Black Onyx [ブラックオニキス];2011/ 04の記事一覧

ここでは、Black Onyx [ブラックオニキス]での 2011年 04月 に掲載した記事を表示しています。
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 浴室のドアが、カタリと開いた。
 手足を濡らした愛華。そのハリツヤのある肌が一段と輝いて見えたのは、微細にはじかれた水が照明の光を反射しているためだろうか。彼女はすいとバスマットの上に立ち、その手で滴を払っていた。
 誠一は、浴室に入る前とはまた違った魅力を湛える彼女の姿態や、先ほどの彼女の――自分も含めた――変貌に、ひどく狼狽していた。その面妖な心持ちをなんとか取り払おうと、彼は愛華に、
「ほら」
 と、努めて沈着に声をかけて、タオルを手渡す。が、
「ありがとう」
 そう礼を言う愛華の声は清新そのものであり、誠一は拍子抜けしてしまう。
 彼は度々、娘をひとりの女性として意識してしまっているのだ。彼自身もまた、そのことに気付いていた。不行跡な己を恥じ、自責の念を強くする。しかし、
 ――愛華。さっきのは……、子どもの悪戯、だったんだよな?
 それでも彼女の胸中となると、どうしても臆断の域を出ない。
 娘が父親に甘えてちょっかいを出す――それ自体は、どこにでもある話だろう。しかし、誠一自身は、どうも釈然としない。違和感があるのだ。得体の知れない居心地の悪さ。
 誠一の抱いたその感覚は、
「――っ!」
 彼の杞憂で終わることなく、あまりに唐突に肯んじられることになった。
「ティッシュ……、ある?」
 愛華の声色が低く、艶めかしい響きを帯びていると感じたのは、誠一の気のせいだったのだろうか。事の始終を見ていた彼には、言葉の意味がすぐにわかった。
 蛾だった。
 宙に舞うそれを、たった今、愛華は素手で捕らえた。身体、いや、眉ひとつ動かさずに、腕だけをしならせて。それだけでも、誠一の身を凍りつかせるには十分過ぎるほどだった。だが、その後の彼女の挙動は、なおいっそう、誠一を震撼させた。
 愛華は、誠一から受け取ったティッシュの上に握った手をかざし、
「ほら」
 と、手の中にあるソレを貪婪にすり潰してみせた。
 誠一は言葉を失い、うろたえる。血の気が引き、足が竦む。
 愛華の瞳が、俄かに輝きを増した。彼女は口元を弓なりに曲げ、小首を傾げて誠一の顔をじっと覗き込む。
 さっきまで蛾だったはずの粒粉が、パラパラとティッシュの上に注がれていった。

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 誠一は、しばしぼんやりと窓際に佇んでいた。
 掌でこめかみの辺りをかるく二度ほど叩き、わずかに火照った身体に風をあてる。
 ひとつの街灯。そのほのかな光が、闇の一部を謙虚に切り取っていた。
 誠一は、窓とカーテンを閉めた。振り返り、見るともなしに部屋の様相を眺める。
 携帯電話のランプが点滅している。不在着信の通知だ。誠一は携帯電話を手に取り、その表示を確認する。発信相手は麻美子だった。すぐにかけ直す。ツーコールを待たずして、相手の応答ボタンが押された。
「あ、あな……いえ、誠一さん。こんばんは」
 懐かしい声だった。わざわざよそよそしい態度をとろうとするあたりが、実に彼女らしい。変わらない元妻の姿に思いを馳せ、誠一は感慨にひたる。だが、麻美子は送ってきたメールの様子通り、深刻な口調を貫いていた。
「あの子の様子、どうですか?」
「ああ、今シャワー浴びてる」
「おかしなとこ、無いです?」
「……ん」
「言いにくいんですけど……、私、時々あの子がわからなくなるんです」
「年頃……ってのもあるのかな?」
「そ、そういうレベルじゃないの! 絶対あの子、頭おかしい! 狂ってる!」
「そんなこと言うもんじゃない!」
 麻美子につられ、誠一も、つい語調が荒くなる。
「すまん。とにかく、落ち着いて」
「……ごめんなさい」
「ちゃんと聴く。続けて」
「ありがとうございます。ん……、あの子、時々すごく残酷なことをしたり、乱暴になったり、見下すような冷たい態度をとったり――」
 誠一の胸が疼く。さすがに、心当たりが無いとは言えないからだ。
「でも、本人には罪悪感が全く無いみたいで。……精神的にも、幼い気がするんです」
 再び、彼の心に重圧がかかる。思い当たる節がありすぎる。だが、
「注意して様子を見てみるよ。何かあったら、連絡する」
 誠一はなぜか否定したくて、
「……とにかく、今日は任せて」
 努めて明るく、そう言葉を紡いだ。
 返事に迷っているのだろう。麻美子からの言葉は、少し間を置いてから発せられた。
「はい。わかりました。わがまま言ってごめんなさい。私も疲れちゃって……」
「ゆっくり頭を休めて」
「ありがとうございます。では、また」
 そこで通話は切れた。

