Black Onyx [ブラックオニキス];2009/ 07の記事一覧

ここでは、Black Onyx [ブラックオニキス]での 2009年 07月 に掲載した記事を表示しています。
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いつも当サイトへ足を運んでくださっている皆様、本当にありがとうございます。
本日は、少々長い記事なのですが、よろしければお目通しくださいませ。

お陰様で現在、当サイトの小説は、70作品に達しております。『小説:その他』を除いての計算です。
執筆欲の強さに身を任せ、気がつくと、この数になっていました。
いつも、温かいご感想が心に沁みます。この感謝の気持ちは変わりません。
小説の更新ペースを褒めてくださる方もおり、大変嬉しく思っています。
ですが、そんな折、ふと、読者様から頂いたお言葉に、隠れたメッセージがあることに気づきました。
「○○シリーズまで読みました」
「まだ全部は読んでいないのですが……」
そう――、熱心な読者様ですら、全ての小説をご覧になるのは困難だということなんです。
つまり、またまた突っ走り過ぎなのではないか、と反省した次第で……

――確かに、思い当たる節はいくつもありました。
連載完結時の静けさ。拍手数、アンケート回答数の減少。潮のように満ちては引いていくブログランキング。
それに伴い、今こそとばかりに次々と執筆し、掲載を早めれば早めるほど、読者様の反応が薄くなっていく日々……
もし読んでいただけてないのであれば、反応が少ないのは当然のことです。
小説の更新ペースについては、自分なりに調整してきたつもりでおりました。ですが、うまくいってなかったようですね。
「拍手、アンケートとか以前に、小説の更新早すぎ! 多すぎ! 追いつかない! 取っかかりづらい!」
そんなお言葉が聞こえてくるようで……。今さらそれに気づき、……またまた反省。
これでは、本末転倒もいいところです。

もちろん、ブログランキングや拍手数、アンケート回答数は、既読の上での評価が主だということは承知しています。
好き、嫌い、良い、悪い。どれもご意見のひとつとして捉え、真摯に受け止めていく所存でおります。
私は基本的に速筆ですし、時間をかければ良作ができる、といった保証はありません。
ですが、掲載を遅くすることで、今まで以上に、じっくりと作品に向き合うことができるとは思います。

何より――、
まずは「読んでいただけること」
これが基本ですよね。
上記を踏まえ、いろいろと考えた末、今後は、さらに小説の更新ペースを緩めていくつもりです。
本格的に夏を迎え、休暇等で少しでもお時間に余裕のできる方がいらっしゃれば……
そんな願いから、ゆっくりゆっくりと、せめてご覧いただけるくらいまでペースダウンしていくつもりです。
正直、既に出番待ちをしている娘も多くおりますが、彼女たちにも、しばらく放置プレイを試みてみます(笑)
この機会に、興味がおありの方はぜひ、未読の小説にも目を通し、世界に浸っていただければと思っています。
それが、筆者としての私の最大の願いであり、喜びです。

長文の語り、失礼いたしました。ご覧くださった方々に、心から御礼申し上げます。


ご意見・ご要望など、いつでもお待ちしております。
また、今後の指針や判断材料としたいので、引き続き、以下へのご協力をお願いいたします。

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アンケートを改装いたしました。
整理整頓したので、少しは見やすくなったかと思います。
シリーズものの投票数は、合計いたしました。

皆様、どうぞお気軽にご投票ください。
よろしくお願いいたします。

○ アンケート回答 → ◆アンケートページ◆


(※投票停止しました。)
毎度お世話になっています。suzuroさん作品です。
ご本人は「望まれていないのでは?」という不安の声も漏らしていますが、私がプッシュしています(笑)
よろしければ、コメントの方もぜひ。皆様のお声が、きっと励みになると思いますので。
※画像をクリックすると、拡大します。携帯の人はこちら→拡大


● 少女A
少女Aの日記」より
suzuroさんコメント…
 息の詰まるような独特の世界観に、あえて開放的な青空を合わせてみました。
 少女Aの狂気を、少しでも表現できているでしょうか?
ryonazコメント…
 理屈抜きで、まずこの雰囲気に魅了されました。淡さと濃さの調和。セピアに彩られた無機質な看板と少女。
 それぞれの織り成すハーモニーが、私の心の奥の方をじわりと掴みます。愛ですね……

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主従って、いったい何?
――と、本作を手掛けながら、しみじみと考えてしまいました。
悲しいM男クン。これからも頑張って!

文章のもつ可能性に、挑戦心を擽られることがあります。
同時にそれが、力のなさを自覚する良いきっかけにもなります。
「騙された」「やられた」「悔しい」
そんな屈辱を私に味わわせてくれた星氏や我孫子氏に、あらためて敬意を表したいです。
彼らの背中を追いながら、今日も明日も精進精進!

