Black Onyx [ブラックオニキス];2009/ 04の記事一覧

ここでは、Black Onyx [ブラックオニキス]での 2009年 04月 に掲載した記事を表示しています。
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小説ボイス化」 第三弾。

当サイト処女作、「放課後の夕暮れ」のボイス化企画です。
今回も、たくさんのお声を収録してくださいました。
合同企画。いつもご快諾くださる、Solitaire * ソリティア * のイコさんには、深く感謝しております。
温厚で冷酷。優しく厳しく。カッコ良くて可愛らしい。ミステリアスな魅力の溢れる美声の持ち主です。
興味のある方は、ぜひお聴きになってみてください。(※携帯サイト不可です。申し訳ありません。)

台詞はこちら →    
(「放課後の夕暮れ」 : 小説:優美子 より) → もっと聴きたい方は◆こちら◆

※小説の選択は、私の方でさせていただきました。
  なお、ボイス化希望の小説がありましたら、作品アンケートのコメントへ。参考にさせていただきます。
  (ご希望に沿えない場合がありますので、予めご了承ください。)
  今回も、台詞の選択は、イコさんに一任しました。

Solitaire * ソリティア *

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関東では、つい最近まで桜の木々が桃色で埋め尽くされていました。
それが今では、緑一色。まさに「ただ春の夜の夢のごとし」(平家物語)ですね。
個人的には、葉桜も大好きですが。

本作は、ガーディアンセンターシリーズ第三弾になります。
ゆっくりと、静かに実行されていくプロジェクト。誰も語ることのない、定められたシナリオ。
この世界のもつ雰囲気を感じていただけたら嬉しいです。

GWシーズンですね。
ちまたでは、既に連休に入っている方もいる、などという話もちらほら(?)
皆様は、どんな連休をお過ごしになるのでしょうか?

当サイトは常時、開放しております。連休などとは無縁です。
お時間に余裕のある方は、またぜひご来訪くださいませ。

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 そこにはひとつの美貌があった。
 若い女性だ。大きく切れ長の目。その瞳は、温かさと冷たさが共存しているような魅力をもっている。鼻筋も通っており、薄い唇は淡い桃色の口紅によって上品に輝いていた。流行りの長い黒髪がさらりと風に靡き、時折、彼女の頬を撫でた。
 背が高く、スタイルも抜群だった。
 身に着けているのは、以前、ストレッチ素材と呼ばれていたものによく似た、薄くて伸縮性のあるスポーツウェアだった。身体にぴったりとフィットし、彼女のしなやかな身体のラインを強調している。上半身の半袖は、実用性の高さを意識した丈の短いタイプのものだ。胸の谷間やへそがちらりと覗いている。短いパンツもまた、同じ素材のものだった。肉感的な、長くて綺麗な脚がすらりと伸びている。その足先は、白に紅のラインの入ったシューズに収まっていた。
 彼女は微笑みを湛え、男の様子を静かに見つめていた。まるで、彼が側に来るのを待ち焦がれているかのようだ。片時も、彼から目を離そうとしない。反対に男の方は、女性が目の前にいることも知らないまま、ただ触手に与えられる快楽に酔い痴れていた。
 男がコンベアーの下方に入る。次第に、彼の息遣いが激しくなっていく。悶え、喘ぎ、やがて大きく身体を仰け反らせ、咆哮した。むき出しの亀頭から、白濁液が勢いよく噴出される。
 コンベアーから地面に降り立つ寸前のことだった。男は安堵にも似た息を大きく吐き出し、肩で激しく呼吸をする。彼のチョーカーが外れ、地面に転がる。そして次の瞬間――
 ゴキィッ――!
 鈍い音が響いた。
 男が頭部から吹き飛ばされ、宙を舞う。そして――、容赦なく地面に叩きつけられた。コンベアーから幾分離れた場所だった。声を上げる暇も無く、彼は絶命した。
 アイベルトが外れ、男の飛び出た眼球が露出する。その頭部は歪に変形していた。
 滴り落ちる血液。それらが、彼の顔を優しく包み込んでいた。
 男の頭部付近の草が、赤黒く彩られていく。時間とともに、その範囲はじわじわと拡大していった。これで彼もまた、他の物言わぬ肉塊の中のひとつとなった。近くに転がっている他の死骸が、彼の血液の広がりを妨げた。
 ガーディアンセンターに併設されたこの施設では、これが日常の光景だった。
 女性たちのためだけの遊技場。利用申し込みがあれば、すぐに的となる男が用意された。異常なほど増加した男を削減するためにも、この遊技場は有用だった。
 彼女は微笑んでいた。人工ライトに照らされ、神々しいまでに輝いている。しばらくすると、楕円型の装置上部に設置された電光掲示板が、キラリと光を放った。

 ――α78-pt

 表示された点数を確認した女性は、不満げな面持ちで掲示板を睨んだ。
 血塗れのバットを放り投げると、装置が素早く反応し、新たなバットが彼女の手元に届けられる。
 彼女は新しいバットを手に取り、ぐいと握った。