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 ふわりと立った湯気が、二人をのみ込んでいた。
 誠一は、自分の行為と精神の意味を説明できなかった。もちろん、他人に問われているわけではない。が、彼にとっては答えなければならないものでもあった。問うているのは、彼自身だからだ。
 ――俺は、浴室で愛華の足を流していた。その最中に、愛華がバランスを崩した。慌てて手を伸ばした俺もまた、愛華と同じように体勢が乱れた。俺だけが倒れた。弾みで、愛華の足……が、俺の太腿……に、ドスン……と、乗った。その時、俺はとっさに……?
 誠一は愛華の前に跪き、項垂れたまま陶酔した表情を浮かべていた。太腿にかかる負荷に耐えながら、彼は胸中で、ありがとうございます、と何度も叫んでいた。
 愛華はひと言「ごめん、お父さん」と、慌てた声を出す。だが、誠一の耳には、その言葉がひどく切ないものに感じられた。
「お父さん、濡れちゃったね」
「はぃ……あ、いや、……ああ、そうだな」
「でも、この姿勢、楽かも」
 と、愛華は悪戯っぽく言を吐き、誠一の太腿に乗せた足に、
「あ……はっ、あ、あぁ……」
 じわじわと力を込めていく。次第に大きくなる重圧が、誠一の精力を加速させる。彼の陰茎が怒号を極める。だが愛華はすぐに「ごめんね」と、徐々にその圧力を弱めていった。
 ――そ、そんな、……そんな!
 とっさに、誠一は、己の太腿から消えゆく愛華の脚を掴んだ。あらためて両掌を上にして彼女の足を捧げ持つと、ゆっくりと自分の口をそこへ近づけていく。
「お父さん、……何?」
 愛華がきょとんとした顔で問う。純粋な響きをもったその彼女の言葉で、
「あ、……いや」
 誠一は、ようやく我に返ることができた気がした。
「大きくなったなぁ、と……、思って」
「えへへ」
「それにしても……、――っ?」
 誠一の言葉は、愛華の行為によって遮られた。彼女は嬉々とした表情を湛え、
「ぐっ……あ、あああっ……。あああっ!」
 再び、己が足を誠一の太腿に置き、じわじわと体重をかけていった。それから足先を器用に、しなやかに――、まるでツチイナゴを潰して嬲るかのように動かし続けた。