今後も、Black Onyx [ブラックオニキス]を、どうぞよろしくお願いいたします。

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「来なさい」
 女王様が呼びかける声に、敏感に反応する。元気よく吠え、その足下に鼻を鳴らして擦り寄る。
 犬――
 これほど幸福なことがあろうか。
 女王様が、頭を掴んでわしわしと撫でる。それが全ての幸福の瞬間であるかのように吠える。
 当然、粗相をした時には叱られ、お仕置きを受けることになる。
「この、馬鹿犬!」
 そう言った女王様の声は厳しい。それでも、女王様の瞳は常に慈愛に満ちている。可愛いと思えばこその調教なのだ。だからこそ、受け入れる義務がある。自責の念をもつ義務がある。感謝する義務がある。
 女王様が罵倒しながら、頭を叩く。絞める。鞭を振り下ろす――
 それでも、その場を動くような真似はしない。痛みに耐えながら、キャンキャンと高い悲鳴を絞り出す。
 女王様との力の差を思い知るほど、抵抗は無意味なものとなる。
 弱々しく喉を鳴らし、ただ項垂れて、許される時を待つ。それが正しい選択だ。そして――
「よしよし」
 その後で注がれる、女王様の溢れんばかりの愛情。免罪の瞬間。
 そこに幸福を感じた時、女王様への忠誠は必然のものとなる。
 興奮し、喜びの感情を全身で表現する。息を荒げ、女王様の足下に擦り寄る。
「本当に可愛い子だね、お前は」
 女王様の言葉に、声を大きくする。甘える。ひれ伏す。
 再び、
「――お手」
 という女王様の言葉が飛べば、するべきことは決まっている。
 それは、言うまでもない、犬としての正しい態度。あり方。至極、当然の行為。
「いい子」
 女王様は、再び頭を撫でながら、
「それに比べて――」
 と、その秀麗な瞳を細く眇めた。
 女王様が、部屋の隅に視線を向ける。

 ……この瞬間、今日初めて女王様が僕を視界に入れた。

 忌々しそうな目つき。本当に汚らわしいものを見るその顔は、それでもなお、女神のように美しかった。
 しかし、瞳が重なったのも、一瞬のこと――
 その視線は、すぐに足下の小さな白いスピッツへと戻った。かの人の愛犬だ。

 女王様の怒りは、未だ解けない。
 どうして僕は、あんな過ちを犯してしまったのだろう。何度、後悔すれば済むのだろう。
 僕は、薄汚いモノを怒張させたまま正座し、目の前で可愛がられるそいつを、ただ見つめることしかできない。
 犬以下の烙印……
 これ以上、酷なお仕置きはなかった。
 手を伸ばしたい。そいつと代わりたい。構ってほしい。撫でてほしい。叱ってほしい。抱きしめてほしい。
 そう欲することすら、罪だというのに。

 いつから涙が流れていたのだろう。
 僕は眼前の光景を、瞳に焼き付けた。二度と間違うことのないように。



END

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●かりん 影崎由那 [角川書店]
 13巻:腹(脇腹?)に膝蹴り、胃液

●史上最強の弟子ケンイチ 松江名俊 [小学館]
 31巻:腹に鉄球投げ当て
 33巻:腹にフットスタンプ、吐血、気絶
 34巻:腹に机打(単把)、吹き飛び

●ひぐらしのなく頃に コミックアンソロジー 謎乱し編 原・竜騎士07 [スタジオDNA]
 (てんレナ 作・にゃん太)
 2巻:腹にヒップドロップ(?)、気絶

●ひぐらしのなく頃に ~the sixth case~ 原・竜騎士07 [宙(おおぞら)出版]
 (女王は大切にネ! 作・ドバト)
 6巻:腹にパンチ、吐血、気絶

●PARTNER パートナー 名香智子 [小学館文庫]
 1巻:腹に肘打ち

●capeta カペタ 曽田正人 [講談社]
 4巻:腹に後ろ回し蹴り、胃液、苦悶、咳き込み

●エンジェル・ハート 北条司 [新潮社]
 30巻:腹にパンチ、吐液、気絶


※注
 ・全て女から男への腹責めです。(※一部、性別不詳キャラクターあり)
 ・記載したキーワードは全て、私の見た限りの独断です。
 ・逆リョナ情報をお持ちの方は、ぜひお寄せください。
  (尚、「逆リョナ@wiki」に掲載する情報は、匿名をデフォルトとさせていただきます。)
  → ◆逆リョナ@wiki [ Gyaku-Ryona@wiki ]
頂いたお力添えは計り知れず。
マゾヒストの喜びのkazowkさんより、再びイラストを頂きました。
いつも、当サイトへのご協力、本当にありがとうございます。
※画像をクリックすると、拡大します。携帯の人はこちら→拡大


kazowkさんコメント…「どうせ役に立たない物なんだから必要ないわよね」
 役立たずの奴隷に対して、立腹した女御主人様が、ゆっくりと切り取ろうとしているシーンです。
 奴隷は涙ながらに許しを請うています。
 しかし奴隷の体は女御主人様の所有物のためどうすることもできません。
ryonazコメント…
 この状況を受け入れられるM男性って、一体どれくらいいるものなのでしょうか……?(笑)
 鋭利な刃物と流血と……。素敵です。「ゆっくりと」というのも、ポイントのひとつですよね。

kazowkさんのサイト 【マゾヒストの喜び】
マゾヒストの喜び
(過去の奴隷経験ブログ「女性の足下に跪く喜び」も必見です。)

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「花」連作 ―― 「花びら一枚、影ひとつ」「闇咲く花」「きらめき残して花は散る」 ―― 完結いたしました。
予定通り、三部構成でお送りすることができ、とりあえず一安心です。