 次の男がカタカタと運ばれてくる。
 女性はゆっくりとバットを振り上げて待った。



END

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 カタカタという音がしていた。
 静かな中、場違いなその機械音だけが響いている。
 広大な空間だった。
 緑に彩られた土地が、優雅な自然を演出している。空は見えない。その代わり、高いドームの天井には澄み渡った蒼が描かれ、空中には、雲を象ったいくつもの白い綿状の繊維がふわふわと流れていた。
 設置されたライトが太陽の光を忠実に再現し、適温に調整された微風がドームの隅々にまで行き渡っている。地面いっぱいに敷き詰められた人工芝には、わずかな乱れもない。同じ形、適度な丈を保つように品種改良されているのだから当然だ。
 全ては、快適さを求めて研究された、科学の賜物だった。
 この装置もまた例外ではない。楕円型のそれはライトの光をはね返し、広い敷地の真ん中に腰を据えていた。中央の穴から長いコンベアーが絶えず行き来し、カタカタと一定のリズムを刻んでいる。
 無機質な銀色に、単調な動き。
 自然をイメージさせる空間の中、その装置だけが、場にそぐわない異質な世界を作っていた。
 装置が微震する。
 ガクンと一度大きな音が鳴り、コンベアーの動きがわずかに鈍くなる。再び装置が通常の動きを取り戻した時、いつものように、コンベアーはひとりの男を乗せて運んできた。
 若くてスリムな男だった。黒いアイベルトが、彼の視界を遮断している。
 二つの赤いロープが、彼の両手足の自由を奪っていた。ひとつは彼を後ろ手に、もうひとつは彼の太腿と脹脛をしっかりと固めている。着衣は実に簡素なもので、薄い布切れが、肩と腰の辺りを頼りなく包んでいるだけだった。
 反対に、彼の首に嵌められているチョーカーは華々しかった。ちりばめられた色彩鮮やかな宝石が、煌びやかな光沢を放っている。その隙間を埋めるように、いくつかの小さな穴がチョーカーのそこかしこに開けられていた。その穴からは、何本もの触手が伸びていた。
 ゆっくりと流れるコンベアーの上で、男は正しく座していた。しかし、その口元は常に弛んでいる。チョーカーから伸びた触手が、彼の随所を容赦なく刺激しているのだ。
 触手の先は、全てが女性の手を模して作られており、実にしなやかな動きを見せた。
 ある手は彼の胸全体を優しく擦るように這う。ある手は乳首をつまみ、はじき、揉む。ある手は彼の肥大したモノを、時にリズミカルに、時に撫でるように、時に乱暴に弄ぶ。ある手は彼の肛門から指を滑り込ませ、前立腺を直接刺激する。
 男は喘ぎ声を上げ、息を荒げ、身体をピクピクと痙攣させていた。与えられる刺激の愉悦に浸っている――それを証明するように、彼の陰茎は見事なまでにそそり立ち、衰えを知らなかった。
 男は着々と地面の方へと運ばれていった。
 単調に流れるコンベアーとは対照的に、彼は次第に興奮を増しているようだった。身悶え、涎を垂らし、時折、嬌声にも似た声を上げる。それでも触手たちがその動きを止めることはない。
 コンベアーの中ほどまで来る頃には、彼はぐったりと項垂れていた。相変わらず息が荒い。身体を小刻みに震わせ、口の端からは舌をダラリと垂らしている。弛緩しきっている、といった様子だ。
 地面にはひとつの影があった。
 いずれ男が行き着く先だ。無論、目隠しをした彼の瞳に、その姿は映っていなかった。

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いつも逆リョナ@wikiの活用、情報提供等、誠にありがとうございます。
お陰様で情報も増え、着実に内容も充実してきています。
ご協力いただいている方々に、心より御礼申し上げます。

これまで、収集希望の責めシチュを募集してきました。早いもので、もうすぐ希望受付開始から一年となります。

【関連記事】 : 1  2  3

希望が落ち着いてきましたので、本日をもって、収集希望の募集を一時、停止させていただきます。
今後、当方では、ご希望のありました、
・腹責め
・尻での攻撃
・顔面膝蹴り
以上、三点の情報に限定して収集・掲載していきます。

なお、情報提供については、これからも大歓迎です。
「女が男を責める」シーンであれば、何でも結構です。
逆リョナ情報をお持ちの方は、ぜひお寄せくださいませ。

※掲載する情報は、匿名をデフォルトとさせていただきます。
※上記三点の攻撃以外のものでも、女→男責め情報であれば、有難く掲載させていただきます。

以上、ご理解いただいた上で、これからもご活用くだされば幸いです。
今後とも、どうぞよろしくお願いいたします。

◆逆リョナ@wiki [ Gyaku-Ryona@wiki ]
●うらさい 原・しろがね杏 画・柚弦 [スクウェア・エニックス]
 1巻:腹(胸?)にヘッドドロップ、吐血、白目 (想像)

●スパイラル・アライヴ 原・城平京 画・水野英多 [エニックス]
 3巻:腹に後ろ回し蹴り、気絶
 5巻:腹を踏み付け、苦悶
 〃 :腹にパンチ、肋骨損傷

●とある科学の超電磁砲 原・鎌池和馬 画・冬川基 キャラデザ・灰村キヨタカ [アスキー・メディアワークス]
 3巻:腹を踏み付け、胃液、気絶、痙攣、白目

●殺殺草紙 駕籠真太郎 [平和出版]
 内臓抉り、苦悶、眼球出、胃液、吐血、出血、鼻血


※注
 ・全て女から男への腹責めです。
 ・記載したキーワードは全て、私の見た限りの独断です。
 ・逆リョナ情報をお持ちの方は、ぜひお寄せください。
  (尚、「逆リョナ@wiki」に掲載する情報は、匿名をデフォルトとさせていただきます。)
  → ◆逆リョナ@wiki [ Gyaku-Ryona@wiki ]
絆、愛情、友情、etc...

