を手に取り、そっけない口調で応答する。受話器の向こうから、汚らわしいダミ声が聞こえてくる。まるで自分の女であるかのように、私を名前で呼ぶ。妙に親しげなくせに、オドオドした口ぶり。
「二度と掛けてこないでくださいね。不愉快ですから」
私の言葉に、縋るように何かを訴えてくる。その声を聞いているだけで虫唾が走る。ストーカーという生き物は、こうもしつこいものなのだろうか。私は相手の問いかけを無視し、
「気持ち悪い。臭ってきそうね。あなた生ゴミ?」
嘲笑混じりに罵倒する。唐突に涙声になるのがまた鬱陶しい。
「明日こそは、死んでくださいね」
そう言い捨て、電話を切った。
気付けば、煙草の灰が先端にたまっている。
電話の側のリラックスチェアーには、灰皿が備え付けてある。
私は指先で煙草を弾き、そこに白灰を落とした。
――チェアーから、くぐもった音がした。
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