{
2011/12/24(土) }
母上様。
ああ、かの歓楽街で女王様の名をほしいままにされていた気高く美しい貴女を、私がどれほど物狂おしい思いで仰ぎ見てきたことか。
図体の大きな父と、華奢で繊細な母上様。しかし私の目には、母上様のほうが、父の何倍も大きく映ったものです。五つほど歳の離れた姉様も、とても高いところにおられる印象でした。あの頃から、私は女性という存在に何か特別な眼差しを向けていたように思います。
おそらく母上様、貴女はお気づきだったのでしょう。そして、気づかぬふりをすることで、あえて何もしないことで、私がどれほど苦しみ、悶え、また、どれほど心を乱し、恋い焦がれるかもご存知だったのでしょう。
貴女は、私を蔑視していた。
貴女は、私を弄んでいた。
貴女は、私を無視していた。
だから、私は、貴女を崇拝した。
光沢を湛える黒い編み上げハイヒールロングブーツを、貴女はよく身に着けておられました。アスファルトを鳴らすコツコツという響きが、毎日、貴女の帰宅を私に知らせました。昼間のお出かけから歓楽街へとお仕事に行かれるまでの、束の間の時間ではありましたが――
「ただいま」
貴女はその艷めいたお声で、幼い私を心から癒してくださいました。残業の多い父、帰りの遅い姉様。留守番の多かった私は、貴女のその声をいつも待っていた気がします。ですが、私にとってのそれは、喜びと同時に、恐怖を伝えるお声でもありました。
玄関先で正座し、深く頭を下げさせていただくのが家のしきたりでしたね。私は、そのときに手の甲に突き立てられる鋭く尖ったヒールの先端や、顎を小突く爪先が恐ろしくて仕方なかったのです。それでも、そんな心の内など、高貴な母上様に語れるはずがありません。
はじめは、我慢していました。ひとしきり苦しんだ後に頂戴する、貴女の笑顔と優しいお言葉が、私にとっての宝でしたので。ですが次第に、その黒光りするお履物に、言いようのない妖しい表情を感じるようになっていきました。それは、今考えると、愛しさや欲情といったものに似ていたのかもしれません。
いつのまにかブーツが、耐える対象から、求める対象へと変わっていました。
母上様。
私は、これらの全てが、貴女の企みだったのではないかとさえ思っております。
クリスマスに用意する靴下がブーツに変わったのは、この年のことではなかったでしょうか?
毎年楽しみにしていたプレゼント。
私の記憶では、その年、そこには何も入っていませんでした。いえ……正確には、恐ろしいまでの虚無感と渇望が入っていた、と言えましょうか。不思議でした。ですが、贈り主が貴女であるということを考えれば、おかしなことなどない気がするのです。
容れ物自体がプレゼントだった。歪んだ目的としての役割を携えて、私の目の前に現れた。私は魅了され、高揚し、下品なモノを擦りつけ、白濁液を勢いよく飛ばした。
……貴女の思惑通り。違いますか?――母上様。
エナメルブーツの蠱惑的な黒が、今でも、私の脳裏に焼き付いているのです。
Back | Novel index | Next
ああ、かの歓楽街で女王様の名をほしいままにされていた気高く美しい貴女を、私がどれほど物狂おしい思いで仰ぎ見てきたことか。
図体の大きな父と、華奢で繊細な母上様。しかし私の目には、母上様のほうが、父の何倍も大きく映ったものです。五つほど歳の離れた姉様も、とても高いところにおられる印象でした。あの頃から、私は女性という存在に何か特別な眼差しを向けていたように思います。
おそらく母上様、貴女はお気づきだったのでしょう。そして、気づかぬふりをすることで、あえて何もしないことで、私がどれほど苦しみ、悶え、また、どれほど心を乱し、恋い焦がれるかもご存知だったのでしょう。
貴女は、私を蔑視していた。
貴女は、私を弄んでいた。
貴女は、私を無視していた。
だから、私は、貴女を崇拝した。
光沢を湛える黒い編み上げハイヒールロングブーツを、貴女はよく身に着けておられました。アスファルトを鳴らすコツコツという響きが、毎日、貴女の帰宅を私に知らせました。昼間のお出かけから歓楽街へとお仕事に行かれるまでの、束の間の時間ではありましたが――
「ただいま」
貴女はその艷めいたお声で、幼い私を心から癒してくださいました。残業の多い父、帰りの遅い姉様。留守番の多かった私は、貴女のその声をいつも待っていた気がします。ですが、私にとってのそれは、喜びと同時に、恐怖を伝えるお声でもありました。
玄関先で正座し、深く頭を下げさせていただくのが家のしきたりでしたね。私は、そのときに手の甲に突き立てられる鋭く尖ったヒールの先端や、顎を小突く爪先が恐ろしくて仕方なかったのです。それでも、そんな心の内など、高貴な母上様に語れるはずがありません。
はじめは、我慢していました。ひとしきり苦しんだ後に頂戴する、貴女の笑顔と優しいお言葉が、私にとっての宝でしたので。ですが次第に、その黒光りするお履物に、言いようのない妖しい表情を感じるようになっていきました。それは、今考えると、愛しさや欲情といったものに似ていたのかもしれません。
いつのまにかブーツが、耐える対象から、求める対象へと変わっていました。
母上様。
私は、これらの全てが、貴女の企みだったのではないかとさえ思っております。
クリスマスに用意する靴下がブーツに変わったのは、この年のことではなかったでしょうか?