春の物語にも関わらず、気づけば梅雨が明けていました(笑)
ここ一週間ほどで、既に猛暑がやってきているような気すらしますが……

長らくお付き合いくださった方々、どうもありがとうございました。
これからも応援、どうぞよろしくお願いいたします。

●美里のキャラ絵 →   
●紗希のキャラ絵 →   
●彩香のキャラ絵 →  
●渚のキャラ絵 →  
●花音のキャラ絵 →

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 花音は、めぼしい女の子を携帯電話で撮影し、写真を使って男たちに紹介する。一番いい値をつけた奴に引き渡すのが常だ。
 美里ちゃんの格闘の強さは知っていても、やはり心配になる。写真が既に出回っているなら、急がなければならない。
 広志は、まだ俯いたままだ。
「ちょっと、あんたの携帯、見せてくれない?」
 広志は渋ったが、やがて観念したように携帯電話を差し出した。メールに添付された写真は――
「やっぱりね」
「…………」
「あんたたちは、もちろん行かないよね?」
「……と、当然だろ」
「――ええっ?」
 驚きの声を上げたのは、地面にへたり込んだままの新顔だ。
「何? まさか、未練あんの?」
 渚が詰め寄ると、彼は反射的に自分の股間を庇った。よほど、さっきの攻撃が効いたらしい。
「行くなら、念のためにソレ、潰しておくけど」
 新顔は、ヒッと鋭く息を呑んだ。ブルブルと震えながら、何度も首を横に振る。
 私は広志に向き直り、その携帯電話を再び覗き込む。
「……他にも送信してるみたいだね。健と勇作、松井……か」
 携帯電話を広志に投げて返し、耳元に唇を近づける。息が当たるほどの近さから、
「そいつらの溜り場、……教えてくれるよね?」
 彼に囁いた。脳の奥を突き刺すような、厳しさを込めた声で。


 教えてもらった場所に向かって、私は走った。
 まだ、幾つか回らなければならない。間に合うといいんだけど……
 走りながら、私は花音のことを考えていた。
 彼女の外づらの良さと、あの残虐さは、どこから来るのだろう。
 その時、脳裏にふと先生の顔が過った。
 もし先生と出会わなければ、私もまた、彼女のもつ闇や悪行に反発することはなかったのかもしれない。
 出会いが人を変える。それなら、花音もいつか変われるというのか。
 彼女が、罪悪感をもてる日は来るのだろうか。
 その時は、また友達になれるだろうか。
 そんなことを思い、心の中で笑い飛ばした。甘い夢を見た自分を。



END

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「こいつ、後輩?」
「あ、まぁ、そんな感じかな」
「ふーん……」
 顔を近づけ、新顔の瞳を覗き込む。広志に止められた理由がわからないためか、抵抗してくる様子はない。私はじわりと身体を押し当て、スラックスの上から、おもむろに彼の睾丸を握った。ぐいと捻り上げる。
「いぎっ……!」
「話を聞きなよ。オトコでありたいなら……」
「いぃ、いででで!……ちょ、広志さん! 何なんスか、こいつ?」
 彼の悲鳴混じりの問いかけを無視し、広志は私の傍らに寄った。
 新顔は涙目になり、身体を捩る。解放すると同時に地面に倒れ込み、股間を押さえて蹲る。その姿を横目に、広志が話しかけてくる。
「久しぶりだな、渚」
「そうだね」
 二度と会うことのない顔だと思っていた。
 広志は相変わらずガタイが良い。太い腕を飾る筋肉は、まだ衰えていないようだった。
「……で? どうして、今頃ここに?」
「最近さ、……花音と連絡取ってる?」
 そこで広志の表情が豹変する。バツの悪そうな顔色だ。
「え、……あぁ、まあ。でも……、どうして?」
 歯切れが悪い。広志が視線を逸らしたことが、私の疑念を確信に変えた。
「ちょっと、友達が巻き込まれてるかもしれなくてさ……」
 広志にすいと顔を近づけると、目を逸らしたまま項垂れる。私は自分の携帯電話を取り出し、
「この娘に見覚えない?」
 と、美里ちゃんと一緒に撮った写真を彼に見せた。広志の額に汗が滲むのがわかる。
「まさか、あいつからメール来たりしてないよね?」
「あいつって……?」
 まだとぼけるつもりなのか。……笑わせてくれる。
「花音だよ。あいつ、まだやってんでしょ?……売春斡旋」
 声に、自然と力が籠った。
 売春と言っても、花音は自分の身体は汚さない。差配するだけで儲かる強固な仕組みを作り上げたからだ。
 花音の『商売』を知ったのは、彼女と知り合ってからずいぶん経ってからのことだった。ただのクラスメイトから友達になり、一緒に遊ぶようになってからも、そんなことは億尾にも出さなかったから。
 そういえば花音は、私のことだけは売ろうとしなかった。今になって不思議に思う。どんな汚いことも辞さない女だというのに。
 単なる気まぐれだったのか。それとも、私のことを本当に友達と認めてくれていたのだろうか……
 けれど、被害者がいることを知って尚、それまでと同じように付き合っていけるはずもない。
 いつしか、私たちは訣別していた。

