{
2008/02/16(土) }
騒がしく行内へと突入してきた警察官は、戸惑いの表情を隠しきれなかった。
無理もない。目の前にあったのは、ボロ雑巾のようになった犯人と、返り血で全身を真っ赤に染めた人質だったのだから。
警察官が突入してきたのは、ちょうど結衣が竹内のコード用結束バンドを外し終えた時だった。
竹内が瞼の切れた目で結衣を見る。結衣は妖艶な笑みを浮かべながらそっと呟いた。
「バイバイ。」
「……あぁ。」
竹内は結衣の笑みに応えるように口の端を不器用に持ち上げる。そんな二人の間を、裂くように警察官が割って入った。多くの警察官が狭いロビーへ次々となだれ込んでくる。一つの声が行内に響いた。
「全員動くな!」
警察官はそれぞれに銃を構えていた。
田中はこの騒ぎで意識を取り戻したようだった。倒れ込んだままで、田中は激しく咳き込む。事態を把握するのに時間がかかっている様子だった。竹内は田中が死んでいなかったことに安堵した。
――誰でも死ぬのは怖い……か。
その時、突然結衣が声を張り上げた。
「助かりました! あの犯人二人が、急に仲間割れを始めて!」
返り血に塗れた姿で、必死に訴えかける。それを聞いた田中がビクッと身体を震わせた。怯えたその顔には、彼女への恐れの感情がはっきりと浮かんでいた。それでも必死で未だ血の滴る口を動かし、抗議の意志を見せる。
「ち……違う! あ、あの女……――!!――ううっ……」
田中の言葉が急に途切れる。
竹内にははっきりと見えた。結衣が冷たく突き刺さるような視線を田中に送っているのが。
――役者が違うな。
竹内は自嘲し、自分たちの負けをあらためて噛み締めていた。そして静かに口を開く。
「……間違いありません。」
その途端、田中がとても信じられないといった視線を竹内に向けた。
やがて田中は、悄然と項垂れた。
警察は事実を確認――正確には誤認だが――すると同時に、竹内と田中に手錠をかけた。
「押し込み、二名確保! 現逮!」
その言葉を機に、警察官は結衣と気絶している女に走り寄る。
「人質二名、無事確認!」
「タンカ、急げ!」
警官の言葉に、竹内は思わず吹き出しそうになる。
――警察も、まさかタンカを必要とするのが犯人の方だなんて、想像もしてなかっただろうな……
妙におかしく思えて、竹内は耐え切れずこっそりと笑った。ふいに後ろから視線を感じ、結衣の方を振り返る。すると、彼女もまた密かに口元を緩ませていた。
二人の視線が交差する。
それが竹内と結衣の、最後の時間だった。
竹内と田中が、それぞれタンカに乗せられた。
運ばれる最中、気絶していた女性銀行員が身体を起こすのを竹内は見た。彼女はふらつく足で結衣に近寄り、耳元で何か囁いている。
竹内には、その言葉が想像できた。
「――結衣さん。ありがとう。」
おそらく、正解だろう。
大輪の花の芽がほころぶように、結衣が微笑んだから。
END
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無理もない。目の前にあったのは、ボロ雑巾のようになった犯人と、返り血で全身を真っ赤に染めた人質だったのだから。
警察官が突入してきたのは、ちょうど結衣が竹内のコード用結束バンドを外し終えた時だった。
竹内が瞼の切れた目で結衣を見る。結衣は妖艶な笑みを浮かべながらそっと呟いた。
「バイバイ。」
「……あぁ。」
竹内は結衣の笑みに応えるように口の端を不器用に持ち上げる。そんな二人の間を、裂くように警察官が割って入った。多くの警察官が狭いロビーへ次々となだれ込んでくる。一つの声が行内に響いた。
「全員動くな!」
警察官はそれぞれに銃を構えていた。
田中はこの騒ぎで意識を取り戻したようだった。倒れ込んだままで、田中は激しく咳き込む。事態を把握するのに時間がかかっている様子だった。竹内は田中が死んでいなかったことに安堵した。
――誰でも死ぬのは怖い……か。
その時、突然結衣が声を張り上げた。
「助かりました! あの犯人二人が、急に仲間割れを始めて!」
返り血に塗れた姿で、必死に訴えかける。それを聞いた田中がビクッと身体を震わせた。怯えたその顔には、彼女への恐れの感情がはっきりと浮かんでいた。それでも必死で未だ血の滴る口を動かし、抗議の意志を見せる。
「ち……違う! あ、あの女……――!!――ううっ……」
田中の言葉が急に途切れる。
竹内にははっきりと見えた。結衣が冷たく突き刺さるような視線を田中に送っているのが。
――役者が違うな。
竹内は自嘲し、自分たちの負けをあらためて噛み締めていた。そして静かに口を開く。
「……間違いありません。」
その途端、田中がとても信じられないといった視線を竹内に向けた。
やがて田中は、悄然と項垂れた。
警察は事実を確認――正確には誤認だが――すると同時に、竹内と田中に手錠をかけた。
「押し込み、二名確保! 現逮!」
その言葉を機に、警察官は結衣と気絶している女に走り寄る。
「人質二名、無事確認!」
「タンカ、急げ!」
警官の言葉に、竹内は思わず吹き出しそうになる。
――警察も、まさかタンカを必要とするのが犯人の方だなんて、想像もしてなかっただろうな……
妙におかしく思えて、竹内は耐え切れずこっそりと笑った。ふいに後ろから視線を感じ、結衣の方を振り返る。すると、彼女もまた密かに口元を緩ませていた。
二人の視線が交差する。
それが竹内と結衣の、最後の時間だった。
竹内と田中が、それぞれタンカに乗せられた。
運ばれる最中、気絶していた女性銀行員が身体を起こすのを竹内は見た。彼女はふらつく足で結衣に近寄り、耳元で何か囁いている。
竹内には、その言葉が想像できた。
「――結衣さん。ありがとう。」
おそらく、正解だろう。
大輪の花の芽がほころぶように、結衣が微笑んだから。
END
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