毎年楽しみにしていたプレゼント。
私の記憶では、その年、そこには何も入っていませんでした。いえ……正確には、恐ろしいまでの虚無感と渇望が入っていた、と言えましょうか。不思議でした。ですが、贈り主が貴女であるということを考えれば、おかしなことなどない気がするのです。
容れ物自体がプレゼントだった。歪んだ目的としての役割を携えて、私の目の前に現れた。私は魅了され、高揚し、下品なモノを擦りつけ、白濁液を勢いよく飛ばした。
……貴女の思惑通り。違いますか?――母上様。
エナメルブーツの蠱惑的な黒が、今でも、私の脳裏に焼き付いているのです。
Back | Novel index | Next
この記事へのコメント
心待ちしていただけて嬉しいです。
>続きが楽しみです
次郎さんのような方がいらっしゃるからこそ、私もまた楽しく執筆できます。
いつも支えられています。
>続きが楽しみです
次郎さんのような方がいらっしゃるからこそ、私もまた楽しく執筆できます。
いつも支えられています。
2011/12/25(日) 12:11 | URL | ryonaz #mLlZp4Zg[ 編集]
>耐える対象から、求める対象へと変わって……
大変共感をしてしまいました。
しかし本来の奴隷は、所有者様やご主人様がなされる行為を受け入れ、感謝しなくてはいけないと、この素敵なブログを通じて学びました。
受け入れ、求めてはならない。
私はこの男性のように、女性様のお履きになられるブーツのヒールを求めてしまいます。
女性様が、醜い存在を踏みつけている光景は、大変美しいです。ぜひ日常でもそうした光景が当たり前になって欲しいと願っています。
大変共感をしてしまいました。
しかし本来の奴隷は、所有者様やご主人様がなされる行為を受け入れ、感謝しなくてはいけないと、この素敵なブログを通じて学びました。
受け入れ、求めてはならない。
私はこの男性のように、女性様のお履きになられるブーツのヒールを求めてしまいます。
女性様が、醜い存在を踏みつけている光景は、大変美しいです。ぜひ日常でもそうした光景が当たり前になって欲しいと願っています。
2012/01/03(火) 01:15 | URL | MA #NkOZRVVI[ 編集]
登場人物にご共感いただけて嬉しいです。
醜の価値は醜であること。踏みつけられることは醜のひとつの自己表現となり得る。美は時として醜の存在意義を教授する。
――私の戯言です。
学習材としてもご活用くださっているなんて、とても光栄です。きっと、私に毒されるだけですが(笑)
醜の価値は醜であること。踏みつけられることは醜のひとつの自己表現となり得る。美は時として醜の存在意義を教授する。
――私の戯言です。
学習材としてもご活用くださっているなんて、とても光栄です。きっと、私に毒されるだけですが(笑)
2012/01/06(金) 17:16 | URL | ryonaz #mLlZp4Zg[ 編集]
梨央様、凄いです。僕、興奮しちゃいました。続きが楽しみです。
2012/02/17(金) 00:31 | URL | 次郎 #sWkHkw7g[ 編集]
(※返信は上記…2011/12/25(日) 12:11)
2012/02/18(土) 20:07 | URL | ryonaz #mLlZp4Zg[ 編集]
リョナ系には、飽きちゃって、
逆リョナなんか、どうだろうかと思い、
ネットで検索したりしたけど、まぁ、「始まったのか。」って感じだった。
サドメンより、マゾメンだって感じた。俺は、サドメンより、ノーメンより、マゾメン向きだと思うな。
逆リョナなんか、どうだろうかと思い、
ネットで検索したりしたけど、まぁ、「始まったのか。」って感じだった。
サドメンより、マゾメンだって感じた。俺は、サドメンより、ノーメンより、マゾメン向きだと思うな。
2012/06/21(木) 03:41 | URL | 玄野計(オーメン) #-[ 編集]
玄野計(オーメン)さん、初めまして。コメント、ありがとうございます。
ご自身に合う嗜好を模索されている最中なのでしょうか?
玄野計(オーメン)さんにとって「逆リョナ」が楽しめる嗜好であれば、私自身は嬉しいです。
よろしければ、またぜひご来訪ください。
ご自身に合う嗜好を模索されている最中なのでしょうか?
玄野計(オーメン)さんにとって「逆リョナ」が楽しめる嗜好であれば、私自身は嬉しいです。
よろしければ、またぜひご来訪ください。
2012/06/29(金) 20:13 | URL | ryonaz #mLlZp4Zg[ 編集]