形の見えないものを信じるのは、とても難しいことですね。
真実は見えにくい。だからこそ、人は迷い、悩むもの。
「人間は努力する限り迷うものだ」―― ゲーテ
「どれほど深く悩みうるかということが、ほとんど人間の位階を決定する」―― ニーチェ
今でもなお、彼らの言葉は生き続けているようです。

シリーズものなので連作は当然なのですが、本作は、特に続編を意識した構成にしています。
二部……、あるいは三部ほどに組む予定でおりますが、詳細は未定です。
新たな友人を迎え、揺れる美里の心情。迷いながらも、信じた道を進み始めた彼女。その先で待っているものは……?
本作を含め、今後の展開も楽しんでいただけたら幸いです。
続編連載時には、またどうぞお付き合いくださいませ。

いつもご来訪くださる皆様、本当にありがとうございます。
作品をご覧いただけること。作者にとって、それは何よりも嬉しいことです。大変励みになっています。
また、コメントその他、頂いているたくさんのご協力は、私の活力の源です。併せて御礼申し上げます。

今後とも、Black Onyx [ブラックオニキス]を、どうぞよろしくお願いいたします。

●美里のキャラ絵 →   
●彩香のキャラ絵 →  
●紗希のキャラ絵 →   
●渚のキャラ絵 →  
●花音のキャラ絵 →

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[ 受信メール ]

Time 4/ 6 23:18
From lily-nono@bocomo.ne.jp
Sub ひさしぶり

いいコ見つけた

楽しみにしてて


DVC00004.jpg



-----END-----

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 廉太郎の瞳は真剣だった。
「よくわからないけど……。なんだか、悪い予感がする」
 その言葉を聞いた美里は、大きくため息を吐いた。彼女の瞳に、失望の色がじわじわと広がっていく。
「……そっか。お兄ちゃんも、結局そうなんだ」
「え?」
「そうだよね。お兄ちゃんは渚さんが大好きだもんね。渚さんには逆らわないもんね」
「っ……」
「厄介事は無視しちゃうんだ」
「……美里?」
「渚さんも一緒。紗希さんも。きっと彩香さんだって、みんな同じなんだよ!」
「ちょっと、美里。落ち着け」
「みんなで無関心になってればいいよ。困ってる子や傷ついてる子なんて放っておいてさ!」
「…………」
「お兄、……センセーも、その方が楽だろうしね!」
「美里、頼む! 話を――」
「私にはできない。花音さんは、私の友達だから!」
 捲し立てる美里には、もはや廉太郎の声は届いていなかった。刹那の沈黙――それを打ち破るように、電子メロディが美里の鞄から音を放つ。花音からの着信メールだった。
 美里は携帯電話を取り出し、内容を確認する。それから、
「出かけてくるね」
 さらりと廉太郎に言った。
「こんな時間に!?」
「そうだよ」
「一体、どこに?」
「お兄ちゃんには、関係ないでしょ」
 美里の口調は、実に淡白なものだった。
 廉太郎には、返す言葉が思いつかなかった。再びローファーを履き始めた美里を、彼はただじっと見つめていた。
「行ってきます」
「――美里!」
 かろうじて廉太郎がそう叫んだ時、玄関のドアがパタリと閉まる。勢いにまかせるように、彼は玄関前に踊り出た。しかしそこで足が止まり、それ以上追うことはできなかった。

