Black Onyx [ブラックオニキス];2008/ 09の記事一覧

ここでは、Black Onyx [ブラックオニキス]での 2008年 09月 に掲載した記事を表示しています。
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「エッグのお部屋」
エッグのお部屋
管理人:エッグ様
 
  短編小説を寄贈させていただきました。

■ 「秋風」
  → "Gift"ページに、ご掲載いただきました。寄贈小説はこちらです。

 尚、以前エッグさんより頂いたイラストは、こちらに掲載しています。
 エッグさん。その節は、本当にありがとうございました。
●美女で野獣 イダタツヒコ [小学館]
 1巻:腹に掌底、胃液、気絶、嘔吐
 〃 :腹に掌底(?)
 2巻:腹にパンチ、吹き飛び、流血
 〃 :腹に蹴り
 3巻:腹に点穴、呼吸困難、苦悶
 〃 :腹に蹴り、気絶
 4巻:腹に肘打ち、嘔吐、苦悶
 〃 :腹にパンチ
 〃 :腹に蹴り
 〃 :腹に重ね当て、吐血、気絶

●快晴高校女子応援団 ちあ! 名峰礼司 [講談社]
 1巻:腹に膝蹴り、連打

●無敵鉄姫スピンちゃん 大亜門 [集英社]
 腹に頭突きタックル

●脳みそプルン! 川口憲吾 [講談社]
 2巻:腹に肘打ち


※注
 ・全て女から男への腹責めです。
 ・記載したキーワードは全て、私の見た限りの独断です。
 ・逆リョナ情報をお持ちの方は、ぜひお寄せください。
  (尚、「逆リョナ@wiki」に掲載する情報は、匿名をデフォルトとさせていただきます。)
  → ◆逆リョナ@wiki [ Gyaku-Ryona@wiki ]
●エアマスター 柴田ヨクサル [白泉社]
 1巻:腹に両手掌底、気絶
 〃 :腹に掌底
 3巻:腹にパンチ、苦悶
 〃 :腹に武器打、気絶
 〃 :腹に跳び蹴り
 〃 :脇腹に後ろ跳び回し蹴り
 〃 :腹に後ろ跳び蹴り
 4巻:腹に掌底、気絶
 〃 :腹に両手掌底、気絶
 〃 :腹にニードロップ
 7巻:腹に肘打ち×2、気絶
 〃 :腹に後ろ回し蹴り、吹き飛び
 8巻:腹に肘打ち、気絶
 〃 :腹(?)に両手掌底、気絶


※注
 ・全て女から男への腹責めです。
 ・記載したキーワードは全て、私の見た限りの独断です。
 ・逆リョナ情報をお持ちの方は、ぜひお寄せください。
  (尚、「逆リョナ@wiki」に掲載する情報は、匿名をデフォルトとさせていただきます。)
  → ◆逆リョナ@wiki [ Gyaku-Ryona@wiki ]
●PERIDOT ペリドット こばやしひよこ [講談社]
 2巻:腹に棒(?)打、ダウン
 6巻:腹に点穴、吐血
 〃 :腹に膝蹴り、吐血

●BOY -ボーイ- 梅澤春人 [集英社]
 20巻:脇腹に蹴り、胃液、苦悶

●OPEN SESAME 河方かおる [講談社]
 VOL.3:腹にパンチ、苦悶、咳き込み

●イケてる2人 佐野タカシ [少年画報社]
 2巻:腹にパンチ、鼻血、吐血
 6巻:腹に打撃、嘔吐、鼻血
 8巻:腹に肘打ち、胃液
 12巻:脇腹に膝蹴り、鼻血、胃液
 23巻:腹に蹴り、吹き飛び、失禁

●奴の名はMARIA 道元むねのり [集英社] (※ポンタさん情報)
 腹にパンチ、連打、胃液、気絶
 腹にパンチ、連打、胃液、気絶
 脇腹にパンチ


※注
 ・全て女から男への腹責めです。
 ・記載したキーワードは全て、私の見た限りの独断です。
 ・逆リョナ情報をお持ちの方は、ぜひお寄せください。
  (尚、「逆リョナ@wiki」に掲載する情報は、匿名をデフォルトとさせていただきます。)
  → ◆逆リョナ@wiki [ Gyaku-Ryona@wiki ]
毎度、ご来訪くださる方々に作品をお届けできることを嬉しく思っています。
女子高生シリーズについては応援メッセージなどもたくさん頂き、いつも大変励まされています。
どうもありがとうございます。
正直、彼女たちは強者揃いのためか、私も扱いに手を焼いています。
おそらく、作者の手の中におとなしく収まっている器ではないのだと(苦笑)

苦悩、葛藤、傷心、etc... 若いっていいですよね。
いろいろな困難や障害を乗り越えながら、大きく成長していってほしいものです。
ちなみに十代の頃の私は……今と大して変わっていない気もしますが(汗)

今後も、麻美大嶋学園のじゃじゃ馬娘たちを、どうぞ温かい目で見守ってやってください。


作品についてのアンケートを実施しています。→ アンケート [ ENQUETE ]
皆様のご意見が、明日への活力です。
ぜひともご協力を、よろしくお願いいたします。
(※投票停止しました。)