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 わずかに開けた窓から春風が入り、愛華のミディアムヘアをさらさらと靡かせた。
 膝上丈の半袖白ワンピースが、まだ幼さの残る彼女の綺麗な手脚のラインを際立たせている。その上に羽織っているのは、淡い黄色の半袖カーディガンだった。
 誠一は、こうして愛華の傍にいられる幸福を、あらためて噛みしめていた。五年ぶりに見る彼女は、本当に美しく育っている。その肌のきめ細かさや、全身を纏うしなやかさ、ほのかに香る甘美な匂いや、耳に心地良い声、今にも透けて消えてしまいそうな、それでいて確かな実存性を備える神秘的な雰囲気。
 愛華は、娘でありながら、どこか敬虔の念を誠一に抱かせる存在だった。
 ひときわ誠一が魅入られているのは、切れ長の瞼の奥で輝きを放つ、射抜くような鋭い、大きな瞳だった。覗き込めば、たちまち心そのものが破壊されてしまいそうな――。だが、その瞳は同時に、見る者全てに深い慈悲を与えるかのような神々しさをも帯び、それが誠一の心を掴んで放さない――いや、むしろ彼自身が、進んで心を授けているかのようだ。
 しばしその瞳に捕らえられていた誠一は、頬を赤らめ、
「まあ――、その……のんびりしてけ」
 自分を見失わないように努めなければならなかった。
 ――俺は父親だ。当たり前だ。
 平常心を取り戻そうと、なんとなく頭を垂れる。
 その時、愛華の中に不自然なものを見たような気がして、誠一は再び心を乱した。
 足だ。
 彼女のそれは、ひどく汚れていた。先ほど見た残骸が、誠一の頭をかすめる。再び吐き気を催し、何とか堪える。愛華のもつ美と醜の矛盾とその融合、調和、共存。それらが、彼の精神を混乱させる。同時に誠一を襲ったのは、己のマラの怒張、という受け入れ難い現実だった。
「足、洗ってきなさい」
 努めて冷静に、誠一はそう促した。
「うん。じゃあ、お父さん洗って」
「っ……あ、甘えるな。もうそんな歳じゃないだろ?」
「甘えたいよ。だって――」
 言葉を中途で切り、
「こ、こら……」
 愛華は誠一の手を引いて浴室に押し込んだ。彼の裾をまくり、シャワーを手渡す。
「準備、整いましたっ!」
「……っ、たく」
 誠一は湯の温度を調整し、慎重にカランをひねった。

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 ふたひらの桜が、愛華の艶やかな黒髪を彩っていた。
 誠一がこのアパートの部屋に人を通すのは、これが初めてだった。実の娘とはいえ、ドアを閉めて施錠した後も、誠一はなんとなく落ち着かない気分だった。だが、そんな彼の心とは裏腹に、愛華は無邪気でくったくない笑顔を浮かべていた。玄関に靴を脱ぎ捨て、
「お父さんの部屋だぁ。すごーい」
 勢いよく室内にとび込む。
 アパートの一階。六畳一間のありふれた和室だ。内装は地味で、洒落た家具ひとつない。目を惹くものと言えば、彼が趣味で育てている観葉植物のステレオスペルマムと、最近まで捨て猫だった目も開かない雑種くらいだろうか。男の一人暮らしには、それで十分なのだ。まして、ここはバス・トイレ別で安い。彼にとっては好条件の部屋だった。しかし、
 ――娘を入れるには、ちょっと……、なあ……
 誠一は後悔していた。愛華が来て、ここで一日過ごすことは、今日の朝の段階でわかっていたのだ。せめて、もう少し何かしておくべきだったな……、と。
 だが、その後悔は無用らしかった。
 愛華はぐるりと室内を観察しては、いろいろなものに興味を示す。猫やステレオスペルマムはもちろん、平凡な家具や台所用品に至るまで、彼女は瞳を輝かせては、快哉の声を上げた。
 誠一は、そんな娘の様子を見てホッと胸を撫で下ろした。ようやく肩の力が抜けた彼は、自分も靴を脱ごうとその視線を下へと向ける。その時、愛華の脱ぎ捨てた靴が目に入った。
「愛華、靴はちゃんと揃えなさい」
 さらりと注意し、誠一は自分の靴を脱いで丁寧に揃える。愛華は「はーい」と、あからさまな空返事をした。まだ室内を見回すことに夢中なのだろう。
「はぁ、全く……」
 と、誠一は溜息混じりに呟き、彼女の靴を揃えようと手を伸ばした。
 リボンバレエシューズのようだ。光沢のある、桃色を基調とした可愛らしいデザイン。その片方は靴底が上を向いており、一部に汚れが見られる。桜の花びらが三枚。他に見られるのは、赤と、黒と、茶褐色と――。もちろん誠一には、その汚れの正体がすぐにわかった。今日の夕方までは確かに生命のあった……、今は亡きむくろだ。誠一の脳裏に、女の子を助けた時の愛華の姿が過る。そこには、彼女の笑顔と殺戮が矛盾なく共存していた。
「っ……!」
 と、突如、誠一は不可思議な嘔吐感に襲われた。慌てて口を抑え、すぐにトイレに駆け込もうとする。が、次の瞬間には、もう吐き気はその姿を消していた。
 愛華は窓際に佇み、静かに春の陽光を浴びていた。ひと通り室内を観察し終えたらしい。誠一は、愛華の靴を揃えることも忘れ、彼女の傍にそっと歩み寄る。
 誠一の瞳の中で一瞬、愛華と麻美子の姿が重なった。

