{
2008/06/06(金) }
再び取調室に先輩刑事さん二人が入って来たのは、私が物言わぬ嶺岸さんを強く抱きしめている時だった。
ほっとしたからかもしれない。嶺岸さんに気持ちが伝わったことに感極まったからかもしれない。原因は分からなかった。私は、後から後から溢れ出てくる涙をどうしても止めることができなかった。
「自白終了、ですよね。」
一人の刑事さんに言われ、私は虚をつかれたような思いがした。この仕事は自白報告があって初めて終了になることを、あらためて思い出す。処刑人だった頃にこんな失敗をすることなんてなかった。自分の単純なミスを自覚し、少し自己嫌悪に陥る。
「ご苦労様。」
もう一人の刑事さんに優しく声をかけてもらい、私は感傷に浸っていた自分を戒める。涙を拭い、刑事さん二人に向き直る。嶺岸さんに背を向けながら私は、
「自白終了です!」
と、元気を振り絞って声を出した。
***
署内は朝から慌しかった。
昨日と同じように取調執行人としての準備を整える。着替えを終え、チェーンネックレスに手を伸ばす。その時、更衣室の前から凛先輩の声が聞こえてきた。
挨拶をしようとドアの方へ向かったが、男性の声が聞こえてきて立ち止まった。声の主は、署長のものらしかった。どうやら凛先輩と会話をしているようだ。
「署長もミラー越しにご覧になっていましたよね。彼女のやり方は――」
凛先輩の声色はいつになく厳しかった。普段の甘くて優しい響きはそこにはない。
何となく出辛くて、更衣室のドアの前で足を止めてしまった。
盗み聞きをするつもりはなくとも、自然と耳にその会話が入ってくる。
「初めてとは思えないほど素晴らしい活躍だったね。」
対する署長の声は、とても明るいものだった。
それでも凛先輩は、厳しい口調を崩さない。
「素晴らしいと……署長は思われたのですね。」
「容疑者はちゃんと自白したよ。あの短時間で随分とおとなしくもなった。」
そう言って署長が高らかに笑う。
「……でも、特に……自白後のあの行為は、明らかに彼女個人の――」
そう言いかけた先輩を遮り、署長は高圧的に言い放った。
「後藤くんはよく頑張った。犯人は自白した。必要なのは、それだけだ。」
「…………」
「これからも後藤くんの教育、よろしく頼むよ。」
二人が歩き去る音が聞こえ、会話は途絶えた。
私は項垂れたまま、自分のロッカーの前へと戻った。準備したネックレスをそっとロッカー内へ戻す。
――今のままじゃ駄目なんだ……
凛先輩に認められたい。その思いだけがどんどん強くなっていった。
本日の容疑者資料に目を通す。彼は世間を騒がせた通り魔殺人の容疑者だ。
私はアイスピックを手に取り、上着のポケットに入れた。
END
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ほっとしたからかもしれない。嶺岸さんに気持ちが伝わったことに感極まったからかもしれない。原因は分からなかった。私は、後から後から溢れ出てくる涙をどうしても止めることができなかった。
「自白終了、ですよね。」
一人の刑事さんに言われ、私は虚をつかれたような思いがした。この仕事は自白報告があって初めて終了になることを、あらためて思い出す。処刑人だった頃にこんな失敗をすることなんてなかった。自分の単純なミスを自覚し、少し自己嫌悪に陥る。
「ご苦労様。」
もう一人の刑事さんに優しく声をかけてもらい、私は感傷に浸っていた自分を戒める。涙を拭い、刑事さん二人に向き直る。嶺岸さんに背を向けながら私は、
「自白終了です!」
と、元気を振り絞って声を出した。
***
署内は朝から慌しかった。
昨日と同じように取調執行人としての準備を整える。着替えを終え、チェーンネックレスに手を伸ばす。その時、更衣室の前から凛先輩の声が聞こえてきた。
挨拶をしようとドアの方へ向かったが、男性の声が聞こえてきて立ち止まった。声の主は、署長のものらしかった。どうやら凛先輩と会話をしているようだ。
「署長もミラー越しにご覧になっていましたよね。彼女のやり方は――」
凛先輩の声色はいつになく厳しかった。普段の甘くて優しい響きはそこにはない。
何となく出辛くて、更衣室のドアの前で足を止めてしまった。
盗み聞きをするつもりはなくとも、自然と耳にその会話が入ってくる。
「初めてとは思えないほど素晴らしい活躍だったね。」
対する署長の声は、とても明るいものだった。
それでも凛先輩は、厳しい口調を崩さない。
「素晴らしいと……署長は思われたのですね。」
「容疑者はちゃんと自白したよ。あの短時間で随分とおとなしくもなった。」
そう言って署長が高らかに笑う。
「……でも、特に……自白後のあの行為は、明らかに彼女個人の――」
そう言いかけた先輩を遮り、署長は高圧的に言い放った。
「後藤くんはよく頑張った。犯人は自白した。必要なのは、それだけだ。」
「…………」
「これからも後藤くんの教育、よろしく頼むよ。」
二人が歩き去る音が聞こえ、会話は途絶えた。
私は項垂れたまま、自分のロッカーの前へと戻った。準備したネックレスをそっとロッカー内へ戻す。
――今のままじゃ駄目なんだ……
凛先輩に認められたい。その思いだけがどんどん強くなっていった。
本日の容疑者資料に目を通す。彼は世間を騒がせた通り魔殺人の容疑者だ。
私はアイスピックを手に取り、上着のポケットに入れた。
END
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