●美里のキャラ絵 →   
●紗希のキャラ絵 →   
●渚のキャラ絵 →

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 西陽は光の帯となり、残った二人を温かく照らしていた。
 放課後の教室。
 美里は堪えきれなくなった涙を瞳一杯に浮かべ、紗希の胸に顔を埋めていた。紗希の腕に包まれたまま美里はしゃくり上げ、その胸中を紗希にぶつけた。
「私、さっきはあんな風に説教したけど――」
「うん」
「本当はわからないんです」
「……」
「私自身は、……強い人間なんかじゃない。強さって、一体、何なんですか?」
 悲痛を伴う美里の言葉が、紗希の耳に届けられていた。
「確かにお兄ちゃんを守れてよかった。格闘技を続けてきてよかったとも思ってます。でも――」
 紗希は言葉を挟まない。美里はさらに涙声を上げる。
「こうやって人を倒す度に、こんな風にいつも傷つくんです。いつも……いつも……」
 泣きじゃくる美里を、紗希がそっと抱きしめる。美里は高ぶった感情を抑えきれないのか、絶叫にも似た声で捲し立てる。
「本当は、もうこんな思いをするのは嫌! 他人に力や技で勝ったって、残るのはこの心の傷だけ……全然、強くなんてなれない……」
 その言葉を聞いた紗希が、突然ぐいと美里を身体から離す。驚いた表情でいる美里の瞳を、紗希はじっと見つめた。それまで静かに美里の言葉に耳を傾けていた紗希の唇が、ゆっくりと動く。
「心の傷ってさ……無駄なもの、なのかな?」
 紗希の呟きに、美里が黙り込む。その問いかけの意味を考える。

 ――心の……傷……
 傷は、弱さの証だと思う。
 強くなれば、傷つかずに済むはずだ。
 例えば、紗希さんや彩香さんや、渚さんみたいに。「強さ」の意味が知りたくて、私はずっと彼女たちを見てきた。
 私は、もともと弱い存在。だからこそ、彼女たちのように輝く方法が知りたかった。
 でも、心の傷は無駄じゃないというのだろうか。
 傷つくことで、何か得るものがあるのか。

「私、強くなりたい」
 静かな教室に、美里の声が響き渡った。
 紗希は、そんな美里をじっと見つめていた。黙ってそこにいるだけだったが、それが美里には嬉しかった。
「ごめんなさい。聞いてくれてありがとうございました」
 美里はそう言いながらすっと立ち上がると、下校の準備をする。
 その時、紗希もまた俯いたまま立ち上がった。
「美里」
「はい?」
 美里はその声に違和感を覚え、紗希の方へくるりと向き直る。
「――強い人間なんていないよ」
 それは、普段の紗希が放つ声色とは質を異にするものだった。
「紗希さん……?」
 美里の目には、俯いた紗希の表情がどこか寂しげに見えた。
 しかしそれは、一瞬のことだった。
 すぐに紗希は、いつもの表情を取り戻す。彼女が「ふっ」と謎めいた笑みを零したのを見て、美里はそれ以上尋ねられなくなった。
 茜色に縁取られた紗希の瞳が、ほのかに揺らめいた。



END

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「あなたは弱いの」
 痛烈な言葉が美里から放たれる。
「ただ力で痛めつけて相手を倒す。……それでいいの?」
 美里の言葉は耳に痛かった。でも今は不思議と、その言葉の先をもっと聞きたいと思えた。
 彼女は続ける。
「本当の強さって、そういうことじゃないと思う」
 オレは無言のまま聞き続ける。
「あなたのは、闘いのための闘い……。単なる暴力」
「暴力……」
「お兄ちゃんはね、あなたよりずっと強いよ」
 照れくさそうにそっぽを向く先生を横目に、オレは無意識に美里に詰め寄っていた。
「美里から見た、先生の強さって何なんだ?」
「あ、初めて名前で呼んでくれたね」
 そう言って朗らかな笑みを浮かべる美里の顔は可愛らしく、オレは胸が高揚する。つい視線を泳がせてしまう。
 美里は、照れるオレの瞳をじっと見つめ、「うまく言えないけど」と前置きしてから口を開いた。
「まず、あなたを守ろうとした強さかな。あんな目に遭わせた相手なのに」
 先ほどまでの光景がまざまざと脳裏に蘇る。その言葉はとても重い。
「あと、最後まで自分を守ろうとしなかった強さ」
 美里はそこまで話して、一呼吸置く。
「最後は、約束を守った強さだよ」
「約束?」
 違和感を覚え、思わず疑問を投げかける。
 と突然、先生が「み、美里! それ以上は――」と過敏に反応する。その声に驚き、オレは無意識に視線を先生へと向けた。その時、先生の横で悪戯っぽい笑みを口元に湛える紗希の姿が、同時に目に入った。そして次の瞬間には、紗希の肘が先生の鳩尾に綺麗に刺さっていた。
「ふぐっ……」
 と呻き声を上げた先生が、腹を抱えてベッドに凭れかかる。
 紗希は人差し指を口元に当て、先生に静かにと合図をする。そして穏やかな表情で、美里を手で促す。美里は大きく息を吸い込むと、吐き出すように言葉を紡いだ。
「最後まで、教育実習生として頑張りなさいって!」
 大声で言葉を出しきった美里は、にっこりと微笑んでいた。紗希は苦悶する先生を見ながら、ニヤニヤと小突くような視線を当てている。ベッドに凭れたまま、先生は頬を真っ赤に染めていた。
 ――辻先生がその約束を交わした相手は……
 察するにはあまりある三人の様子に、オレは苦笑を漏らした。もしかしたらそれは、あまりに子どもじみていた自分に対する軽蔑の笑いだったのかもしれない。
 この時オレは、はっきりと負けを自覚した。
 脱力し、肩を落とす。美里はそんなオレの頭にそっと触れ、優しく撫でた。
「唯人くんも、きっと強くなれるよ」
 美里の指が、オレの髪を梳いている。まるで遠き日の母のようだ。
 くすぐったくて、温かくて、オレは俯いた。
 頬が熱かった。



