{
2007/08/30(木) }
朝。まだ夜も明けきらない頃、俺はふと目覚めた。
部屋の窓から見える高層ビルの合間から、白い光が少しずつ射しこんでくるのをぼんやりと眺める。
長い間実験室で眠り続けていた俺にとって、こうして部屋で朝を迎えるのは久しぶりのことだった。
時計の針は午前四時三十分を回ったばかりだった。寝ぼけ眼のまま洗面台へ向かい、顔を洗う。
鏡に映った自分をじっと見つめてみると、今更になって、この世界に既に自分と同じ人間がもう一人いるという現実を疑いそうになる。先例がないのだから当然と言えば当然のことだろうが。
――でも俺は、確かにこの目で見たんだ。
あらためてそう自分の疑いを訂正すると、同時に少しずつ自分が自分でないような気がしてきて心地が悪かった。
再び勢いよく顔を洗い、もう一度鏡を覗き込む。
――そうだよ。何も憂うことはない。それどころか、このことによって俺にはさらに素晴らしい生活が保証されたんだ。喜んで然るべき。俺は俺だ。
気持ちが次第に落ち着いてくるのが分かる。しかし自分のコピーの存在を全て忘れ、頭の中から消し去ってしまうことだけは、どうしてもできなかった。
あいつはどこで生活していくのだろう。あいつは俺であり、俺でない存在。あいつの記憶の中には当然この家のこともあるだろう。
――まさか記憶を頼りにこの家に戻ってきてばったり鉢合わせなんてことないだろうな。
脳裏をかすめた想像に苦笑する。
奴に会わないことが条件とされている限り、そんな心配は杞憂にすぎないのだ。その辺りは所長か誰かがきちんと説明をするに違いない。それに、この家とも今日限りでおさらばだ。
夜明けの心地よい空気を胸一杯に吸い込む。俺はモヤモヤとした気持ちをぶつけるように、部屋の隅に置いた口の開いたダンボールの山に生活用品の数々を投げ入れていった。
電気をつけていない部屋は既に昇った日の光で満たされていた。
引越しの準備を整え、これまで暮らしていた部屋を後にする頃にはもう日が傾き始めていた。
研究機関から用意されているという新しい家までの地図を片手に、俺は期待を膨らませていた。
所長の話によれば、今後の生活には研究機関から派遣される専属のサポートの人間もつくらしい。俺の健康などを管理し、心理面や肉体面、その他いろいろなトラブルにも対応してくれる。もちろんそれに掛かる費用は全て機関の負担だ。こんなにおいしい話はない。
新居に着いたときには、その期待が全く裏切られなかったことを喜んだ。いや、そこはむしろ俺が考えていたものより格段にすばらしい豪邸だったのだ。これからここに住むことを思うと、俺の顔は自然と綻ぶのだった。
セキュリティの施された大門を開錠し、庭へと足を踏み入れる。
美しい緑で埋め尽くされたその庭に漂う仄かな甘い香りと涼やかな虫の声が、俺を温かく招き入れてくれているようだった。
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部屋の窓から見える高層ビルの合間から、白い光が少しずつ射しこんでくるのをぼんやりと眺める。
長い間実験室で眠り続けていた俺にとって、こうして部屋で朝を迎えるのは久しぶりのことだった。
時計の針は午前四時三十分を回ったばかりだった。寝ぼけ眼のまま洗面台へ向かい、顔を洗う。
鏡に映った自分をじっと見つめてみると、今更になって、この世界に既に自分と同じ人間がもう一人いるという現実を疑いそうになる。先例がないのだから当然と言えば当然のことだろうが。
――でも俺は、確かにこの目で見たんだ。
あらためてそう自分の疑いを訂正すると、同時に少しずつ自分が自分でないような気がしてきて心地が悪かった。
再び勢いよく顔を洗い、もう一度鏡を覗き込む。
――そうだよ。何も憂うことはない。それどころか、このことによって俺にはさらに素晴らしい生活が保証されたんだ。喜んで然るべき。俺は俺だ。
気持ちが次第に落ち着いてくるのが分かる。しかし自分のコピーの存在を全て忘れ、頭の中から消し去ってしまうことだけは、どうしてもできなかった。
あいつはどこで生活していくのだろう。あいつは俺であり、俺でない存在。あいつの記憶の中には当然この家のこともあるだろう。
――まさか記憶を頼りにこの家に戻ってきてばったり鉢合わせなんてことないだろうな。
脳裏をかすめた想像に苦笑する。
奴に会わないことが条件とされている限り、そんな心配は杞憂にすぎないのだ。その辺りは所長か誰かがきちんと説明をするに違いない。それに、この家とも今日限りでおさらばだ。
夜明けの心地よい空気を胸一杯に吸い込む。俺はモヤモヤとした気持ちをぶつけるように、部屋の隅に置いた口の開いたダンボールの山に生活用品の数々を投げ入れていった。
電気をつけていない部屋は既に昇った日の光で満たされていた。
引越しの準備を整え、これまで暮らしていた部屋を後にする頃にはもう日が傾き始めていた。
研究機関から用意されているという新しい家までの地図を片手に、俺は期待を膨らませていた。
所長の話によれば、今後の生活には研究機関から派遣される専属のサポートの人間もつくらしい。俺の健康などを管理し、心理面や肉体面、その他いろいろなトラブルにも対応してくれる。もちろんそれに掛かる費用は全て機関の負担だ。こんなにおいしい話はない。
新居に着いたときには、その期待が全く裏切られなかったことを喜んだ。いや、そこはむしろ俺が考えていたものより格段にすばらしい豪邸だったのだ。これからここに住むことを思うと、俺の顔は自然と綻ぶのだった。
セキュリティの施された大門を開錠し、庭へと足を踏み入れる。
美しい緑で埋め尽くされたその庭に漂う仄かな甘い香りと涼やかな虫の声が、俺を温かく招き入れてくれているようだった。
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