 月明りが照らす二人の影が、次第に離れていく。
 美里はふり向かなかった。



END

【 piece : 一通のメール 】

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 廉太郎はふり返り、上着のポケットに手を入れた。
 美里もまた彼の方へと身体を向ける。静かに顔を上げた美里の前には、携帯電話が掲げられていた。履歴に美里の名前が表示されている。廉太郎は美里の顔をじっと見ながら、再び口を開いた。
「仕事中で出られなかった。何かあったのか?」
「ううん。別に……」
「別に、ってことはないだろ?」
 廉太郎の口調が厳しさを増す。美里は黙ったまま、彼の言葉に耳を傾けた。
「美里、身体の具合でも悪いのか?」
「……大丈夫だよ。でも、どうして?」
「今日、早退したって聞いたから」
「え、……誰から?」
「渚ちゃんからだよ」
「――えっ?」
 虚をつかれ、美里の瞳にわずかに困惑の色が混じる。
「今日の放課後、麻美大嶋に行ったみたいなんだ。そしたら、美里が早退したって言われたんだって」
「渚さんがうちの学校に? どうして?」
「ごめん。それはわからない。美里を心配して……、かな?」
 その言葉を聞いた瞬間、美里の瞳がにわかに鋭くなる。
「……ねぇ。お兄ちゃん……。渚さんが、私の何を心配するの?」
 廉太郎はそこで、あからさまにバツの悪そうな表情を浮かべた。
「いきなり心配して、私が元気かどうかを、うちの学校までわざわざ確認しに来たっていうの?」
 美里の鋭い眼光に押されたのか、廉太郎の声に勢いがなくなる。
「……た、多分だけど。昨日の花音ちゃんって子と、何か関係があるんじゃない……かな?」
「…………」
 美里がうすうす感じていた不安でもあった。彼女の顔色が次第に赤みを帯びてくる。廉太郎は腹を決めたのか、先ほどよりも落ち着いた、毅然とした態度で美里を見つめ返した。
「美里。あの子、一体どういう子なんだ?」
「……それ、どういう意味?」
「昨日、彼女の話をした時、渚ちゃんの様子がおかしかったんだ……」
「おかしいって?」
「渚ちゃん、彼女のことを知ってるみたいだった。それで、すごく怒り始めて」
「なんで渚さんが……。どうして、渚さんまで!」
「詳しいことは本当にわからないんだ。でも……」
「でも、何!?」
「……美里?」
「何が言いたいの、お兄ちゃん? ちゃんと言ってよ!」
「言いにくいけど……、その。……あまり、彼女と関わらない方がいいのかもしれない」
 廉太郎は躊躇いながら、しかしはっきりとそう口にした。

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 一本の桜の木が立っていた。
 狭い公園のベンチでひとり、美里は舞い散る花弁をぼんやりと眺めていた。
 少し前までは、あの花弁を見るだけで幸せな気分になれた。しかし今は、それらが美里の心に何かを訴えかけてくることはない。春風も、太陽も、温かさも、今の美里には何の感動ももたらさなかった。昨日の、あの清々しい気持ちが嘘であったかのように、美里は暗鬱な気持ちに囚われ続けていた。
 ――花音さん、きっとまだつらいんだろうな……
 考える度、胸が痛んだ。傷ついた彼女の心情に思いを馳せるほど、自分の力のなさを痛感する。
 携帯電話を取り出す。無意識のうちに、美里は兄――廉太郎の番号を開いていた。しかし、通話口から聞こえてくるのは、コール音という名の空しい独り言だけだった。考えてみれば当然だった。彼はまだ勤務中なのだから。
 電話を切った後、美里は自分に尋ねた。なぜ兄に電話したのだろう。兄に何を話したかったのだろう。
 答えは、出なかった。今の自分の気持ちすら言葉にできないのに、一体、何を相談できるというのか。
 カラスの鳴き声で、美里は顔を上げる。空は、既に橙色に彩られていた。
「はぁ……」
 ひとつため息を零し、美里は立ち上がった。
 カラスの淋しげな鳴き声が、今の自分の心境を物語っている。そんな風に、美里には思えた。


 煌々と輝く月が、闇に顔を浮かべていた。
「おかえり」
 玄関を開けた美里を、廉太郎の声が出迎える。
「……ん、ただいま」
 玄関口に顔を出す彼と目を合わせないまま、美里は小さく応えた。おもむろにローファーを脱ぎ始めた美里に対して、廉太郎は言葉を続けた。
「美里、大丈夫か?」
「え、何が?」
「いや、……帰りが、遅かったからさ」
「心配しなくて大丈夫だよ。一応、もう高校生なんだよ」
 会話の間、美里は一度も顔を上げなかった。声色こそ明るいものの、その言葉の端々は、どこか不安めいた響きを帯びている。廉太郎は、そんな美里の様子を探るような目で窺っていた。
 いつものように靴を揃え、美里が家の中に足を踏み入れる。
「今日は疲れたから、もう部屋に行くね」
「…………」
「おやすみなさい」
 そう言って廉太郎の脇を通り抜けた美里の背後から、
「待ちなさい。……話がある」
 彼の声が飛ぶ。それはいつになく厳しい口調だった。