END

【 piece : 美里と紗希 】

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 天井がぼんやりとその輪郭を表した。
 柔らかいベッドに身を預けていることに気付いた時には、目に入ってくる光が白から橙色に変わっていた。瞼を半開きにすると、ふいに横から声がかけられた。
「気付いたみたいだね」
 聞き覚えのある声だった。くいと視線を横に向ける。そこには紗希の姿があった。
 ――保健室……か?
 意識がはっきりとしない中、紗希が、
「だから最初に言ったのにさ。まぁ、生きててよかったじゃん」
 と、そっけない口調でオレを嘲る。
 起こそうとする身体に痛みが走った。見れば、全身に手当ての跡がある。下着も含めて制服は上下とも脱がされており、代わりにジャージを着せられていた。
 ――そうだった。オレは……
 自分の晒した醜態が脳裏に蘇る。同時に、意識が無いまま着替えさせられたことを想像し、反射的に頬が火照ってくる。
 紗希は意味深に笑っていた。彼女の視線の先へと目を遣ると、肩を並べた美里と辻の姿が目に入った。
 バツの悪い心持ちのまま、オレは、
「あ、あの……」
 と、重く口を開く。とは言え、何を言ったらよいものか、オレにはわからなかった。二人がくるりとこちらにふり返る。オレを捕えて放さなかった負の感情は、いつの間にか消え去っていた。
 並んだ二人の顔を交互にちらりと覗く。二人とも、その表情はとても穏やかだった。
「唯人くん。気がついたんだね。よかった」
 柔らかい美里の声が耳に優しかった。温かいその態度に驚く。名前で呼ばれたことに、気恥ずかしさのようなものを感じて動揺する。オレは思わず目線を落としていた。
 隣にいた辻が、続けてオレに声をかける。
「今日、君と先生は会わなかった」
 その言葉の意味をすぐには理解できず、オレはしばらく考え込む。
「わかるかい? 今日あったことは、全て忘れなさいということ」
 辻の言葉の意味を察した時、オレの瞳からは自然と涙が溢れた。
 ―― 先生……
 感涙を堪え切れなかった。男のプライドなど、どうでもよかった。感情の赴くままに、声だけを抑え、涙を零し続けた。先生はそんなオレを、ただ静かに見ていた。美里と紗希はにっこりと微笑んでいた。


 ふと美里が表情を引き締め、オレの寝ているベッドに腰掛ける。被せられた毛布から彼女の臀部の感触が伝わってくるように感じられ、オレは思わず視線を背けた。
 涙を拭い、気を持ち直す。美里はそんなオレの思惑に気付く様子もなく、オレの顔を覗き込む。そして、その小さな唇を動かした。
「私のお兄ちゃん。強いでしょ?」
 予想外の言葉に虚をつかれる。美里は「ふふっ」とわずかな笑みを零しながら、
「この意味、わかる?」
 と、付け加える。
 オレはその言葉の真意が掴めず、再び頭を悩ませた。

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 ここにきて初めて、オレは自分のした行為の矛盾を感じていた。それとともに、後悔の念と美里への恐怖心が、同時に頭を擡げてくる。
 美里の強烈な蹴りを受けながら、オレは必死で謝罪の言葉を口にしていた。
「す、すみませ……っぐ!……すみ……うっ……すみませ――」
 言葉は断片と化す。美里は猛攻を続けながら、
「お兄ちゃんが同じように謝ったとしたら、あなたはやめてた?」
 と言い放ち、一際強烈な爪先蹴りをオレの腹に突き立てる。
「ぐっはあああっ!」
「それはないよね。あなたならきっと……」
 言いながら、美里が再度、その脚を高く振り上げる。
「ひいぃ……」
 地獄の苦しみの中で、オレは自分の肉体の崩壊を意識し始めていた。次の瞬間には、オレは殺されているかもしれない。そんな風に感じていた。
 しかし、予想に反し、次の一撃はいつまで経ってもやってこなかった。それどころか、オレの両手はこの時に美里から解放された。
 腹を抱えて昏倒する。床に仰向けになり、悶絶し、咳き込む。頭が朦朧としている。
 何が起こったのかわからないまま、オレは自然とその瞳を美里の方へと向けた。
 そこには、思いも寄らない光景があった。
 意識を取り戻した辻が、美里を羽交い絞めにしていたのだ。ぼやけた視界ではあったが、その様子ははっきりと見えた。
「やめてお兄ちゃん! 止めないで!」
 耳の奥の方から、美里の殺気立った奇声が響いてきていた。そして、辻の声。
「美里。お前も、同じ事をするのか」
 その言葉で、美里の動きが止まった。彼女が身体を微震させる。俯いた顔を黒髪が覆う。その様子を見て、辻が落ち着いた声で言葉を続ける。
「ありがとう。でも、もう充分だよ」
 オレの緊張はそこでふつと途切れた。気付けばオレは失禁していた。
 二人の会話が、痛みを伴って耳に入ってくる。
「これ以上やったら、美里もこの生徒と同じだよ」
「で、でも――」
「それに、この子もこの学園の生徒だろ?」
 そう言って、辻がちらりとオレの方に目を向けるのがわかった。辻は再び美里に目線を戻す。
「……だったら、僕は彼を守らなきゃ」
 辻のその言葉に応えるように、美里は俯いたままコクリと頷いた。彼女の頬に流れた涙が、漏れ入ってくる陽光を反射して光っていた。その輝きが、オレにはとても眩しく見えた。
 意識が限界を迎える。オレは静かに、瞳を閉じた。