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「きゃあっ!」
「――っ!」
 突如、女の子の悲鳴が上がり、誠一は身を硬くする。その声を聞いて集まってきた男女の群れもまた、彼の緊張を高める。
 皆の視線を集めたのは、大きなツチイナゴだった。茶褐色で、細かい毛の生えたバッタだ。それが門前に置かれたプランターから唐突に跳び出してきたことが、女の子の声の原因だということだった。
「……はああぁ」
 誠一の強張った筋肉が、急速に弛緩していく。彼は安堵の溜息とともに、
 ――びっくりさせるなよ。俺の心臓を止める気か。
 心の中で悪態をついた。
 野次馬たちも、原因がわかった途端、興醒めしたようだった。それぞれが、時間の無駄だったと言わんばかりに、己の道へと歩を戻す。しかし女の子は、未だにアスファルトの上のツチイナゴに怯え、身を震わせていた。もしかしたら、あまりのショックで足が竦んでしまっているのかもしれない。
 ――やれやれ。
 できれば関わり合いになどなりたくない、というのが誠一の本音だった。だが、こういった状況で見てみぬふりをできるほどの冷たさも、彼はもち合わせていない。お人好しなのか、お節介なのか……
「ん、あー。あの――」
 その声とともに、再度チャイムが鳴った。
 女の子は硬直したまま、視線だけを誠一に向ける。そこに涙が溜まっている――と、彼が認識したときには、既に女の子の視線は目の前のツチイナゴに戻っていた。
「今、追い払うから」
 と前に踏み出そうとした誠一の歩は、クシャッ――、という聞き慣れない音によって止められた。
 硬直が、女の子から誠一へと移った。
 地面――そこにいるはずのツチイナゴ――を執拗に踏みにじる彼女の脚はしなやかに、そして力強く、アスファルトという名の舞台で踊っていた。誠一はゆっくりと視線を上げ、彼女の顔を覗き見る。
 ――天使?
 それが、彼の素直な第一印象だった。
「もう大丈夫だよ」
 と、優しく微笑む天使に、しゃくり上げながら女の子が礼を言う。その間、誠一はその天使から目を離すことができなかった。彼女もその視線に気付いたのか、誠一のほうへと顔を向ける。何よりも彼が驚いたのは、
「あ、お父さん!」
 その天使が、五年ぶりに再会する自分の娘だという事実だった。