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 神谷は真っ青な表情で背中を丸めた。手で口元を覆う仕草に、女子の期待の声が大きくなっていく。
 そこで彩香は、彼を放すよう女子たちにお願いし、彼の襟首を掴んで一気に上に引き上げた。ふらつく彼の全身を、とっさに彼女たちが支える。口の端を大きく持ち上げ、彩香はじっと彼の瞳を覗き込んだ。そして次の瞬間、
「ぐふうっ!」
 彼の鳩尾には、彩香の膝が突き刺さっていた。苦悶の声とともに、神谷は身体をくの字に曲げる。
 彩香が彼の髪を掴む。持ち上げた彼の顔をじっと見ながら、にっこりと微笑む。追撃を加える。再び身体を丸めた彼の髪を掴む。追撃する。その一連の動作が繰り返された。
 神谷の喉元から、次第に異様な音が聞こえ始める。やがて――
「ぐぼおっ!……う、うええっ……げえっ!」
 彼は彩香の目の前に崩れ落ち、異物と化した昼食をゲロゲロと吐き出した。
 歓声が湧き上がる。吐瀉物に塗れた神谷の姿を見つめ、彩香は嬉しそうに笑みを浮かべた。
「すごいよ、彩香! やったね!」
「マジ格好いい。私ももっと頑張ろ」
「初成功、おめでとう!」
 女子たちに歓迎されながら、彩香は得意げな表情を見せる。紗希もまた、口元だけで微笑んでいた。ただひとり、美里だけが浮かない表情で、彼女たちから少し離れたところに立っていた。
「まだゲロ出せそうだよね。美里、次どう?」
 彩香が屈託のない声で笑う。しかし美里は、それに応えようとしない。そのうちに、女子のひとりが、床に突っ伏した神谷のこめかみを上履きの爪先で小突く。その行為は、すぐに他の女子にも連鎖していった。蹴り、踏みつけ、踏み躙り――。彼女たちの攻撃は部位を選ばない。次第にエスカレートしていく感情は、とどまるところを知らない。
「もぅ……、ゆる、……うえっ! があっ!」
 神谷の声は、彼女たちのけたたましい声によってかき消されていく。力ない叫びを聞き流しながら、美里はただじっと、紗希を見つめていた。
 紗希はいつものように、少し離れたところで皆を見ていた。さりげなく美里に近づいている。美里の視線に気付いていたのだろう。美里の側の席に腰掛けると、紗希は冷然とした口調で呟いた。
「……ああいう子には、気をつけた方がいい」
 美里は虚をつかれ、息を呑んだ。ふうっと自分を落ち着かせるように息を吐いた後で、
「やっぱり、気付いてたんですね。あの子のこと」
 と、紗希に問う。美里の声には、非難めいた響きが含まれていた。
「それなのに、どうして……?」
 美里の語調が強くなる。紗希は、美里と目線を合わせないままだ。
「言葉の通りだよ。ただの忠告」
 あまりに淡白な紗希の言葉に、美里は憤りを隠せない。同時に、紗希の心がどんどん遠退いていくような喪失感を覚える。知っていたのに、見てみぬふりをした。直接手は出さないけれど、瀕死遊びを事実上仕切っている彼女が……。男子を痛めつけるのに力を使ってるのに、困ってる女の子には力を使おうとしない。
 ――そんなのが、本当の強さ……!?
 美里は、今にも溢れそうになる涙を必死で堪えた。
「ねぇねぇ、美里!」
 女子たちの輪の中から元気に呼びかける彩香の声を無視し、美里は教室を飛び出した。

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 昼休みを告げるチャイムが、学園内に鳴り響いた。
 今日もまた、教師が教室を離れた後、いつものように女子数人が前後の扉の前に立つ。今ではこれが、瀕死遊び始まりの合図となっていた。
 当初は、素知らぬふりをして教室から出る男子もいれば、一目散に逃げ出す男子もいた。しかし今では男子に、昼休みのチャイム後に教室を出る権利すら与えられていない。既に暗黙の了解となったこのシステムの中、男子は皆、ただ怯えながら昼食を摂る日々が続いていた。
 もちろん、逆らう者などいない。食事をしない、トイレに行く、などといった目立つ行為をする者もいない。誰もが、進んで挙手するような真似はしないのだ。
 男子は黙々と食事をする。反面、女子は扉番を交代しながら、賑やかに昼食時間を楽しむ。それが、このクラスでは当たり前の毎日だ。
 そして今日も、瀕死遊びの時間がやってきた――

「や、やめて……。今日は体調が、……やめてくださいぃ!」
 嫌がる男子――神谷の襟首を引きずってきたのは、ひとりの女子だった。彼の瞳を覗き込みながら、
「瀕死遊び、始まりー!」
 と、景気のよい声を張り上げる。トリガーが引かれたことを意味するサインだ。
 その瞬間から、教室の空気は一変する。
 扉の前にいた女子たちを含め、大勢で協力して神谷を押さえつける。誰ともなく、机や椅子を教室の隅に移動する。他の男子は、教室が解放されたのを機に、我先にと教室から飛び出していく。いつもの光景だ。
 瀕死遊びは、またもそのルールを変えていた。最近は、「足責め縛り」といって、蹴りや踏みつけなどの足を使った攻撃だけで嘔吐させたら成功、ということになっている。マンネリ化してきた、という声が女子の間から出始めたことがきっかけだった。難易度を上げて白熱したい――そういった女子たちの思いから考案されたルールだ。しかしながら、このルールは彼女たちにとって非常にハードルの高いものだった。ルール変更から今日で三日目になるが、成功者はまだ一人もいない。つまらないから改訂しよう、という声すら出始めていた。
「うわあああああっ!」
 全身を床に押しつけられながら、神谷は必死で抵抗していた。それが女子たちの勢いに火をつける。床にへばり付いた神谷の頭に、首に、背中に、臀部に、腕に、手に、脚に、各々が足を振り下ろす。
「本当に、……助け……」
 ひとりの女子の脚に縋りついて訴える神谷の顔面が蹴り上げられる。悲鳴を上げて仰向けに倒れた彼は、今度は顔面や胸、股間に至るまで、容赦なく踏みつけられる。着衣は乱れ、諸所に血も混じってくる。
「ぐあああああっ!!」
 神谷がそう絶叫できたのも束の間だった。やがて彼は、ぐったりと全身の力を抜いておとなしくなった。そこで声を上げたひとりの女子がいた。彩香だ。彼女は他の女子に、神谷の両手足を開いて大の字に固定するようお願いした後で、彼の腹目掛けて跳んだ。
「げえっ!……おおぉっ!」
 うつろだった神谷の瞼が、大きく見開かれる。彩香の両足の上履きは、彼の腹に深々とめり込んでいた。苦しみからのた打ち回ろうとしている様子だったが、手足が固定されているため、それは叶わない。
 彩香は躊躇することなく、腹の上で跳びはねた。彼の苦しむ様子を、嬉しそうに見ながら……