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 先生との電話を切った後、私はすぐに紗希に電話をかけた。
「紗希、お願いがあるんだ」
 挨拶もなしに、そう口走る。
 正直、私自身に切羽詰った思いがあった。それでも、彼女はそれに動じる気配すら感じさせない。
「何?」
 その冷静で落ち着いた口調が、私の心を緩和させてくれたのかもしれない。
 一呼吸置き、私は言葉を続けた。
「美里ちゃんのことなんだけど――」
 その名に、電話先の空気が少し変わった気がした。
「ちょっとヤバい奴に、引っかかってるみたいでね」
「ああ。あの女か……」
 紗希にも心当たりがあるようだった。彼女は察しが良くて助かる。
「手を貸してほしいんだ」
「うん。どうすればいい?」
「悪いけど、彩香と一緒に美里ちゃんを探してくれない?」
「……わかった」
 場所の心当たりを告げると、紗希は「すぐ行く」とだけ答え、通話を切った。
 私もまた、外出の準備を急ぐ。自分にできることをするために――


 おおよその見当はついていた。
 彼らが溜り場にしている場所は、少し前の私の居場所でもあったのだから。
「あ、いたいた」
 見つけたふたつの影に軽く声をかけると、
「あン?」
 しゃがみ込んでいた男がふり向く。
 見覚えのない顔だ。薄明かりの中で、その顔ははっきりと見えない。それでも、少なくともこの場所にいて、私を知っている男なら、こんな口の聞き方をしてくるはずがない。新顔なのだろう。
 ――面倒だな……
 それでも、悠長に構えている時間はない。
「ごめん、ちょっと聞きたいことあんだけど」
「何だ、お前ぇ?」
 思った通り、新顔が虚勢を張る。ガキはこれだから困る。その時――
「やめろ!」
 彼を横から一喝した者がいた。もうひとりの男。それは、以前の仲間――広志だった。

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 放課時刻を告げるチャイムの音がした。
 無機質な鐘の音。
 普段は気に留めることもなかったが、何故か今日に限って妙に耳に障る。麻美大嶋に行く機会が多くなっているからだろうか。尤も、こんな底辺の公立高に、あんな軽やかな音色は必要ないのかもしれないけど。
 橙色の西陽が窓から漏れてきている。
 クラスメイトたちが駄弁を吐きながら、ひとり、またひとりと教室を出て行く。私は静かに席に座っていた。
 ちらりと横を向くと、ひとりの女子が近づいてくるのが目に入った。花音。――想像通りだ。
 わざと視線を逸らす。
 花音は私の前の席の椅子に図々しく腰を下ろすと、投げやりな口調で話しかけてきた。
「昨日は、散々だったよ」
「へぇ、珍しいじゃん」
 花音がため息を吐く。私の態度が気に入らないのだろう。わずかに語調が強まる。
「ナメてんの?」
「何が?」
「……あの場所教えたの、あんたでしょ?」
「あの場所って?」
「例の埠頭だよ」
「……さぁね」
「ふーん。ウザい態度」
「そう?」
「急に、連絡取れない奴が増えたんだけど」
「知ったこっちゃないね」
 会話は短いものだった。突き刺さるような花音の視線なんて、どうでもいい。
 その後、花音が立ち上がって教室を後にするまで、お互いに口を開くことはなかった。

 教室が静まりかえると同時に、嫌でも昨晩の焦りを思い出す。

 花音。
 その名を再び呼ぶことがあるとは思わなかった。

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 彩香に、昨夜のような狂気は見られない。
「そろそろかなぁ?」
 男子の胸座を掴んだまま、彩香は彼の瞳を舐めるように覗き込んでいる。
 彼には既に、彩香の言葉に応える気力も体力も残っていないようだった。絶えず呻き、咳き込み、ふらついている。
 彩香は、そんな彼を壁に押し付け、
「じゃあ、そろそろトドメ!」
 両手で制服の肩をしっかりと捕まえ、左の膝を彼の腹に何度も叩きつけた。
 当然その間は、他の女子が彼の全身を押さえ、倒れないように支えている。彩香は必死で攻撃を加えながらも、「ありがとう」と、皆に呼びかけることを忘れない。
 実力も然ることながら、この気配りも、彩香が皆に慕われる理由なのかもしれない。
 彩香が、腹責めを途中で止める。
「うえっ……、げ……」
 嘔吐寸前であろう男子の耳元に口を寄せ、
「こんなんで吐いちゃダメだよ。まだまだ、これから……」
 にっこりと微笑みを浮かべて囁いた。
 他の女子と和気藹々と騒ぎながら、ルールに則ったリンチを楽しんでいる。
 いつもの彩香だ。
 紗希もまた、いつもと変わらなかった。少し離れた壁際で、ゲームを見守っている。
 自分を見つめる美里の視線に気付いたのか、紗希は唇を緩めた。美里は、小さくお辞儀をした。

「ねぇ、美里」
 瀕死遊びから視線を逸らさぬまま、紗希はそう呼びかけた。
「はい?」
「何が正しいかなんて、やっぱりわからないけど」
「……はい」
「私は、彩香を人殺しにだけはしたくない」
「…………」
「それだけだよ」

 紗希の言葉はまっすぐで、美里の心に自然と染み入った。
 自分の心に、何か一本の道が通っていく。そんな気がした。
 あらためて二人を見直すことで、美里は気付いた。
 元気で明るい彩香の、ガラスのような脆さに。いつも素っ気なく冷たい態度を崩さない紗希の、秘めた優しさに。