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 この小さくて華奢な女に負けたという事実を認めたくなかった。己を亡くしたくなかった。
 縋るように美里の口元を凝視するオレを下目に見ながら、彼女は一言、
「そうだよ」
 と、軽い調子で答えた。
 ホッと胸を撫で下ろす。思ったとおりだ。それなら負けて当然だ。オレは自己流の素人なのだから。そう考えることで、オレは自尊心を保つことができた。
 心の奥がすっと楽になる。
 未だ悲鳴を上げる内臓を手で覆い、オレはこの時とばかりに捲し立てた。
「お前は卑怯だ。それなら負けて当然だろ。素人にこんなことして、恥ずかしくないのかよ!」
 精一杯の抵抗だった。しかし美里は表情を変えない。
「それ、言い訳?」
 と、オレを見下ろしながら言い放つ。その言葉に、オレは憎悪を募らせる。
「うるせぇ! 素人相手に本気を出すのが武道家のすることかってんだよ、あぁ?」
「ううん。違うよ。最低の行為だよ」
「だったら、どうして――」
「自分に聞いてみれば?」
「っ……!」
 またしても言葉に詰まる。
 美里はすっと立ち上がり、語りかけるように口を開く。
「あなたと私のお兄ちゃんの立つ土俵は、一緒だった?」
「ぐ……」
「これは、あなた自身が望んだ土俵でしょ?」
 言いながら美里は、ちらりと自分の兄へ視線を向ける。それからくるりとオレの方へ向き直る。
 美里の脚が後ろに引かれるのが見えた。眼前に勢い付いた彼女の足の甲が見え――
「ぐあああああっ!!」
 オレの身体が弾かれたように浮く。顎を蹴り上げられたことがわかったのは、再び床に倒れ込んだ時だった。顎に強烈な痛みを感じる。
「あ、がっ……」
 口内に鉄錆のような臭いを感じ、たまらず吐き出す。床に鮮血がほとばしった。
 美里は蹲ったオレの腹を何度も蹴り上げた。重い。その衝撃はオレの身体を貫き、背中へと抜けていくようだった。彼女はオレの両手を後ろへと捻り、無数の蹴りを加えながら、
「あなたは、お兄ちゃんをこうやって何度も蹴った」
 と、静かに声を出す。突き上げる足の甲や爪先が、落ち着き始めていたオレの内臓を再び揺さぶる。
「ぐはあっ!……うあああっ!……ぐふうぅ……」
「苦しい? もっとやってあげるよ。あなたがそうしたように」
「うぐぅぅ……ぐえぇっ!……がはああっ!」
 静寂の中、オレは呻き、叫び続けた。
 美里の蹴りの嵐が止むことはなかった。

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 激しく咳き込みながら、オレは片肘をついて身体を持ち上げる。口からは胃液が糸を引くように零れている。立ち上がろうとするが、既に足は震えており、その役割を果たさない。
「……まだ、寝るには早すぎるよ」
 背後。首筋の辺りから聞こえた美里の囁くような声に、オレは総毛立った。四つん這いの体勢のまま髪を掴まれ、顔を持ち上げられる。目前には無表情な彼女の顔があった。
 ぐいと身体を持ち上げられる。掴まれた髪に体重の全てがかかり、とてつもない痛みを伴う。必死で立とうとはしてみるものの、足が言うことを聞かない。宙吊りになったまま、オレは無意識に両手を彼女の腕に絡めていた。
「苦しい?」
 言いながら、美里はガラ空きになったオレの腹に拳を叩き込む。一発、二発、三発、四発――
 その衝撃は、まるで鈍器で殴られているかのように重かった。とてもこの小さな身体から放たれているとは思えないほどの破壊力だった。
「ぐえっ!……うぐ……っはああぁっ!」
 苦悶の声を上げ、美里の腕に絡めた手を下ろして腹を庇う。しかしそれは彼女の攻撃対象を変えるだけだった。顔面にまた一発、二発と拳が打ち込まれていく。顔に手をやれば腹を。腹に手をやれば顔を。
 反撃のつもりで精一杯振り回すオレの拳も足も、美里には全く通じない。
 まさに人間サンドバッグだった。
 美里の猛攻は延々と続く。その度に、オレは言葉にならない声を絞り出していた。
 絶えず黄水が口内を満たし、零れる。意識が朦朧とし、美里の表情が二重にも三重にも見える。
 オレの髪が美里の手からようやく解放された時、オレは一も二もなく床に突っ伏した。
 顔面が熱い。腫れ上がっているのか、顔の感覚がおかしい。内臓も既に限界を迎え、とうとう吐瀉物が口から吐き出される。その不快な臭いが、さらにオレの胃を刺激する。
「うえっ……おええっ……」
 獣のような声を発しながら、オレは絶え間なく嘔吐を続けた。
 苦しさから涙が溢れてくる。
 かろうじて顔だけを持ち上げる。翳んだ瞳の向こうには、相変わらず表情のない美里の顔がぼんやりと浮かんでいた。
「立ちなよ」
 美里が呟く。静かだが、否定を許さない強い口調だった。
「ゆ、許してくれ。もう――」
「立ちなさい」
 再び同じ言葉。しかし、オレの身体も意識も既に限界だった。美里は沈黙したまま、すっとオレの目前にしゃがみ込む。言葉はない。しかし、その瞳には哀れむような光が宿っていた。
 悔しい。
 力の差を見せつけられ、オレのプライドや強くなったという自負は、既にガタガタと音を立てて崩れ去っていた。だからこそ、「こう」思わなければ、自分自身を見失ってしまうような気がしていた。
「お前、武術経験者だろ?」
 だから、オレはそれを口にした――

