{
2008/09/12(金) }
保健室のドアを開けると、ひんやりとした空気が身体を包み込んだ。
清潔感のあるシンプルな室内に、薬品独特のにおいが漂っている。薄いカーテンのかかった正面の窓からは、陽光が慎ましやかに漏れ入ってきていた。
幸い、養護教諭は本日不在のようだった。
ドアを後ろ手に乱暴に閉め、室内へと踏み込む。自分の背丈より高い書棚には『健康診断調査』『水質・照度・空気検査』『衛生管理入門』など訳のわからないファイルや書物が立ち並んでいた。
頭が痛くなる前にそこから目を背け、書棚の後ろ側へと急ぐ。
目的の人物と繋がりをもつ人物はそこにいた。紗希という名の女だ。
サラサラのボブカットに、透明感のある綺麗な肌をしている。凛とした目元が印象的だ。
几帳面に整理された机上にファイルを広げ、紗希はその上に忙しくペンを走らせていた。見出しには『保健管理ノート』とあった。
紗希はオレの姿を確認すると、
「あれ?」
と落ち着いた声を発した。
予想に反する低リアクションに、何となく肩を透かされたような気持ちになる。
これまで校内で顔を合わせたことは一度もなかったのだ。チュウボウの頃と比べて随分と逞しくなったとか、強そうになったとか、そんな気の利いた言葉のひとつもあっていいと思うのだが。
紗希が、ひねた態度のオレに「で、何?」とそっけない言葉を続ける。オレのことを忘れてしまっているのではないかと不安になるほど、彼女の態度はよそよそしかった。
「覚えてる……だろ?」
努めて平静を装ったつもりだったが、声が少し上擦ってしまう。
「うん。アリ、タス?……じゃない、アタル、シ……」
――!……こ、こいつ……
紗希は、さして表情を変えることもなく、オレの黒歴史に平然と触れる。だんだんとオレの頬が熱くなっていくのを感じる。
「違うな……。アル、タリス?……んー、アス、タ――」
「アシリタスだよ! アシリタス!」
つい、言葉が口を突いて出る。
「あ、そう、それ。で、どうしたの、アシリタス?」
「んと、その、……っつーかオレはナニ人だよ、あ? それ、名前じゃねーことくれー普通わかるだろうが! んでもって何オレは教えちゃってんだよ! 唯人っ! オレ唯人っ!」
「まぁ、どうでもいいよ。早く用件言いな」
「ん……あ、そ、そうだったな。……あぁ、その……」
気付けば額には少し汗が滲んでいた。こいつとバカバカしいやり取りをしている場合ではない。つい感情的になってしまったことを自嘲する。同時に、自分にツッコミまで入れてしまったことに呆れる。
オレはひとつ大きく息を吸い込み、努めて落ち着いた声で言った。
「あの時の、もう一人の女に会わせてくれ」
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清潔感のあるシンプルな室内に、薬品独特のにおいが漂っている。薄いカーテンのかかった正面の窓からは、陽光が慎ましやかに漏れ入ってきていた。
幸い、養護教諭は本日不在のようだった。
ドアを後ろ手に乱暴に閉め、室内へと踏み込む。自分の背丈より高い書棚には『健康診断調査』『水質・照度・空気検査』『衛生管理入門』など訳のわからないファイルや書物が立ち並んでいた。
頭が痛くなる前にそこから目を背け、書棚の後ろ側へと急ぐ。
目的の人物と繋がりをもつ人物はそこにいた。紗希という名の女だ。
サラサラのボブカットに、透明感のある綺麗な肌をしている。凛とした目元が印象的だ。
几帳面に整理された机上にファイルを広げ、紗希はその上に忙しくペンを走らせていた。見出しには『保健管理ノート』とあった。
紗希はオレの姿を確認すると、
「あれ?」
と落ち着いた声を発した。
予想に反する低リアクションに、何となく肩を透かされたような気持ちになる。
これまで校内で顔を合わせたことは一度もなかったのだ。チュウボウの頃と比べて随分と逞しくなったとか、強そうになったとか、そんな気の利いた言葉のひとつもあっていいと思うのだが。
紗希が、ひねた態度のオレに「で、何?」とそっけない言葉を続ける。オレのことを忘れてしまっているのではないかと不安になるほど、彼女の態度はよそよそしかった。
「覚えてる……だろ?」
努めて平静を装ったつもりだったが、声が少し上擦ってしまう。
「うん。アリ、タス?……じゃない、アタル、シ……」
――!……こ、こいつ……
紗希は、さして表情を変えることもなく、オレの黒歴史に平然と触れる。だんだんとオレの頬が熱くなっていくのを感じる。
「違うな……。アル、タリス?……んー、アス、タ――」
「アシリタスだよ! アシリタス!」
つい、言葉が口を突いて出る。
「あ、そう、それ。で、どうしたの、アシリタス?」
「んと、その、……っつーかオレはナニ人だよ、あ? それ、名前じゃねーことくれー普通わかるだろうが! んでもって何オレは教えちゃってんだよ! 唯人っ! オレ唯人っ!」
「まぁ、どうでもいいよ。早く用件言いな」
「ん……あ、そ、そうだったな。……あぁ、その……」
気付けば額には少し汗が滲んでいた。こいつとバカバカしいやり取りをしている場合ではない。つい感情的になってしまったことを自嘲する。同時に、自分にツッコミまで入れてしまったことに呆れる。
オレはひとつ大きく息を吸い込み、努めて落ち着いた声で言った。
「あの時の、もう一人の女に会わせてくれ」
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