{
2008/06/21(土) }
夫は美奈子の肩を擦りながら、三人の女の子に語りかけた。
「君たちの気持ちはちゃんと伝わったよ。この子をこんな姿にしたのは君たちじゃない」
彼が息子の方へと目を移す。その首は無惨に切り裂かれ、付着した血液は既に凝固していた。
女の子たちは声を失い、ただすすり泣くばかりだった。夫は言葉を続ける。
「ただ、君たちがこの子をあんな所へ呼び出さなかったら……。いや、そもそもいじめなんてなければ、こんなことにはならずに済んだかもしれないとは思ってる」
彼が一呼吸おく。
「おじさんたちがそれを忘れることはない。もちろん君たちを許すことも」
その口調はとても重々しかった。女の子たちは拳を固く握り締め、正座したまま肩を震わせていた。彼女たちの涙は留まるところを知らず、未だ床を湿らせ続けていた。
「もう帰ってくれるかな。酷いことを言うようだけど……この子もきっと、君たちの顔をいつまでも見ていたくはないだろうから……」
女の子たちは何も言わなかった。頭を下げ、一人ずつ家を出て行く。
しばらくすると、家の中にいた警察官たちは夫婦の前に集った。
「今日はこれで失礼いたします。ご協力、ありがとうございました」
俵田がそう言って丁寧に頭を下げる。他の警察官たちも黙って深く礼をした。夫は項垂れていた顔を力なく上げ、軽く会釈をする。美奈子が顔を上げることはなかった。
風間は去り際に再度、亡き者となった男の子の首筋をじっと見つめた。
他の警察官たちがいそいそとパトカーへ乗り込んでいく中、風間はひたと足を止めた。考え込む。
男の子が発見されたのは夕方四時三十三分。埠頭の工場跡で首を切り裂かれて即死。現場に凶器は見当たらなかった。普段は人一人いない、今は使われていない工場だ。さっきの女の子たちの通報がなかったら、発見はもっと遅くなっていたかもしれない。いじめを肯定するわけではないが、彼女たちの連絡のおかげで早期発見に繋がったこともまた事実だ。
複雑な心境の中、風間は事件を頭の中で整理していた。その様子を見た俵田もまた、彼の横で立ち止まっていた。風間にとってどうしても腑に落ちなかったのは、男の子が残したノートについてだった。
風間は隣に俵田がいることを確認し、そっと耳打ちする。
「よかったんでしょうか、言わなくて……」
俵田は首だけを家の方へと向け、
「今は、そっとしておいてあげたい。お二人が落ち着いた頃にまた来よう」
と、冷静な声で応える。しかし彼の拳は固く握られ、その唇は強く噛み締められていた。
「そうですね。真相もまだ分からないですし。ただ……」
「分かっているよ。ちぎられたノートのことだろ?」
「……そうです。現場にあった破片は、全てじゃなかった。本当に隠したかったのは……」
風間がそこで口を噤む。俵田も胸中は同じだった。
――まだ見つかっていない、最後のページの破片……
「おそらく、それが重要な手がかりになるはずだ」
俵田は語気を強めてそう言い放った。
Back | Novel index | Next
「君たちの気持ちはちゃんと伝わったよ。この子をこんな姿にしたのは君たちじゃない」
彼が息子の方へと目を移す。その首は無惨に切り裂かれ、付着した血液は既に凝固していた。
女の子たちは声を失い、ただすすり泣くばかりだった。夫は言葉を続ける。
「ただ、君たちがこの子をあんな所へ呼び出さなかったら……。いや、そもそもいじめなんてなければ、こんなことにはならずに済んだかもしれないとは思ってる」
彼が一呼吸おく。
「おじさんたちがそれを忘れることはない。もちろん君たちを許すことも」
その口調はとても重々しかった。女の子たちは拳を固く握り締め、正座したまま肩を震わせていた。彼女たちの涙は留まるところを知らず、未だ床を湿らせ続けていた。
「もう帰ってくれるかな。酷いことを言うようだけど……この子もきっと、君たちの顔をいつまでも見ていたくはないだろうから……」
女の子たちは何も言わなかった。頭を下げ、一人ずつ家を出て行く。
しばらくすると、家の中にいた警察官たちは夫婦の前に集った。
「今日はこれで失礼いたします。ご協力、ありがとうございました」
俵田がそう言って丁寧に頭を下げる。他の警察官たちも黙って深く礼をした。夫は項垂れていた顔を力なく上げ、軽く会釈をする。美奈子が顔を上げることはなかった。
風間は去り際に再度、亡き者となった男の子の首筋をじっと見つめた。
他の警察官たちがいそいそとパトカーへ乗り込んでいく中、風間はひたと足を止めた。考え込む。
男の子が発見されたのは夕方四時三十三分。埠頭の工場跡で首を切り裂かれて即死。現場に凶器は見当たらなかった。普段は人一人いない、今は使われていない工場だ。さっきの女の子たちの通報がなかったら、発見はもっと遅くなっていたかもしれない。いじめを肯定するわけではないが、彼女たちの連絡のおかげで早期発見に繋がったこともまた事実だ。
複雑な心境の中、風間は事件を頭の中で整理していた。その様子を見た俵田もまた、彼の横で立ち止まっていた。風間にとってどうしても腑に落ちなかったのは、男の子が残したノートについてだった。
風間は隣に俵田がいることを確認し、そっと耳打ちする。
「よかったんでしょうか、言わなくて……」
俵田は首だけを家の方へと向け、
「今は、そっとしておいてあげたい。お二人が落ち着いた頃にまた来よう」
と、冷静な声で応える。しかし彼の拳は固く握られ、その唇は強く噛み締められていた。
「そうですね。真相もまだ分からないですし。ただ……」
「分かっているよ。ちぎられたノートのことだろ?」
「……そうです。現場にあった破片は、全てじゃなかった。本当に隠したかったのは……」
風間がそこで口を噤む。俵田も胸中は同じだった。
――まだ見つかっていない、最後のページの破片……
「おそらく、それが重要な手がかりになるはずだ」
俵田は語気を強めてそう言い放った。
Back | Novel index | Next