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「あなたは負けたの。私にじゃない。お兄ちゃんにだよ」
 美里の、先ほどと同じ言葉が耳に響く。彼女は、いつの間にかオレの目前にまで迫ってきていた。
 混乱したオレの頭には、もはや考える力はなかった。しかし、先ほどの勝負の結果くらいはわかっていた。ぼろ屑のようになった辻を指差し、
「ふざけんじゃねぇよ! オレは勝った! 見ろよ、そいつの姿を。それが証拠だ!」
 と声を上げる。
「違うよ。あなたの負け」
 美里は毅然とした表情のまま、オレの言葉を突き放す。
「んだとコラ!」
「お兄ちゃんは、最後まであなたの暴力に屈しなかった。渚さんを守るための闘い。それが、お兄ちゃんの闘いの意味だから。例え、これからあなたがお兄ちゃんをどんなに痛めつけても、お兄ちゃんは渚さんを渡さない。あなたは、お兄ちゃんには勝てない」
「だったら……だったら、ぶっ殺してやるよ!」
「犯罪者になってから、渚さんに告白?」
「う、うるせぇ!」
 眉間に皺を寄せ、目一杯の眼光を美里に注ぐ。しかし次の瞬間、オレは彼女から目を逸らさずにはいられなかった。
 威嚇でもない。殺意でもない。
 情や人間味を全く感じさせない、酷く冷徹な瞳がそこにあったからだった。
「……それなら、ここからは私の闘い。頼まれても、もう倒れてあげない。今度は私がお兄ちゃんを守るために闘う。それが、私の闘いの意味。絶対に、あなたを倒す」
 落ち着いた声とともに、美里の肢体がなびく。蝶のように、ふわりと風に調和した。
 息を切らしたまま、オレもまた体勢を整える。
 と――、突然、オレの身体が勢いよく後ろに吹き飛ばされる。胸に激痛を感じ、オレは足をよろめかせながら咳き込む。たまらず膝をつく。
 ――は、速ぇ!!
 顔を押し上げ、美里の姿を確認する。彼女は左手を腰に固定したまま、右掌を前に突き出していた。
 認めたくなかった。オレの目に、今の彼女の動きが全く見えなかったことを。
「んのやろおおおぁ!!」
 声を張り上げて美里へと突進する。眼前にまっすぐ突き出した拳が、彼女の頬に当たった。と同時に、オレの内部を急激な嘔吐感が襲う。
「ぐ……あ、おえぇ……っはっ!」
 呼吸が止まり、喉から呻き声だけが漏れる。身体が自然と丸まる。目下には、オレの腹に深く喰い込んだ美里の膝が映っていた。オレの拳がするりと力なく彼女の頬の上を滑り、腕が下へと垂れる。美里の膝を支点にして、オレの身体が半分に折れる。
「こ……おごっ……おぉ……」
 意図しない奇妙な声が絞り出される。次の瞬間、背中を激痛が襲う。
 オレは絶叫とともに、その場にうつ伏せに倒れ込んだ。

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「気持ちよくなるにも足りないよ」
 美里が小さな声でそう漏らす。
「……ど、どういう意味だよ?」
「わかんなくていいの。お子様には」
 美里のその言葉が引き金となり、オレの動揺が怒りへと変わる。
「てめえ!」
 と怒号し、オレは美里へと跳びかかった。幾度かの攻撃が、彼女の肢体を捉える。
 彼女は無防備だった。いや、正確には、無防備に見えただけなのかもしれない。殴る。蹴る。引っ叩く。攻勢一方のオレの手足は、確実に彼女にヒットしていった。しかし、どうしても致命打が当たらない。振り抜く拳や足に沿って、彼女はしなやかに、するすると身体の向きを変えているのだ。
 その身のこなしは鮮やかで軽かった。言うなれば、空中に浮かべた羽のように。
 手応えが全く感じられぬまま、オレの攻撃は確実に、自身の体力だけを削ぎ落としていった。
 先に息を切らしたのは、他ならぬオレの方だった。荒い息遣いの中、手足が止まる。
「終わり?」
 美里は既にその構えを解いていた。
 ――こ、こいつは、一体……?
 彼女の身体の諸所にはオレの攻撃の痕跡が確かに残っていた。しかし美里の表情は全く崩れず、倒れるどころか、微動だにひとつしない。棒立ちのまま、目線すらオレから外している。オレは何か異様なモノと闘っているのではないだろうか。そんな違和感にすら囚われてしまう。
「ここで私が倒れたら、あなたの『勝ち』になるんだね。倒れてほしい?」
 柔らかい口調だが嫌味をたっぷりと含んだ美里の言葉に、オレの怒りはますます高騰する。見下されていることに、腹立ちが抑え切れない。だが、既にオレの身体は酷く重くなっていた。
 両手を膝に乗せて身体を支え、目一杯、酸素を吸い込む。美里はそんなオレにゆっくりと近付いてくる。
 慌てて構える。しかし彼女は攻撃を仕掛けず、再び口を開く。
「あなたが勝ったら、その後はどうするの? それだけ教えて?」
 唐突な質問に虚をつかれる。戸惑いながらも、オレは、
「もちろん、渚さんから手を引いてもらう」
 と答える。美里がさらに言葉を続ける。
「手を引かせることが目的?」
「違う。もちろん、その後は……。その後は、オレが渚さんと――」
 そこまで言った時、オレの中に違和感が生じる。美里はその隙を突いて言葉を紡ぐ。
「どうやって?」
「…………」
「オレはあなたの彼氏とその妹に勝ちました。だから付き合ってください。……って渚さんに?」
「…………」
「それほど強いんです。だからオレの女になってください、って?」
 言いながら、美里はくすりと笑う。
「お、オレは……」
 反論する言葉が思いつかない。しかし美里の言葉は止まない。
「闘いの意味を見失った者が、勝負で勝てるわけがない!」
 厳しい口調だった。その表情は険しく、今や、幼く柔らかな顔立ちは姿を消していた。