 その時、女子たちの嬌声に紛れ、
「美里。やるー?」
 いつもの元気な声が飛んできた。彩香だ。一点の曇りもない、子どものような笑顔がそこにあった。
 美里の表情にも、自然と笑みが溢れてくる。美里は、彩香の方へと向き直り、
「はいっ!」
 元気な声とともに、足を踏み出した。



END

【 piece : 渚 】

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 門前の「辻」と書かれた表札が、美里には重く見えた。
 家の前で動けないでいる美里の表情は、明るくない。飛び出した時のことを思えば、それも当然と言えた。
 紗希に別れを告げてからずいぶん経つというのに、美里はふんぎりがつかないでいた。その間も、玄関灯はずっとドアの前を明るく照らしている。
 バツが悪い。しかし、もちろんそれらは全て自分が蒔いた種なのだ。
 春といえど、まだ夜の風は冷たい。制服のままだった美里はその身を震わせ、小さなくしゃみを零した。
 突然、ドアが開く。美里は驚き、顔を上げた。
 ――お兄ちゃん……
 兄――廉太郎の表情は、玄関からの逆光で見えなかった。怒られる、と美里は反射的に思った。
 身を縮め、首を竦める美里の頭に、彼はそっと手を置いた。
「おかえり」
 掌から優しさが伝わり、美里の目に温かいものがこみ上げてくる。
 感謝の気持ちが膨れ上がる。言いたいことはたくさんあった。それでも、美里の口から出てきたのは、
「ただいま」
 という涙声だけだった。廉太郎は、
「あんまり心配させるな」
 と、美里の血に濡れた肩にそっと触れた。
「うん……ごめんなさい」
「ん――、じゃあ、中に入ろう。夜は冷えるからな」
「ありがとう……」

 美里は傷の手当てを受け、シャワーを浴びた。お気に入りのパジャマを着て、その日はゆっくりと眠った。
 温かく、柔らかいものに自分が守られていることを、彼女は知った。


 次の日。
 いつもの教室、いつもの昼休憩、そして、いつもの瀕死遊び……
 彩香は、昨日の姿が嘘であったかのように、活き活きと、楽しげに男子と遊んでいた。
「ぐほおっ!……もう、許して……」
 身体を前のめりにし、男子が必死で助けを乞う。涎を垂らし始めた彼の胸座を掴み、彩香は嬉々とした表情を浮かべていた。彼の瞳をじっと食い入るように見つめ、彩香は、
「もちろん許してあげるよ」
 嘲笑の混じった声で囁き、
「……ちゃんと吐いたらね」
 と、言葉を加える。怯える彼の頭を下に向け、彩香は彼の腹を右膝で突き上げた。
「ぐおぉっ!……うっ……、ふうっ!」
 悶える男子の様子をじっと見つめながら、彩香は嬉しそうに、また胸座を掴み上げた。

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 彩香と別れてからも、二人はしばらく無言だった。
 静かな夜更けの住宅街を、肩を並べて歩く。口火を切ったのは、紗希だった。
「ありがとう」
 唐突に耳に飛び込んできた言葉に、美里は目を瞬かせる。
「美里がいてくれなかったら――」
「いえ……、私の方こそ……ごめんなさい!」
「え?」
「私、皆さんが信じられなくなって、きついこと言って、勝手に思い詰めて、行動して……」
 今にも泣き出しそうな美里の声に、紗希はほんのりと口元を綻ばせた。
 紗希はわずかに目を細め、再び表情を引き締める。そして、美里の先を歩き始めた。
「見たよね? 彩香のアレ」
「……はい。すごく怖かったです」
「レールの上……。脱線しやすい列車……」
 意味深な言葉に、美里は紗希の次の言葉を待つ。
「あの子は、誰かがルールを作って、ルールの中で遊ばせないと駄目なんだ」
「……それで、あの遊びを?」
 美里にとっては、やはり受け入れ難い方法だった。それを察したのか、紗希は、
「わかってるよ、美里。それが正しいなんて言うつもりはない。でも……」
「私には、それが間違ってると言う自信もない。結局……」
「私に、善悪を語る力なんてないんだ」
 そう言葉を重ねた。美里はじっと耳を傾けていた。静かに語られる紗希の言葉には、どこか諦めたような響きが込められていた。
「前さ……、美里。自分は傷つくから強くなれないって言ってたね?」
「……はい」
「でも、今回の彩香を助けたのは、心を痛めた美里の力なんじゃないの?」
 美里は口を噤んだ。そんなことは、考えたこともなかった。弱さ……。私の弱さが、彩香さんを……?
「私ひとりじゃ、無理だった」
「…………」
「彩香を止めてくれて、ありがとな」
 まっすぐ自分に向けられた紗希の言葉が嬉しかった。同時に美里は、以前、紗希が呟いた「強い人間なんていない」という言葉の意味が、なんとなくわかったような気がした。美里は立ち止まり、
「本当に、ありがとうございました!」
 深々と紗希に頭を下げた。紗希は、そんな美里の背中をポンと小突く。
「そのお礼なら、渚に言いな」
「えっ?」
「あの場所を教えてくれたのは、彼女だからさ」
「どうして……、渚さんが?」
「美里を、助けてあげてほしいって」
「…………」
「心配してたよ、すごく」
 紗希の微笑みに、美里の胸がチクリと痛んだ。

