{
2007/10/04(木) }
湯の良い香りが風呂場から零れてくる。
世の中には、体臭が臭いとか垢がたまって汚いなどと言って、父親を一番最後に風呂に入れる家があると聞く。世の親父たちはここまで威厳が落ちてしまったのかと、悲しみを通り越して呆れる。
父親は一番風呂が鉄則だ。
もちろん我が家は、私が一番先に風呂に入ることになっている。仕事帰りが遅くなってもそれはけじめとしてきちんと守らせている。この姿勢を少しは見習ってほしいものだ。
湯に入って大きく息を吐く。全身から疲れが取れていくようだ。間もなく娘がやってくるだろう。あの歳になっても父親と一緒に風呂に入りたがる。まだまだ子どもだ。
しばらくすると娘が浴室へと入ってきた。学生服を着たまま、そっと浴槽の脇に膝立ちする。しゃがみこんだ際に、白いレースの下着が見える。そこは気付かないふりをしてやるのが、父としての礼儀だろう。
「お父さん。背中流してあげる。」
この言葉を聞いただろうか。こんなに良い娘が世界中探したっているものか。私はいつもこの言葉に感動する。しかし、もちろんそれを表情に出してはいけない。あくまで面の皮を厚くしていることが大切なのだ。
「うむ。」
娘は嬉しそうに、掌にボディソープを泡立てていく。そして、爪で私の全身を掻き毟るのだ。
「ぐ……ぐむ……」
痛い……わけがない。娘が精一杯私を綺麗にしようと努力しているのだ。みるみるうちに背中がヒリヒリと痛み出し、どうやら所々から血が滲んできているようだ。本当に一生懸命に背中を流している。
私はそんな娘の姿が愛おしくて仕方がない。
見ろ。娘は楽しそうにくすくすと声まで上げている。こんなに素晴らしい親子愛は、見たことがあるまい。
娘は「あはは」と声を上げながらなおも私の背中、腕、太腿、足、至る所に爪を立てていく。そして、最後には熱湯を私にかけるのだ。
「ぐ……ああぁ……」
つい、痛み……もとい、気持ちよさと感動で声が漏れる。
「あはは。お父さん、熱くないの? すごいな。血まで出して。ふふふ……」
痛い……痛すぎ……るわけがない。愛情をもって娘が流してくれた背中だ。痛くなどない。娘は本当に父親思いの良い子だ。
そこへ家内も入ってくる。
「あら。今日はあまり力を入れなかったのね。あなた、仕上げは私がしますわ。」
家内もまた立派な人間だ。わざわざたわしを持ってきて、私の傷跡だらけの背中を再度、入念に泡立てたソープで擦ってくれる。それからまた熱湯で私の背中を流すのだ。江戸っ子はやはり熱い湯に限る。家内も娘もそれをよく理解しているのだ。よくできた妻子に恵まれて、私は本当に幸せだ。
ヒリヒリする背中などお構いなしに、私は浴槽に浸かる。「世話になった。」とだけ言うと、私はまた浴槽で一息ついた。
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世の中には、体臭が臭いとか垢がたまって汚いなどと言って、父親を一番最後に風呂に入れる家があると聞く。世の親父たちはここまで威厳が落ちてしまったのかと、悲しみを通り越して呆れる。
父親は一番風呂が鉄則だ。
もちろん我が家は、私が一番先に風呂に入ることになっている。仕事帰りが遅くなってもそれはけじめとしてきちんと守らせている。この姿勢を少しは見習ってほしいものだ。
湯に入って大きく息を吐く。全身から疲れが取れていくようだ。間もなく娘がやってくるだろう。あの歳になっても父親と一緒に風呂に入りたがる。まだまだ子どもだ。
しばらくすると娘が浴室へと入ってきた。学生服を着たまま、そっと浴槽の脇に膝立ちする。しゃがみこんだ際に、白いレースの下着が見える。そこは気付かないふりをしてやるのが、父としての礼儀だろう。
「お父さん。背中流してあげる。」
この言葉を聞いただろうか。こんなに良い娘が世界中探したっているものか。私はいつもこの言葉に感動する。しかし、もちろんそれを表情に出してはいけない。あくまで面の皮を厚くしていることが大切なのだ。
「うむ。」
娘は嬉しそうに、掌にボディソープを泡立てていく。そして、爪で私の全身を掻き毟るのだ。
「ぐ……ぐむ……」
痛い……わけがない。娘が精一杯私を綺麗にしようと努力しているのだ。みるみるうちに背中がヒリヒリと痛み出し、どうやら所々から血が滲んできているようだ。本当に一生懸命に背中を流している。
私はそんな娘の姿が愛おしくて仕方がない。
見ろ。娘は楽しそうにくすくすと声まで上げている。こんなに素晴らしい親子愛は、見たことがあるまい。
娘は「あはは」と声を上げながらなおも私の背中、腕、太腿、足、至る所に爪を立てていく。そして、最後には熱湯を私にかけるのだ。
「ぐ……ああぁ……」
つい、痛み……もとい、気持ちよさと感動で声が漏れる。
「あはは。お父さん、熱くないの? すごいな。血まで出して。ふふふ……」
痛い……痛すぎ……るわけがない。愛情をもって娘が流してくれた背中だ。痛くなどない。娘は本当に父親思いの良い子だ。
そこへ家内も入ってくる。
「あら。今日はあまり力を入れなかったのね。あなた、仕上げは私がしますわ。」
家内もまた立派な人間だ。わざわざたわしを持ってきて、私の傷跡だらけの背中を再度、入念に泡立てたソープで擦ってくれる。それからまた熱湯で私の背中を流すのだ。江戸っ子はやはり熱い湯に限る。家内も娘もそれをよく理解しているのだ。よくできた妻子に恵まれて、私は本当に幸せだ。
ヒリヒリする背中などお構いなしに、私は浴槽に浸かる。「世話になった。」とだけ言うと、私はまた浴槽で一息ついた。
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