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 ――背は高くなったかな?
 静かな校門の前で、誠一は大きく二度、深呼吸をした。
 娘に会える。そう考えただけで、誠一の拍動が速くなる。楽しみで仕方がないのだ。
 離婚して早五年。
 誠一は、麻美子と愛華の関係に配慮し、なるべく接触を避けるようにしてきた。麻美子のメールの様子が気がかりでなかったわけではないが、いざここへ来てみれば、期待がそれを大きく上回るのも無理はない。
 彼は瞳を輝かせ、
「はああぁ、ふうぅっ……、……はああぁっ」
 再び、今日何度目になるかわからない深呼吸をした。
 もともと神経質で臆病な性格だ。学校の前に立つ――ただそれだけのことで、彼にかかるプレッシャーは相当なものだった。とは言え、別に疚しいことがあるわけではない。堂々と中へ入って職員に事情を説明すれば、あるいは効率的なのかもしれない。だが、そんなことにすら、彼は二の足を踏んでしまう。
 ――生徒たちに変な目で見られたら……?
 ――緊張してうまく説明できなかったら……?
 ――不審者扱いされたら……?
 そういった様々な不安が、先に誠一の頭を埋め尽くしてしまうからだ。そのため、彼は未だこの校門前で、期待とともに、所在なく立っていたのだった。

 やがて、チャイムが鳴った。
 誠一はなんとなく落ち着き、安堵の息を吐いた。響く鐘が、耳に障る雑音の数々を、少しでも消してくれるような気がしたからかもしれない。規則的な音に、しばし身を委ねる。
 しかし、彼の安息も束の間のことだった。
 授業を終えた生徒たちが、ぞろぞろと校舎から出てきたからだ。時刻は既に夕方。下校を告げるチャイムの音だったことに今さら気付き、誠一はあたふたと校門周りをうろつく。同時に、彼は自分のその行為が本格的な不審者のそれに近いと察し、今度はポケットに手を入れて、傍に立つ樹を眺めているだけの人のふりをする。それでも、出てきた生徒たちの中に娘らしき人物がいないか、ちらちらと瞳だけを動かして確認する。
 だが、誠一が思っているほど、生徒たちの目は彼に向けられはしなかった。ただ下校する者と、校舎周りに残る者とが存在するだけだ。幸い、下校したのは全て男子生徒だった。
 誠一は気を落ち着けようと、再び深呼吸をした。見れば、自分の他にも、何人かの大人の男女がそこここを歩いている。彼は自嘲し、あらためて、まだ残っている生徒の群れの中に目を遣った。

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 どれくらいの時間が経っただろう。
 誠一の思考は、徐々に働き始めてきていた。相変わらず身体を丸めたまま、
 ――俺じゃ、力不足だ。
 心の中で呟く。
 それで罪悪感が消えるわけではない。言い訳にしかならない。誠一はそのことを十分承知していた。それでも、そうまでしてでも、彼は自らを覆う恐怖心から逃げたかった。
 だが――
「……みつけた」
 誠一の望みは断たれた。


 ***

 誠一は、工場勤務のサラリーマンだ。
 四十代。五年前に離婚し、現在は独身。ひとり娘は、妻の麻美子が引き取った。
 どちらが引き取るか、ということに関してもめることはなかった。誠一は赴任が多く、なかなか足場が定着しない。現在の住まいも、入居したばかりのアパートだ。比べて、麻美子は開業医をしている。同じ場所で長く暮らせるほうが娘にとって良い、というのが、二人の結論だった。経済面でも、意見は一致した。誠一の年収も決して低いものではなかったが、彼女のほうがより高額で安泰だ、ということでお互い同意した。麻美子の、家事と仕事を両立する力や、娘への躾や細かい気配りに関しては、誠一の尊敬するところであったし、何より、娘の愛華が母親と一緒に暮らすことを望んだ。
 かくして、特に問題なく離婚は成立し、そのまま五年が過ぎた。
 だからこそ、
『お願い……』
 唐突な、そして、
『今日一日だけでいいから、愛華を預かって……』
 逼迫した様子をにおわせる麻美子からのメールに、誠一はしばし困惑したのだった。
 彼はすぐ麻美子に、承諾した旨の返信を出した。
 理由や事情はどうあれ、久しぶりに娘に会うことを拒む必要はない――そう考えたからだった。いや、むしろ喜んでいたと言っても過言ではない。二人の生活にむやみに立ち入らないよう、できる限り配慮してきた誠一なのだ。事情云々よりも、娘に会えるという事実のほうが勝り、彼の心を躍らせていた。