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 ゆらりと美里の身体が横に揺れる。
 彼女の瞳は完全に据わっていた。瞬きひとつせず、オレを注視している。
 沈黙の空間。
 美里から放たれる威圧感は尋常でなかった。悪寒が走り、身体が微震する。異様なまでに枯れた喉を潤そうと、再度ゴクリと唾を飲み込む――
 と、その一動の瞬間だった。
 一迅の風の如く、彼女の身体がオレの目前へと迫る。
 ――速い!
 反射的に繰り出した大振りの拳が空を切る。その反動でバランスを崩し、一歩前へと足を踏み出してしまう。気付けば彼女の姿が視界から消えている。
「……何やってるの?」
 耳元から聞こえた低く鋭い声に、思わず身震いする。
 ――いつの間に……後ろに?
 一滴の汗が横額から頬を伝って顎の下へと降りていく。それを待たず、オレはクルリと向き直り、再び迎撃の構えを取る。しかしそこにも彼女の姿はない。
「遅いよ」
 再度、耳元から聞こえてくる声。
「うああああぁぁっ!」
 恐怖心に駆られ、オレは反射的に身体を捻る。そして自分の背後へまっすぐに蹴りを放った。
 ドスンという衝撃音とともに、足の裏に鈍い感触が伝わる。
 ――当たった!
 右手を床についた体勢のまま、感触のあった方へと視線を向ける。
 オレの踵は見事に美里の腹を打ち抜いていた。その事実を確認すると同時に、オレは安堵の息を漏らす。それは、想像していた以上に自分が強くなってるのだという確信を、あらためて得たことによるものからだった。
 自信を取り戻す。さっきまでの緊張が嘘のように解けていく。
 オレは美里の腹から足を抜き取り、反転して彼女の方へと身体を向けて立ち上がった。
「女には手を出さねぇって、決めてたんだけどな。ちょっと本気になっちまった」
 余裕の笑みを湛え、オレは彼女に言い放つ。
 しかし、オレのその心持ちは、次の瞬間には脆くも打ち砕かれていた。
 美里は表情を変えることなく、その場にしっかりと立っていたのだ。無表情のまま、じっとオレを見据えている。口元にはうっすらと笑みすら零れているように見える。小首を傾げ、身に纏ったダークレッド制服の脇腹の辺りを手で払う。まるで何事もなかったかのように、涼やかな表情を浮かべている。
 それは、オレが自分の踵に感じた衝撃とはあまりに不釣合いな顔つきだった。
「本気になったって……? もしかして、今のが攻撃?」
 と、美里がさらりと言う。オレは動揺を隠しきれなかった。

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 思考が停止していた。
 今、自分の身に何が起こったのかわからない。込み上げてくる咳だけを、何度も喉から吐き出す。
「ごめんね、お兄ちゃん。やっぱり私、こんなの許せない」
 初めて聞く美里の声は、とても遠くに聞こえた。意識が朦朧としている。そんな中、彼女の言葉のひとつに強烈な違和感を抱く。
 ――おにいちゃん。……お兄ちゃ……。……!!……お兄ちゃん!?
 瞬時に意識が覚醒する。もしかしたら、オレは、とんでもない勘違いを――?
 仰向けに倒れ込んだオレの頭上に美里がしゃがみ込む。見たことのない子だった。彼女の幼い外見は、年下のようにすら見える。これでも同い年くらいなのだろうか。よく見ると優しく温かい瞳をもつ美少女だ。目が合う。その可愛らしい瞳には、未だ涙が溢れていた。
「どうして、こんなことするの?」
 彼女の言葉が胸に刺さる。
 次第に思考力が舞い戻ってくる。同時に、オレの中の正義が脆くも崩れ去っていく。
 真実を知った今、美里のその問いかけはあまりにバツが悪かった。まるで大きな権力を剥奪されたような心境だ。言葉が出てこない。さらに、この小さくて華奢な子に、自分が投げ飛ばされたという事実がどうしても受け入れられない。
 美里はさらに言葉を連ねる。
「渚さんを知ってる人? でも、いきなりこんな……」
「うるせぇよ」
 混乱したオレには、そう虚勢を張るのが精一杯だった。
「教えて。何か理由があったはずでしょ?」
「うるせぇって言ってんだろ! 理由なんてねーんだよ!」
「……それは嘘だよ。でも、例えどんな理由があったとしても、突然襲い掛かるのは卑怯」
 美里は潤んだ瞳でオレを見つめ、諭すような言葉を並べる。その表情に胸が痛む。しかし、オレはもう後戻りできなかった。そう。二股は確かにオレの勘違いだった。
 でも……だったらどうだって言うんだ。こんな貧弱な一教師と渚さんじゃ、到底、割に合わない。現にオレは今、こいつをボコボコにした。渚さんに相応しいのは、オレだ。
 キッと美里を睨みつける。感情を抑え込み、
「ふん。まぁ、それは嘘かもな。でも、オレはそいつに勝った。それが現実だ」
 と、静かな声で答える。
「渚さんからは、手を引いてもらう」
 そう付け加えたオレを見て、美里はため息をつく。
「本気で……そう思ってるの? 本気で……お兄ちゃんに勝ったと思ってるの?」
 そう問いかけた美里の瞳には、既に涙はなかった。代わりにそこにあったのは、静かに燃える青い炎のような揺らめきだった。緊張感に襲われ、オレはゴクリと唾を飲み込む。身体の諸所が汗ばんでくるのがわかる。しかし、ここまできたら、今さら引っ込みはつかない。オレの答えは変わらなかった。
「あ、当たり前だ。見りゃわかるだろうが。お、オレの勝ちだ。勝ちなんだよ!」
 無意識に声が上擦る。感情的になり、語尾が強くなる。
「……違うよ。あなたは負けたの」
 美里の声は冷たい響きを帯びていた。
「これから、それを証明してあげるから」
 彼女の瞳の端が、きつく吊り上がった。