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 穏やかな波の音が、緊迫する場に似つかわしくなかった。
 彩香は幾分落ち着いた様子で、今は美里の腕の中に納まっていた。
「いいの? 仲間、帰して」
 ごく自然な口ぶりで、紗希は問うた。男は紗希を見つめ、
「気に入っちゃったんだよねぇ」
 と、下品な笑いを大きくした。彼の視線が、紗希の爪先から頭までを舐め回すように移動する。
 足首を覆うシンプルなスニーカー。そこからすらりと伸びていく、白くて張りのある脚。短い丈のショートパンツが、彼女の太腿の細さを強調していた。腰のくびれと、小柄な割に発達した胸が印象的だ。身に着けている七部丈のカットソーはスクウェアネックになっており、胸元の鎖骨が綺麗に見えている。
「あいつ程度にはもったいない」
 そう言って男は、唇を舐めた。
「そ」
 紗希はそれをさらりと聞き流す。しかしその冷たい態度に、男はますます鼻息を荒げる。
「好きだな、そういうの。ツンの後は、デレもよろしく」
「……いいから、あなたも帰りな」
「いや――」
 その瞬間、男の拳がまっすぐに飛ぶ。それは紗希の眉間をしっかりと捉えた寸止めだった。紗希は微動だにせず、ただ貫くような視線を彼に向けていた。男がニヤけた笑いを浮かべる。
「良いねぇ……」
 再度、男の拳が紗希に振り下ろされる。紗希は彼の拳を十字に組んだ両腕で受け止め、
「全く……」
 すかさず彼に足払いを見舞った。男の身体が地から離れる。地面に仰向けに叩きつけられ、「んがっ!」と声を上げる。その時既に、紗希は彼の足元に立っていた。にわかに、男の目が恐怖に彩られる。
「ひっ……!」
 彼は短く高い声を上げた。無意識に出た声だろう。
 高く持ち上げられた紗希の膝。その足の裏と、彼女の無機質な視線が向けられている先。大きく開いた自分の股――
 必死に、男は首を横に振った。
「た、たす――」
 彼の言葉は途中で切られた。
 紗希はその足を、開いた男の股の間に力強く踏み下ろした。ドスンと鈍い音が鳴る。
「ひっ!……ひいいぃぃっ!!」
 声とともに、男は大きく目を見開いた。怯えきった顔は引き攣り、呼吸もしばし止まったようだった。身体が小刻みに震えるおかげで、歯がガタガタと音を鳴らす。ズボンの股間がじわりと濡れ、見る間に異臭を放つ。
 紗希の足は、男の股間真際のコンクリートに叩きつけられていた。

 男の完全な戦意喪失を確認した後、紗希は踵を返した。

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 男はナイフを紗希の目の前に突き出し、
「な、なんのつもりだ、あぁ?」
 と、大声を張り上げた。まるで内心の恐怖を隠すように。
 紗希は彼の瞳をじっと見つめながら、
「それ、しまってくれない?」
 と、乾いた声を発した。男は紗希が下手に出たと感じたのか、
「あぁ? それが人にモノを頼む態度か?」
 語調を強め、さらにナイフを揺らめかせる。
 紗希はため息を漏らし、
「頼みじゃなくて命令だよ。……血を見せたくない奴がいるんだ」
 ちらりと彩香の様子を見る。彩香は再び、強く身体を揺すり始めていた。
「命令だぁ? ふざけんなよ! 土下座だろ、基本!」
 彼の虚勢を無視し、紗希は美里と彩香を見遣っている。

 美里は正面から、彩香を強く抱きしめていた。
 言葉はない。しかし、息を荒げる彩香からは、強烈な殺意がほとばしっているのがわかる。
 美里の肩口が赤く染まっている。傷口が開いたのだろう。それでも美里は、懸命に彩香を抱擁し続けていた。

 紗希はふっと笑みを湛え、安堵の息を吐いた。
「余所見してんじゃねぇぞ、コラ!」
 そう喚く男に視線を戻した紗希は、向けられたナイフの切っ先にさらに頭を近づける。それから、
「で?……どうするの?」
 男の瞳を食い入るように見つめ、静かに問うた。鋭利な眼光だった。男の頬に汗が滲む。
「あ、あぁン? だから、ど、土下座し――」
「そんなつもりは、最初からない」
「っ!……こ、この……」
 男が感情をむき出しにする。震える手でナイフをもう片方の手に持ち替え、威嚇するように手元で振り回す。
 その時、彼を制したのは、別の男だった。
「……やめとけ」
 ナイフを持った男は、驚いた様子だった。
「は、ハァ? な、なに言っちゃってんの?」
「やめとけ!」
 さらに凄まれ、男はナイフを地面に叩きつける。
 紗希はその瞬間を見逃さず、落ちたナイフを蹴り飛ばす。それはカラカラと音を立てて転がり、海底へと姿を消した。
「はぁ……、マジ萎えた。やってらんねぇ」
 そう言った男の声は上擦っていた。ふうっと吐いた彼の息は、安堵のにおいを漂わせていた。
「気分悪ぃわ。オレ帰る!」
 そう吐き捨て、男は暗闇の中へと消えていった。