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 またひとつ、誠一の傷が増えた。
 ろくに腕が使えないのだから当然だ。つんのめった彼には、全身で地面を受け入れる他に術がなかった。彼には痛みに悶える時間など与えられてはいない。いや、そこに心を囚われている余裕すら無い、と言ったほうが、より正確だろうか。
 鬼気迫る表情で立ち上がった誠一は、再び走り始めた。ずるずると、亀よりは、蝸牛よりは、芋虫よりは、はやく――
 春の宵が、密集した市街地を呑み込んでいた。
 誠一の荒い息遣いが、闇の静寂にわずかな皹を入れる。狭く、入り組んだ複雑な路地を右へ折れ、左へ折れ、また左へ折れ、ただ走る。目的地はない。走るという手段があるだけだ。目的は、実の娘――愛華から逃れること。
 そのためだけに、誠一は無心で、ひたすら己が足を動かした。

 ひときわ強い夜風が、誠一の頬をかすめた。
 彼は無意識に、風の吹いてきた方向に目を遣る。そこには狭い空地があった。売地と書いたプレートが下がっているため、通常なら無関係の一般人が足を踏み入れることはない。だが、彼はプレートを支えているビニール紐をくぐり、中へと入っていく。隣家のコンクリート塀の奥のほうが、わずかに、内に彎曲しているのが見えたためだった。
 誠一は、その隙間へ勢いよく身を投げ、
「――っはぁ……、はぁ……」
 ようやく、ここまで動かし続けた足を止めた。
 どこまで走ってきたのか、誠一には想像もつかなかった。ここまで無我夢中で走ってきたのだから、無理もない。ましてや彼は、赴任したてである。たとえ近所であっても、通勤や生活するために必要とする道以外は知らないのだ。ただひとつ、彼がわかっているのは、大して遠くへは来ていない、ということだった。亀よりは、蝸牛よりは、芋虫よりは――そんなはやさで懸命に走ったところで、たかが知れている。
 誠一は、込み上げる咳を堪えていた。
 喉を潤したくても、口内は乾き切っている。飲み込むための唾すら無い。
「…………」
 息を潜め、誠一はただじっとしていた。
 呼吸が整ってくるにつれて、少しずつ戻ってくる先ほどまでの記憶。そこに現れるのは、愛華の笑みと声、あの躰と手足、そして、今なお続く自身の彼女に対するおびただしい畏怖の念だった。
「――っ!」
 足音が聞こえた気がして、誠一は縮めた身体をいっそう丸める。愛華の影を間近に感じ、ガタガタと身を震わせる。そして――
「……ふうっ」
 それが風による何かしらの音だと気付き、静かに息を吐く。
 そうした行為を、彼は幾度となく繰り返した。

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【 解決済 】

(記事作成・掲載日 : 2011.05.04)

以下の掲示板サイトにて、当サイト小説の無断転載を確認いたしました。
LaZoo : アブノーマル

以下、無断転載小説です。
http://hkwr.com/bbs/mibbs.cgi?mo=p&fo=abu&tn=0154&rn=30
http://hkwr.com/bbs/abi.cgi?fo=abu&tn=0154
( 転載元 : 当サイト小説 「睾丸退治」

創作物のタイトルだけを変えた、悪質なコピー・ペーストですね。
明らかな著作権侵害ですので、処理を考えております。
もし、著作権法に明るい方がいらっしゃいましたら、ぜひご教授願います。

また、削除依頼をしたいのですが、管理者への問い合わせの仕方がわからずに困っております。
掲示板そのものに書き込もうともしたのですが、書き込みができませんでした。
連絡方法がわかる方がいらっしゃいましたら、ぜひ当方へご連絡ください。