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 正義という大義名分を得ての制裁は、とても心地がよかった。
 非力な教育実習生を痛めつける度に、自分の強さが実感できる。絶叫や苦悶の声を聞く度に、優越感に浸ることができる。そして何と言っても、その全てが正義という名目に強く裏打ちされているのだ。
 教師が無様に倒れ込む。仰向けになったそいつの上に馬乗りになり、オレはさらに拳を振り上げる。
「情けねぇなー、辻先生よぉ」
 言いながら、オレは振り上げた拳を辻の頬に叩き付ける。
 既に辻の全身はボロ屑のようになっていた。顔面は腫れ上がり、諸所に血が滲んでいる。
 辻の浮気相手は俯いたまま涙を流していた。その拳は固く握られていた。
「美里……絶対、手を……出すな……」
 辻が浮気相手――美里というらしい――を制する。彼女は応えず、ただ黙ったままだった。
「カッコイイねぇ。女の前だからって無理してさ」
 と皮肉り、再度、反対側の頬を殴る。オレは悦に入り、何度も殴り続けた。
 やがて辻は声を上げなくなり、ぐったりと身体から力を抜いた。
 オレは立ち上がり、その無様な教師を軽蔑の目で見下ろした。口元に笑みが零れる。
「弱ぇやつだな。おら、まだ終わりじゃねーぞ」
 そう言って、オレは倒れたクソ教師に何発も蹴りを入れた。そして、
「渚さんからは手を引け」
 と、勢いづいて言葉をぶつける。
 しかしその言葉に、辻はピクリと反応した。切れてほとんど開かない目の奥に鋭い眼光を湛え、
「それは、できない」
 と、きっぱりと言い放った。
 その態度が癇に障り、オレは再び何度も蹴りを加えた。
「何回も言わせんな。渚さんとは別れろ!」
「できない……絶対に!」
「オレは教師だからって手加減しねーぞ! ぶっ殺すぞ!」
「……殺せよ。でも、彼女は渡さない」
「んの野郎!」
 頭に血が上る。感情に任せ、何度も何度も辻を蹴り続ける。しかし、そいつの答えは変わらない。
「僕は……先生は、渚ちゃんと――」
 ちゃん付けで彼女の名を呼ばれたことで、オレの怒りが頂点に達する。
 再び足を振り上げる。その時、ふと違和感を覚えた。視界の隅にいたはずの美里の姿が消え――
 そう思った瞬間、彼女が肩からオレの懐に入り込んでくるのが見えた。襟首をぐいと掴まれたことを理解した時には、既にオレの身体は宙を舞っていた。床に背中を強打する。
「ぐふうっ!」
 無意識に、オレは呻き声を上げていた。
「み、美里……!」
 辻のその声が、意識の奥の方でわずかに聞こえた。

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 オレのその言葉に、ようやく紗希は興味を示したようだった。
 椅子からすっと腰を上げてオレに近付き、しげしげと全身を眺め回す。オレの周囲を一回りした後、紗希はオレの目の前に立ち、今度はじっとオレの顔を見つめ始めた。額が掠るかと思うほどの距離だ。
「な、何だよ……?」
 気恥ずかしさが全身を包む。紗希はそれには答えず、なおもオレの瞳を食い入るように見つめ続ける。彼女の表情は涼やかだったが、その瞳は鋭利な刃物のように感じられた。
 思わず目を逸らす。その瞬間――
「うぐっ!」
 呻き声が喉の奥から漏れ、無意識に背を丸めて紗希に凭れ掛かる。世界が暗転し、嘔吐感に襲われる。
 どうやらボディブローを入れられたようだった。気付けば既に拳は抜かれ、込み上げる不快感だけがうっすらと内部に残っていた。
「……なに、すんだよ……」
 咳き込みながら、かろうじて声を絞り出す。敵意を感じ、必死で紗希に威嚇の目を向ける。
 紗希は気まずそうな表情を浮かべていた。突拍子もない彼女の行動と理不尽な反応に呆気に取られる。意図が汲み取れず、困惑する。紗希はそんなオレの背中を擦りながら、
「悪い。気絶させ損ねた」
 と、悪びれることなく、恐ろしい言葉を口にする。おそらく本人にとっては謝罪の言葉のつもりなのだろうが、もちろんオレとしては納得がいかない。吐き気を堪えながら怒号する。
「いきなりこんな……。どういうつもりだ! あぁ?」
 睨みを効かせて紗希を見る。彼女はふうっと一息、ため息を漏らすと、詰問に答える。
「やめといた方がいいかなって思ったから。ちょっと力加減、失敗したけど」
 笑いの混じった冷静な声だった。紗希の真意が理解できず、オレはさらに憤る。
「復讐にでも行くと思ったってか? ふざけんなよ!……喧嘩じゃねーんだよ!」
「それは目でわかったよ。第一、それなら止める必要はない。あなたじゃ彼女には敵わないだろうし。それに、あなたの復讐を私がここで本気で止めようと思ったら……今頃、地獄逝きだよ」
「うっ……」
 刹那、あの夜の稔さんの表情が脳裏に浮かび、身震いする。
「じゃ、じゃあ……、何でこんなこと。オレはただ会わせてくれと――」
「渚を好きになったんでしょ?」
「……!」
 突然核心を突かれ、言葉に窮してしまう。
「だから止めようとした。そのうち会えるだろうからね。この学校に彼氏がいるんだから」
 雷に打たれたような衝撃を受ける。
 確かに渚さんは美人だし、彼氏くらいいてもおかしくない。でも、やっぱりショックだった。
「あ、相手は……?」
 紗希は悪戯っぽい笑みを浮かべたまま、この学校に来ている教育実習生だと教えてくれた。
 胃から込み上げる不快感が治まってきた頃、オレは黙ってドアへと向かう。
 去り際に、紗希が背後から、
「やめといた方がいいと思うけど」
 と、無感情な口調で声をかけてきた。その言葉だけが、妙に心に残った。