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 渚は、手にしたリードを片手でぐいと手繰り寄せた。
「確かに、そう名乗ったんだね?」
 鋭い眼光を湛え、目の前の男を凝視する。いつものように、彼は全裸だ。渚もまた、いつものセーラー服を着ている。軋んだ首輪に喉を絞めつけられ、彼はしばらく無言のまま恍惚の表情を浮かべていた。その頬を、幾度となくビンタの嵐が襲う。
「返事は?」
 渚に急かされ、男はかろうじて「はい」と答えた。
 その瞬間、渚の拳が頬に叩きつけられ、彼の足の力が抜ける。渚はリードを持つ手を緩めない。首を吊られる格好になり、彼は苦悶の声と激しい咳を喉から絞り出す。再びしっかりと立ったところを、今度は反対の頬に拳が打ち込まれる。
「それで?」
 渚が先を促す。酔ったような表情のまま、男は、
「あ、はい……。あの、僕は兄の廉太郎です、と――」
 渚の瞳が再び閃き、廉太郎の腹に膝が突き立てられる。
「んっ……、ぐほおっ!」
 身体を丸めようとする彼の首に、引き上げられた首輪がギリギリと喰い込む。
 廉太郎は目を大きく見開き、だらしなく開いた口から舌を覗かせ、呻き声を漏らした。よろめく足を蹴られ、重心を失う。掌で胸を突かれ、そのまま壁に身体を押し付けられる。
「馬鹿じゃないの? そんなこと聞いてない!」
 渚の罵声が飛び、次の瞬間には――
「ごふっ!……ぐうぅっ!!」
 再び、彼女の膝が廉太郎の内部を抉る。壁と膝で腹を圧迫したまま、渚は彼の瞳を食い入るように見つめていた。
 廉太郎は咳き込み、やがて口の端から涎を滴らせる。渚はしばらく彼の腹を躙った後、リードを手放した。一も二もなく倒れ込んだ彼は、腹を抱えて四つん這いになる。そして、
「ご、ごめんなさい……。でも、ぼ、僕には、どうしても意味が……」
 渚の瞳に訴える。しかし渚は、廉太郎の言葉を気にかける素振りを全く見せない。無言のまま背後へと回り込むと、
「がっ……、んふうぅっ!」
 彼の開いた股の間から、睾丸を勢いよく蹴り上げた。
 廉太郎は床に横たわり、声を絞り出しながら足をバタつかせる。それでも存在を主張する陰茎を、渚はぐいと踏みつけた。彼の動きはそれで多少止まったが、それでも喉からは音がしきりに漏れてくる。
「こんなとこ膨らませて真剣面しないでよ、先生」
「うぐっ……。ごめんなさい……」
「これじゃお仕置きの意味ないし。……やってらんない」
 渚は廉太郎の怒張物からあっさりと足を離した。行き場を失ったように、ソレがビクンビクンと空しく脈を打つ。もどかしさゆえか、彼は両太腿を擦り合わせるようにしながら身体をくねらせる。うつろで淋しげな目を渚に向ける。渚は興醒めたように椅子に腰掛けると、
「それ。その目だよ」
 冷淡な口調で言い放った。
「先生のその目は、単なる飾り?」
「ど、どういう……」
「美里ちゃんに花音を紹介された時も、どうせその目は開いてなかったんでしょ。そんな風に」
「そんなことは……。でも、どうして……?」
 しかし渚は、それっきり口を開かなかった。
 廉太郎は困惑の表情を隠せなかった。彼女の意図がわからないのだろう。しかし、だからといって、それを問いかけられるような雰囲気でもない。
 彼は頭を下げて渚に御礼の辞を述べると、服を着て静かに部屋を後にした。

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 部屋が暖気に包まれていく。
 話を続けるうちに、彼女の震えは止まり、瞳から動揺の影も消えていった。乱れていた呼吸も少しずつ正常と思えるほどになり、いつの間にか笑顔すら出てくるようになっていた。
「怖かった……」
 彼女は俯き、ポツリと呟いた。美里は彼女の手をそっと握る。それに勇気づけられたのか、彼女は事の顛末を語り始めた。
「男の人たちに、……絡まれて」
 美里は彼女の瞳をじっと見つめていた。頷きながら、次の言葉を待つ。
「お金なんてなかった。そしたら身体で払えって……」
「もちろん嫌だって言ったよ。でも、全然聞いてくれなくて」
「抵抗したいのに……、身体が動かなくて……」
「……ナイフ、持ってて……。乱暴されて……」
「諦めた。気が済んだら殺されずに済むかもって」
「でも……、でも……」
 矢継ぎ早に、彼女の口から言葉が放たれた。その声も、次第に小さくなっていく。
「あいつら、途中で喧嘩を始めた。わたしの目の前で……、ナイフが……、血が……」
「わたし……、わたし!」
 そこで美里は、彼女を抱擁した。緊張の糸が解けたように、彼女は美里の胸に顔を埋め、声を上げて泣いた。美里はそんな彼女を両手でしっかりと包み込み、
「よく、頑張ったね」
 と、囁いた。
 美里もまた、うっすらと目に涙を溜めていた。