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 彩香の異変は明らかだった。
 全身から立ち昇る狂気――
 彩香の目は大きく見開かれ、瞳が異様な閃きを見せている。口だけが微笑みを形作り、喉からは奇声のような音を漏らしている。身体が小刻みに揺れ、わずかに小首を傾げている。聞き取れないほどの小さな声で、何か言葉を繰り返している。
 美里は無意識に自分の肩を見つめた。
 怪我をした時に見た、彩香の異常。それが再び、美里の脳裏を過る。
 背筋を走った寒気に、美里は小さくその身を震わせた。
 紗希が、また一歩前に出る。背中を向けたまま、
「頼む」
 とだけ言い、静かに構えた。

「おっほほぉ。何ソレ?」
「私ってば、強いんだからねっ!……って?」
「おぉ、怖ぇなぁ。すげぇなぁ!」
 小柄な紗希を前に、男たちは茶化す言葉を連発した。しかし美里には、既に勝敗が見えていた。
 包み込まれるような安心感とともに、美里は彩香をそっと抱きしめた。そして、視線を紗希に向ける。
 ――構えだけで解る。紗希さんは……
「へへ。悪い子にわぁ……」
 と、ひとりの男が振り上げた掌を瞬時に払い、
「うっ!……、ぐほおっ!」
 その腹部に、素早く突きを繰り出す。
 ――強い!!
 格闘技経験者だからこそ理解できる、恐ろしいまでの隙のなさ。的確に急所を捉えた拳。
 美里は初めて、紗希の本気を見た。瞬倒は間違いない。あらためて、そう確信する。
 彩香の背中を擦りながら、美里は、彼女のあまりに華麗で鮮やかな動きに目を奪われていた。
 男の身体が後方へ弾かれる。五、六歩後ずさり、呻き、膝を落とす。そしてそのまま、男は身を横たえた。
「んっ……、うえっ!……おおっ。ぐ……んんおっ」
 悶えながら、男は地面をのた打ち回る。右へ――、左へ――、身体を何度も反転させ、時折、吐瀉物を撒き散らす。
 美里は、紗希が苦しみを継続させる危険な拳の入れ方をしていたことも見逃していなかった。やがて、男の吐瀉物に血が混じり始める。それに呼応するように、身を捩る彩香の力が強くなっていく。
「美里!」
 紗希から飛んできた言葉で、美里は紗希の言わんとするところを理解した。
 男の血液……。それが、彩香の狂気の引き金となっているのだ。美里は、彩香を抱きしめる腕に力を込める。男はしばらく痙攣を持続した後で、夢の世界へと入っていった。
 呆気に取られたのか、残った男のひとりは大口を開けて倒れた男を見ていた。視線を紗希へと戻すと、震える手で、とっさにポケットからナイフを取り出す。
「お、おいおい……、何の冗談だよ、コレ」
 と、ふざけた態度で言葉を発する。その声は震え、裏返っていた。腰も引けている。
 紗希は臆する様子もなく、ナイフを持った男に近づいていく。
 彼が一、二歩後ずさるのを見て、紗希はゆっくりと構えを解いた。

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 花音は冷笑を浮かべたままだった。
 美里の落ち込む姿が嬉しいのか、ますます上機嫌になっていく。
 笑顔だけは、相変わらず美しかった。花音は、優しく、大切なことを教えるような口調で囁く。
「他人はね、自分のために利用するものだよ?」
 それから、ゆっくりと、未だ失神したままの大男――晋介に近寄っていく。彼の傍らに立ち、
「で――、使えなくなった奴はね……」
 と、膝を高く持ち上げる。そして――
「こうするの」
 その足を、晋介の腹に勢いよく振り下ろした。そこに、躊躇は微塵も見られなかった。
 晋介は力ない呻き声とともに、頭と足をわずかに浮かせた。喉からゴボッという音が鳴る。首を横に向け、再び失神する。彼の身体が痙攣を始める。
 赤い雫が、晋介の開いた口の端から、頬を伝って地面へと流れていった。
「代わりなんて、いくらでもいるんだよ」
 花音の容赦のなさに、美里は血が逆流するような感覚を抱いた。勢いに任せて言葉を発しようとした時、
「遅いよ」
 花音の言葉とともに、不穏な足音が、静かな埠頭に響いた。
「ほら、……代わりが来たよ」
 と、事も無げに言を重ねる。現れた三人の男たちに、わずかな目配せをした後で、
「じゃあね」
 その一言だけを残し、花音は去った。
 今度こそ、彼女はふり返らなかった。

 駆け寄ろうとする美里の邪魔をした男たちは、ニヤニヤと嫌な笑いを浮かべていた。
 背の低い美里を見下ろし、
「こいつ? マジ? 写メより全然かわいくネ?」
「あらっ、血ぃ出てる。なんかエロいねぇ……。しかもロリって……マジ最高っ!」
「つーか、そっちの二人もイケんジャン。なに? 選択肢アリなの?」
 下卑た笑いの渦が、闇を覆う。
 危険を察知し、美里は肩を庇いつつ、すっと立ち上がった。
 格闘技経験者であるがゆえの、条件反射に過ぎなかったのかもしれない。やりどころのない怒りの矛先が、彼らに向いただけなのかもしれない。しかし美里は、それでも構わないと思った。
 どちらにしても、今、自分にできること、自分がするべきことは、これしかない。
 美里はその瞳に鋭さを湛え、拳を握って三人と対峙した。
 それを制したのは、紗希だった。
 美里の前に立ち、男たちに視線を向けたまま、掌を美里の目の前に翳す。美里は「私も――」と言いかけ、途中で止めた。
 視界の隅に、彩香の姿が映ったからだった。

