{
2008/09/02(火) }
僕は奴隷としてあまりに怠惰だった。
首輪、羞恥責め、言葉責め、鞭、緊張感――そのひとつひとつは、紛れもない、女王様から享受した恩恵だ。女王様の行為によって僕は興奮し、欲情していた。不自由であるがゆえの自由。拘束されることによる安心感。甚振られることによる充足感。それらの全ては、女王様によって与えられていたものだ。僕は今日、そのことに気付けただろうか。いや……
僕は本当に忠実になるべきものを、はき違えていた。それは自分の欲望ではなく、女王様だというのに……。あろうことか、女王様の隙を窺って覗きをするなんて……
自責の念に駆られる。
僕はいつの間にかエゴの奴隷と化していたのだ。女王様の奴隷――それは僕の勝手な思い上がりだったのかと思うと、悲しくてみっともなくて涙が出そうになる。
そんな僕の背中に、勢いよく鞭の先が叩き付けられた。鋭い痛みに僕は絶叫する。
「あなたの見ていたのは……私と同じものじゃない」
そう言って女王様は再度、僕に鞭を振るう。一発、二発、三発、四発――
皮膚を抉る痛みは、僕の心の痛みだった。鞭とヒールの重みは、僕の心の重みだった。
情けない。
自分の不甲斐なさに声を上げることもできないまま、僕はお仕置きを受け続けた。背中に感じていた温かいものが地面に滴り落ちる。血だった。それは女王様の流した涙のように、僕には思えた。
やがて鞭の雨が止む。僕はぐったりと地面に身を横たえていた。
女王様がリードを手に、すっと僕の前にしゃがみ込む。身体と心の痛みが相俟って、僕は言葉を発することができない。夕日は今にも、海へとその姿を隠そうとしていた。
「あの夕日が沈みきったら――」
穏やかだが厳しい口調で、女王様が言葉を発する。その口元には笑みが零れていた。
僕は全身に冷水を浴びせかけられたような不安に襲われる。その後に放たれるだろう言葉が怖かった。どうしようもなく怖かった。
――女王様……。僕は、この愚奴は……
唇が震え、視点が定まらない。あの夕日が沈んだら僕はきっと……
『捨てられる』
それがこんなにも恐ろしいことだということを、僕はこの時、全身で感じていた。
女王様の眼光に耐え切れず、目を逸らす。女王様はそんな僕の髪を鷲掴みにし、ぐいと自分の目の前に顔をたぐり寄せる。女王様が再度口を開く瞬間、僕は思わず目を閉じていた。
「明日の太陽を待たなきゃね」
……予想外の言葉に、虚を突かれる。目を開けると、そこには女王様の笑顔があった。
「一緒に見る太陽は、もっと綺麗なはずよ」
女王様はそこで一呼吸、間を置く。
「……また明日来ましょう」
その言葉とともに女王様はすっと立ち上がり、僕を見下ろした。山の涼やかな風が吹き抜けた。
茜色に染まった女王様の顔が、まぶしいばかりに輝いている。僕の瞳に涙が溢れ、視界が歪んでいく。
僕はその足下にそっと擦り寄り、ヒールの爪先に口付けた。
うやうやしく。敬愛の全てを込めて。
END
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首輪、羞恥責め、言葉責め、鞭、緊張感――そのひとつひとつは、紛れもない、女王様から享受した恩恵だ。女王様の行為によって僕は興奮し、欲情していた。不自由であるがゆえの自由。拘束されることによる安心感。甚振られることによる充足感。それらの全ては、女王様によって与えられていたものだ。僕は今日、そのことに気付けただろうか。いや……
僕は本当に忠実になるべきものを、はき違えていた。それは自分の欲望ではなく、女王様だというのに……。あろうことか、女王様の隙を窺って覗きをするなんて……
自責の念に駆られる。
僕はいつの間にかエゴの奴隷と化していたのだ。女王様の奴隷――それは僕の勝手な思い上がりだったのかと思うと、悲しくてみっともなくて涙が出そうになる。
そんな僕の背中に、勢いよく鞭の先が叩き付けられた。鋭い痛みに僕は絶叫する。
「あなたの見ていたのは……私と同じものじゃない」
そう言って女王様は再度、僕に鞭を振るう。一発、二発、三発、四発――
皮膚を抉る痛みは、僕の心の痛みだった。鞭とヒールの重みは、僕の心の重みだった。
情けない。
自分の不甲斐なさに声を上げることもできないまま、僕はお仕置きを受け続けた。背中に感じていた温かいものが地面に滴り落ちる。血だった。それは女王様の流した涙のように、僕には思えた。
やがて鞭の雨が止む。僕はぐったりと地面に身を横たえていた。
女王様がリードを手に、すっと僕の前にしゃがみ込む。身体と心の痛みが相俟って、僕は言葉を発することができない。夕日は今にも、海へとその姿を隠そうとしていた。
「あの夕日が沈みきったら――」
穏やかだが厳しい口調で、女王様が言葉を発する。その口元には笑みが零れていた。
僕は全身に冷水を浴びせかけられたような不安に襲われる。その後に放たれるだろう言葉が怖かった。どうしようもなく怖かった。
――女王様……。僕は、この愚奴は……
唇が震え、視点が定まらない。あの夕日が沈んだら僕はきっと……
『捨てられる』
それがこんなにも恐ろしいことだということを、僕はこの時、全身で感じていた。
女王様の眼光に耐え切れず、目を逸らす。女王様はそんな僕の髪を鷲掴みにし、ぐいと自分の目の前に顔をたぐり寄せる。女王様が再度口を開く瞬間、僕は思わず目を閉じていた。
「明日の太陽を待たなきゃね」
……予想外の言葉に、虚を突かれる。目を開けると、そこには女王様の笑顔があった。
「一緒に見る太陽は、もっと綺麗なはずよ」
女王様はそこで一呼吸、間を置く。
「……また明日来ましょう」
その言葉とともに女王様はすっと立ち上がり、僕を見下ろした。山の涼やかな風が吹き抜けた。
茜色に染まった女王様の顔が、まぶしいばかりに輝いている。僕の瞳に涙が溢れ、視界が歪んでいく。
僕はその足下にそっと擦り寄り、ヒールの爪先に口付けた。
うやうやしく。敬愛の全てを込めて。
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