 階下から、カタリという音が響いた。
 玄関のドアが開いた音。当然、すぐにそう判断できたのは美里だけだ。
「大丈夫。お兄ちゃんだよ」
 身体を強張らせた彼女の様子を察し、美里は優しくその背中を擦った。涙を拭い、元気な声色で「おかえりなさい!」と、玄関に向けて声を張る。兄の返事を待たず、すぐに彼女の方に向き直り、
「うちのお兄ちゃん、今年から高校の先生やってるんだよ」
 無邪気な笑顔を作った。
「きっと、相談にも乗ってくれると思う」
「……うん」
 彼女の表情からは、既に不安や緊張の色はなくなっていた。お互いの携帯番号とメールアドレスを交換する頃には、全身の震えもなくなり、幾分リラックスした様子を見せていた。
 美里は彼女の顔を見つめながら満面の笑みを浮かべ、
「そう言えば、名前、まだ聞いてなかったね」
 冷めきったミルクをくいと飲み干した。
 彼女はゆっくりと顔を上げ、美里を見つめると、
「……花音」
 小さな声で答えた。

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 彩香は無邪気に笑っている。
「ほら、早く」
 と、紗希が半ば強引に、美里の腕を捕まえる。その力の強さに、美里の疑念が再び膨らんだ。先ほど心を掠めた違和感が、今度ははっきりと姿を見せる。
 ――彩香さんは気付いていない。でも、紗希さんは……
 美里は二人から目を逸らし、今度はしっかりと声を感じた場所を見据える。
 大きなビルの隙間。日陰の中に、誰かが座っている。スカート……、制服の……女の人。彼女の周りには、黒い染みが広がっている。あれは、血液――?
 背筋にゾクリと冷たいものが流れたように感じ、美里はふり返る。紗希の視線は、美里の背後にあった。血のにおいの漂う、その場所――
 しかし紗希は、路地からすっと視線を逸らした。ごく自然に。何事もなかったかのように。あたかもそれが、当たり前の動作であるかのように。その自然な動作が、美里の疑念を確信へと変える。
 ――やっぱり紗希さんは、気付いてる。
 美里は紗希の腕を振り払った。
「っ……美里!」
 紗希の声には、咎めるような響きがあった。美里は、表情を固くし、
「……お二人で行ってください。私には、やることがありますので」
 静かに口を開く。そして、ふり返ることなく、路地裏へと足を向けた。


 桜の花弁が、そこかしこに落ちていた。
 先ほどまで瞳を輝かせて追っていたそれらも、今は美里の目に留まることすらない。そこにあるモノたちのもつ印象はあまりにも強く、一瞬にして美里の視線を釘付けにしてしまっていたのだ。
 見るに堪えない凄惨な光景が、美里から春の心地良さを一気に吹き飛ばす。
 薄暗い路地裏で地面に座り、酷く青ざめた表情で震えているひとりの女の子。羽織ったコートやその中から覗くセーラー服の諸所にできた、赤黒い斑点。地面に転がっている、刃を赤く染めた二本のナイフ。その側にぐったりと横たわる三人の男。顔が変形している者、手足があらぬ方向を向いている者、吐瀉物に塗れている者。それぞれが、血の海に沈んでいた。
 美里は絶句した。状況が把握できない。思考が働かない。
 そんな中、女の子はようやく美里の存在に気付いたようだった。呼吸を荒げ、肩を震わせ、ゆっくりと美里の方へと視線を向ける。彼女の目から一滴の涙が零れ落ちた。美里は努めて柔らかい表情を形作り、彼女の方へと歩み寄る。それから、
「どうぞ」
 羽織っていたコートを脱ぎ、それを彼女のコートの上から被せた。微笑みを湛えながら、彼女に手を差し出す。
 彼女はそっと、美里の掌に自分の手を重ねる。彼女の手もまた、赤い模様に彩られていた。
 美里はしっかりとその手を握る。彼女の腰を支えながら、ゆっくりと引き上げた。足が震えている。彼女は立っているのがやっと、といった風で、全体重を美里に預けている。美里は、自分の首の後ろから肩にかけて、彼女に腕を回させる。そして、
「行こ?」
 それだけを告げ、彼女を引きずるようにしながら、その場を離れた。