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 美里の瞳は揺れていた。身体を小刻みに震わせ、今にも溢れそうになる涙を堪える。
 ――信じたい。
 胸の奥から、自分の声が響いてくる。ここまでされても、まだ花音を信じたいのか。
 美里は自問し、己の甘さに唇を噛み締める。
 そんな美里の姿とは対照的なのが、花音の態度だった。
 美里の様子を気にかける素振りは全くない。紗希の強い呼びかけすらも、
「何? 友情ごっこ、まだ見ろって?」
 不敵な笑みを絶やすことなく、さらりと切り捨てる。挑発している風でも、喧嘩をふっかけている風でもない。強いて言えば、興味が全くない、といった様子だ。彼女がごく自然に踵を返した時、
「まだ……、話があるんだよ」
 さっきよりもドスの効いた声が、紗希の喉から発せられた。
 花音はピタリと足を止め、
「わたしには、話すことなんてないから」
 ただ、人を食ったような笑みを零すだけだ。
 彩香にしがみつかれたまま、紗希はため息をついた。
「何を言っても、無駄なんだね」
「そう」
「……大した器だね」
「ふふ……、どうも」
「でも、今度また、美里に手を出すようなことがあれば――」
 花音はケラケラと笑い、
「その時は許さないぞぉ……って? 怖い怖い」
 と、全く怖くなさそうに吐き捨て、再び歩を進め始めた。
 その時になって、美里の唇がようやく解けた。
「か、花音……、さん……!」
 叫びのようでもあり、泣き声のようでもあった。
「……どうして?」
 言えたのは、それだけだった。
 小さく零した美里の声に、花音がまた足を止める。しばらく立ち止まった後、首だけを美里に向けた。
「あんた、本物のバカ?」
 心無い花音の言葉に、押し込められていた美里の感情が、一気にほとばしる。
「私は……、と、友達だと思って――」
「それで? 今までの友達を捨てて、わたしを信用したんだよね?」
「……っ!」
 何も言えなかった。花音が皮肉めいた笑いを浮かべる。
「薄っぺらいね、あんたの友情」
 痛い言葉だった。打ちのめされ、美里は俯いた。返す言葉が思いつかない。
 膝の上に握って置かれた拳に、涙の雫が一滴、また一滴と零れていった。

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 風はとうに止んでいた。
 数分前まで断続的に主張を続けていたのが嘘であったかのように、潮風はもう、彼女たちの頬を撫でることもなければ、髪を揺らすこともない。もちろん、彼女たちの耳に何かを語りかけてくることもない。
 代わりに重く響いていたのは、紗希の放つ静かな声だった。
 埠頭に漂う穏やかな波の音が、バックミュージックのように流れていた。
 美里は、目の前で話す紗希の肩越しに、花音だけを見ていた。
 艶やかな長い髪。人形のように美しい睫毛。白磁のような肌。細い指の間には、彼女には不似合いな煙草が挟まれていた。そこから立ち昇る一筋の煙を、美里はただただ呆然と見つめていた。
 紗希の口から告げられる真実が、美里の耳の中をすり抜けていく。
 裏切られた――それを受け止めるには、美里の心はまだ幼すぎた。しかし、花音の薄ら笑いと、足元に転がる血塗れの大男の存在が、紗希の言葉を真実だと告げていた。
 心許ない外灯と朧月が、彼女たちを照らしていた。

「ありがとな」
 紗希が、美里に語りかける。
 肩がふっと軽くなった。同時に、刺された痛みが舞い戻ってくる。身体の力が抜け、ペタンと地面に腰を落とす。
 美里の全身に凭れかかった彩香の瞳は、既に乾いていた。
 表情がない。
 だが、今の美里には、彩香の気持ちを窺い知ることも、その余裕もなかった。
 一通り真相を話し終えた紗希は、美里の肩から彩香の身体を引き取る。彩香を座らせ、紗希は彼女の頭を優しく撫でた。
 彩香は、その時になってようやく我を取り戻したようだった。紗希の存在を認めると、まるで子どものように紗希の身体に飛びつき、しがみつき、声を上げて泣いた。
 美里はふっと地面に瞳を落とし、身体を震わせる。その背中に、紗希の手がそっと触れた。涙が一粒零れる。
 その時だった。
「――ねぇ。行っていい?」
 美里は耳を疑った。
 唐突に飛び込んできた、信じられない言葉。淡白な、まるで悪びれない口調。それが花音のものであると理解すればするほど、美里は落胆し、惨めな気持ちになった。
「もう飽きちゃった」
 続けて、花音はそう言い放ち、指から落とした煙草をミュールの裏でもみ消す。
 美里は、その姿を見つめるしかなかった。言いたいことはたくさんあるのに、うまく思考をまとめられない。自分の不甲斐なさに、両拳をぐっと握りしめる。
 花音が立ち去ろうとしても、まだ美里は動けないでいた。
「待ちなよ」
 鋭い声。彼女を呼び止めたのは、紗希だった。

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