その他、対策に関するご提案なども頂けたら有難いです。

それにしても、こういった無断転載は絶えませんね……
残念です。悲しいです。
こういう心無い行為は、私のような脆い制作者にとっては本当に辛いもので、どうしてもボルテージが下がってしまいます。
ですが、私は、それを言い訳に創作をやめるようなことはしたくありません。
発見次第、できる限りの対処をしていきたいと思っております。

下記のように、これまでにも何度か無断転載・転用をされました。(未解決あり)
ですが、その都度、ご来訪者様方に多大なお力添えを頂き、ご厚情に励まされ、支えられ、今に至ることができました。
あらためて、感謝、お礼申し上げます。
そして今回もまた、ご協力を仰ぐことをお許しください。

皆様、お力添えのほど、何卒よろしくお願いいたします。


【参考】
※違法のあったサイトと処理に関する報告 → 1  2  3

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追記 (2011.05.05)

私なりに追求を進めていたところ、「2ちゃんねる」に辿り着きました。
今回、問題としている掲示板サイトとの関連性はわかりません。
ですが、どうやら「2ちゃんねる」においては、当方の小説を使った荒らし行為があったようです。
情報元
http://desktop2ch.jp/sec2chd/1273752523/?p=109
http://desktop2ch.jp/sec2chd/1273752523/?p=110
http://desktop2ch.jp/sec2chd/1273752523/?p=111
http://desktop2ch.jp/sec2chd/1273752523/?p=112
今回の件も、氷山の一角でしょうか。
どんなに駄文であっても、作品には必ず「思い」を込めています。
それを、荒らし行為に利用されてしまう……
作者としても、管理人としても、言葉にできない感情を実感しています。

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経過報告 (2011.05.07)

●法的措置の面
  現在、相談中です。
  また、お知恵やご協力の意思を下さっている方々に、深く感謝、お礼申し上げます。
●対策の面
  上に同じです。
●その他
  たくさんの応援や励ましのお言葉に、希望と元気を頂いています。ありがとうございます。
  また、ご心配をおかけしてしまった方々には、深くお詫び申し上げます。
  姿勢は、上記(2011.05.04)の通りです。
  処理態勢の根拠は、本サイトの「著作権について」並びに、盗作を肯定するつもりはない、という私の意志です。
  感情は感情。やることはやること。ryonazわーるどは、私がやめると決めるまでは創り続ける所存でおります。

※ご本人の了承を得て、ここに、ひとつのメール概要を掲載させていただきます。
無断転載である旨を掲示板に書き込んでくださった方がおります。
(なぜ、私が書き込めないのかは、未だに疑問ですが……)
この場をもちまして、あらためて、ご協力に感謝申し上げます。
ですが、昨日・今日と書き込み、二度とも削除されたとのことでした。
荒らし行為と、勘違いなさったのかもしれません。
その後、その方からの相手方へのアクセスが不可能になってしまったというご報告も受けております。
こちらで対処を考えておりますので、ご提案や情報等は直接でなく、まず当方に頂けたらと思います。
どうぞよろしくお願いいたします。

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ご連絡くださった方へ。(2011.05.07)

アドレス記載がありませんでしたので、こちらから失礼いたします。
「管理者への問い合わせフォームらしき箇所」のご提示、ありがとうございます。
早速、削除依頼のメールを送信いたしました。→ [ メール内容 ]
同時に、相手方から受け取り確認メールを頂いております。
内容確認の後メールを下さるということなので、お返事を待っています。
貴重な助言を下さり、感謝しております。
今後、相手方が良心的な対応をしてくださることを期待するのみです。