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 桜の花弁が、無機質なアスファルトの地面を彩っていた。
 近くに桜の木はない。どこから運ばれてきたのだろう。
 美里は空を見上げた。雲ひとつない青空だった。風に乗ってひらひらと運ばれてくる薄桃の花弁が、美里の視界に入ってくる。春の陽気の中、美里は嬉しくなって、舞い続ける花弁たちを目で追った。それらは風の中を泳ぎながら、やがて硬いアスファルトの上に落ちる。
 その時だった。
 花弁が着地した路地の奥から、美里は微かな声を聞いた。不安を誘う響き。悲鳴のようだ、と美里は思った。
 少し気にかかり、声がした方にそれとなく視線を向けた時、
「……美里?」
 横から声をかけられる。
 気が付くと、彩香が不思議そうな顔で美里を見ていた。その隣には紗希もいた。この二人は、いつも行動を共にしている。最近は美里も合わせて、三人で一緒に学校から帰ることが増えていた。
 彩香も紗希も、相当な美少女だ。彩香は背が高く、いつも元気で明るい。紗希は小柄だが、スタイルの良さでは彩香にもひけを取らない。見るものを魅了するような綺麗で妖しい瞳は、二人に共通していた。
 どちらも光り輝いていて、太陽と月のようだ。大人びていて、とても自分と同じ歳だとは思えない。美里は二人の顔を見比べながら、密かにそんな思いを抱く。
「美里、ちゃんと聞いてる?」
「――えっ、あの……」
 彩香の問いかけに、美里は口篭る。二人をこっそり観察していたとは言い難い。桜に気を取られていたと言うのも、恥ずかしくて気が引ける。美里の心境を察したのか、紗希が二人の会話に横槍を入れた。
「彩香が、例の喫茶に寄って行きたいって」
「えぇっ? 行こうって言い出したの、紗希じゃん!」
 美里は紗希の助け舟に感謝した。同時に、子どものようにムキになる彩香の様子に、自然と口元が綻ぶ。
「……で、美里はどうする?」
 紗希の問いかけに、美里は迷った。早く帰る用事はないし、いつもならすぐに賛同しただろう。しかし、今はすぐに返事ができない。再び、路地裏へと目を向ける。不吉な予感、とでもいうのだろうか。美里は、先ほど聞こえた声のようなものが何なのか、次第に気になってきていた。
「あの、私……」
 美里が言いかけた時だった。紗希が、ポンと美里の肩を叩いた。
 ――え?
 何だろう、今の……
 美里は、自分が抱いた違和感の正体を探ろうとする。それが形を結ぶ前に、その異常はあっさりと姿を消した。
 紗希は微笑んでいる。
 頭を過った「何か」に思いを馳せようにも、消滅してしまったその影を追う手掛かりは既にない。それでも美里は、そのわずかな疑問を、無意識のうちに紗希の瞳に求めてしまう。
 ――気のせいだろうか。
 先ほど一瞬、紗希の瞳が厳しくなった。そんな風に、美里には感じられた。

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 マグカップから、白い湯気が上がった。
 温めたミルクをテーブルの上に置き、美里は語りかけた。
「少しは落ち着いたかな?」
「……うん」
 そう言ってはにかむ彼女の表情は、依然として強張ったままだった。
 部屋には、美里好みの可愛らしい装飾が施されていた。窓から屋内を照らしていた夕日は、次第にその身を隠していく。
 春を迎えたとはいえ、この時期の夕刻過ぎはまだ肌寒い。
 美里は二つのリモコンに手を伸ばし、慣れた手つきでそれぞれのボタンを押す。操作音と同時に、蛍光灯が点灯し、エアコンが暖気を放ち始めた。それから夕日が完全に落ちるまで、じっと窓の外を眺めていた。
 ダークレッドの制服の襟元を少し緩め、美里はテーブルの向かいに座った人物をあらためて見た。
 端正な顔立ちだ。見事なプロポーションが大人の色香を匂わせる反面、たおやかで可憐なふるまいが清らかですっきりした印象をも同時に醸し出している。事前に聞いていなければ、とても同い年だと気付くことはできなかっただろう。
 彼女の肩は未だ小刻みに震え、瞳には動揺の色が絶えず湛えられていた。
「寒い?」
 美里の問いかけに、彼女は俯き、首を横に振った。
「あの……ごめんね。私の服、ちょっと小さかったね」
 緊張を少しでも和らげようと、美里は努めて明るい声で言葉を続ける。
 実際、典型的な幼児体型である美里の室内着は、彼女には合っていなかった。彼女の背の高さに合わせて大きめのものを選んだが、それが却ってアダになっているのだ。水色のフリースは胸だけが窮屈さを見せ、ジャージのズボンは足首を覆い切れていない。しかし今の美里にとっては、自分の内心の恥ずかしさなどは問題ではなかった。
 彼女の心のケアをすること――。美里の関心は、専らそこに集中していた。
「制服、今洗濯してる。でも、きれいに落ちるかどうか……」
「いろいろ、ありがとう。……ごめん」
 彼女は顔を上げ、返事をした後でマグカップに口を付けた。美里もミルクを啜り、
「気にしないで」
 と、穏やかな表情で答えた。
「……あったかい」
 吐息とともに彼女がそう口にする。その表情がわずかに綻んだように見え、美里は安堵した。と――、同時に彼女の瞳から、涙がすうっと頬を伝って落ちた。下唇を噛み、両手を固く握っている。その様子を、美里は真剣な眼差しで見守る。
 しばしの沈黙が、二人の間を駆け抜けた。
 彼女の呼吸が乱れてくる。美里は立ち上がり、彼女と肩を並べて座った。項垂れた彼女の背中をゆっくりとさすりながら、
「何があったか、……聞いてもいいかな?」
 柔らかい口調で言葉をかける。
 彼女はコクリと頷いた。

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