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現在、ブログは削除されております。(2013.12.26)
【祝】サイト設立四周年
マゾヒストの喜び、kazowkさんが、当サイトのために手懸けてくださいました。
そのお心遣いに、思わず涙が溢れてしまいました。比喩ではなく、言葉の通りに。
サイト設立四周年は、kazowkさんのたくさんのお力添えが無くては迎えられなかったことと思います。
kazowkさん、いつも本当にありがとうございます!
※画像をクリックすると、拡大します。携帯の人はこちら→拡大


kazowkさんコメント…
 4周年を記念して、梨央様に喜んで戴くために自ら4kの錘を乳首とPのピアスに取り付けて吊り上げた姿をご覧戴こうとした奴隷に・・
「そんな醜い姿を見せられて、わたしが喜ぶとでも思うの?このクズ奴隷!せっかくだから4周年にちなんで4時間そのままにしてるといいわ。私は出かけるけど、ブーツとパンプスをお前の上に乗せといてやるから感謝しなさい!落としたらどうなるか、判ってるわよね?」
 奴隷は涙を流して御礼をいっています・・・
ryonazコメント…
 発想が面白いです。素敵なイラストに温かい祝辞、本当にありがとうございます。
 それにしても、奴隷クン、マヌケで身勝手ですね(笑) どうしてこんな利己的な行為で喜ぶなどと考えたのでしょう?

kazowkさんのサイト 【マゾヒストの喜び】
マゾヒストの喜び
(過去の奴隷経験ブログ「女性の足下に跪く喜び」も必見です。)

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●このSを、見よ! クピドの悪戯 北崎拓 [小学館]
 4巻:腹を踏み付け、咳き込み、白目
 5巻:胸を突き飛ばし、連打、苦悶

●ひぐらしのなく頃に絆 原・竜騎士07 画・日向ののか [角川書店]
 1巻:腹にパンチ、出血
 〃 :腹(?)に後ろ蹴り、出血

●DCD 田口ケンジ [小学館]
 2巻:腹にフットスタンプ、胃液
 〃 :腹(胸?)にパンチ、胃液、気絶

●荒川アンダー ザ ブリッジ 中村光 [スクウェア・エニックス]
 2巻:腹に蹴り
 7巻:腹にパンチ、白目、気絶


※注
 ・全て女から男への腹責めです。
 ・記載したキーワードは全て、私の見た限りの独断です。
 ・逆リョナ情報をお持ちの方は、ぜひお寄せください。
  (尚、「逆リョナ@wiki」に掲載する情報は、匿名をデフォルトとさせていただきます。)
  → ◆逆リョナ@wiki [ Gyaku-Ryona@wiki ]
●うえきの法則 福地翼 [小学館]
 13巻:腹に膝蹴り、白目
 〃 :腹&胸に打撃、連打、吹き飛び、咳き込み、吐血
 〃 :腹に蹴り、吐血、白目、吹き飛び
 〃 :腹にパンチ(?)、吐血、咳き込み
 〃 :脇腹に肘打ち、吐血、肋骨折れ(?)、ダウン
 〃 :腹に蹴り、連打、吐血、白目、咳き込み
 〃 :腹(?)にパンチ、吹き飛び、咳き込み、吐血

●WORKING!! 高津カリノ [スクウェア・エニックス]
 1巻:腹(胸?)にパンチ、吐血(?)、苦悶


※注
 ・全て女から男への腹責めです。
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 ・逆リョナ情報をお持ちの方は、ぜひお寄せください。
  (尚、「逆リョナ@wiki」に掲載する情報は、匿名をデフォルトとさせていただきます。)
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●砂の薔薇 - デザート・ローズ 新谷かおる [白泉社]
 7巻:踏み付け、連打(?)、気絶、痙攣 (一部、腹)
 9巻:腹に裏拳

●松竹梅走る!! 名香智子 [双葉社]
 脇腹に膝蹴り、ダウン
 腹に蹴り、ダウン
 腹に跳び蹴り、吐液

●さすがの猿飛 細野不二彦 [小学館]
 2巻:ストマック・クロー

●ナチュラル 麻生いずみ [集英社]
 8巻:腹にパンチ


※注
 ・全て女から男への腹責めです。
 ・記載したキーワードは全て、私の見た限りの独断です。
 ・逆リョナ情報をお持ちの方は、ぜひお寄せください。
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