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 保健室のドアを開けると、ひんやりとした空気が身体を包み込んだ。
 清潔感のあるシンプルな室内に、薬品独特のにおいが漂っている。薄いカーテンのかかった正面の窓からは、陽光が慎ましやかに漏れ入ってきていた。
 幸い、養護教諭は本日不在のようだった。
 ドアを後ろ手に乱暴に閉め、室内へと踏み込む。自分の背丈より高い書棚には『健康診断調査』『水質・照度・空気検査』『衛生管理入門』など訳のわからないファイルや書物が立ち並んでいた。
 頭が痛くなる前にそこから目を背け、書棚の後ろ側へと急ぐ。
 目的の人物と繋がりをもつ人物はそこにいた。紗希という名の女だ。
 サラサラのボブカットに、透明感のある綺麗な肌をしている。凛とした目元が印象的だ。
 几帳面に整理された机上にファイルを広げ、紗希はその上に忙しくペンを走らせていた。見出しには『保健管理ノート』とあった。
 紗希はオレの姿を確認すると、
「あれ?」
 と落ち着いた声を発した。
 予想に反する低リアクションに、何となく肩を透かされたような気持ちになる。
 これまで校内で顔を合わせたことは一度もなかったのだ。チュウボウの頃と比べて随分と逞しくなったとか、強そうになったとか、そんな気の利いた言葉のひとつもあっていいと思うのだが。
 紗希が、ひねた態度のオレに「で、何?」とそっけない言葉を続ける。オレのことを忘れてしまっているのではないかと不安になるほど、彼女の態度はよそよそしかった。
「覚えてる……だろ?」
 努めて平静を装ったつもりだったが、声が少し上擦ってしまう。
「うん。アリ、タス?……じゃない、アタル、シ……」
 ――!……こ、こいつ……
 紗希は、さして表情を変えることもなく、オレの黒歴史に平然と触れる。だんだんとオレの頬が熱くなっていくのを感じる。
「違うな……。アル、タリス?……んー、アス、タ――」
「アシリタスだよ! アシリタス!」
 つい、言葉が口を突いて出る。
「あ、そう、それ。で、どうしたの、アシリタス?」
「んと、その、……っつーかオレはナニ人だよ、あ? それ、名前じゃねーことくれー普通わかるだろうが! んでもって何オレは教えちゃってんだよ! 唯人っ! オレ唯人っ!」
「まぁ、どうでもいいよ。早く用件言いな」
「ん……あ、そ、そうだったな。……あぁ、その……」
 気付けば額には少し汗が滲んでいた。こいつとバカバカしいやり取りをしている場合ではない。つい感情的になってしまったことを自嘲する。同時に、自分にツッコミまで入れてしまったことに呆れる。
 オレはひとつ大きく息を吸い込み、努めて落ち着いた声で言った。
「あの時の、もう一人の女に会わせてくれ」

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 この感情をどう表現したものだろうか。
 握り締めた拳が熱を帯びてくる。
 目尻が険しく吊り上がり、瞳はその対象を捉えて放さない。全身は小刻みに震え、食いしばる勢いで歯が折れてしまうのではないかと思えたほどだ。
 放課後の教室。
 肩を寄せ合う二人を、ドアの窓越しにじっと睨みつけながら、オレは言いようのない負の感情を覚えていた。
「あいつ……」
 思わず言葉が口元から漏れる。
 ――渚さんという人がいながら……
 今にも爆発しそうな感情を何とか堪えながら、オレはそいつへの殺意を剥き出しにしていた。



 死に忘れた蝉が弱々しく鳴いている。
 麻美大嶋学園に入学してから、オレは筋力トレーニングにやぶさかでなかった。夏休み中はトレーニングジムに通うと同時に、自主トレーニングも毎日のように行ってきた。
 休み時間を告げるチャイムが校内に響く。
 オレは保健室へと歩を進めた。目的の人物がそこにいることがわかっていたからだ。いや、正確には目的の人物と繋がりをもつ人物と言うべきだろうか。
 歩きながら、半袖のカッターシャツから覗く自分の二の腕に目を向ける。黒々と艶やかに光る鍛え抜いた筋肉を見ていると、自然に頬が緩んだ。

 『もっと大人になりなよ』

 夜の公園でのあの出会いからおよそ半月。あの時の彼女の言葉が、今でもオレを捉えて放さなかった。
 ――いつまでもガキだと思うなよ。
 力を誇示するように、廊下の壁を勢いよく蹴る。
 その瞬間、廊下を賑わわせていた声がピタリと止んだ。
 オレは睨みを効かせながら周囲をぐるりと見回す。
 逃げるように教室に入っていく女。俯いてその場に立ち尽くす男。その光景を見ると、自分の強さが実感できるようで小気味がよかった。自分以外の人間全てが卑小な存在に見えた。
 ――オレは強くなった。チュウボウの頃のオレとは違うってところを、彼女に……
 口元がニヤけてきていることに気付き、慌てて表情を引き締める。ポケットに手を突っ込み、肩をいからせる。ペッと廊下に唾を吐く。
 オレは再び、廊下の中央を堂々と歩いていった。

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フィーリング作品です。
雰囲気のある作品を書きたいと思いました。それだけです。
楽しんでいただければ幸いです。

現在、不調です。風邪気味です。熱が下がりません。身体の節々が痛いです。
そんな状態にありながらも、執筆意欲が治まる気配は一向になく(苦笑)
ゆきなの脳内妄想は枚挙に遑がなく、つくづく貪欲だと自嘲していますが。
同時に、そんな私を支えてくださる皆様方には、常々感謝しております。

アンケートをリニューアルいたしました。
たくさんのご協力を頂き、大変嬉しく思っております。
ご意見、ご感想などもお気軽に書いていただけたら有難いです。
今後もご協力を、よろしくお願いいたします。
(※投票停止しました。)

逆リョナ@wikiへのご意見、ご感想などを下さっている方々、どうもありがとうございます。
情報に加えて労いや感謝のお言葉まで下さる方々もおり、感激しています。
皆様の無償のご厚意がなければ、wikiがここまで形になることはなかったと思っています。
この場を借りて、御礼を言わせていただきます。

作品を気に入ってくださった方は、ぜひ拍手のクリックをお願いします。
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 森の中で、梟がホウと鳴いた。
 木々に隠れ、古びた小屋がひっそりと建っていた。
 宵闇が色濃く地を覆う中、窓から漏れる光だけが森をおぼろげに照らしている。朱を帯びた、弱く、心許ない光だった。
 静寂に包まれた森には、小屋から聞こえてくる小さな水音だけがかすかに響いている。とは言え、人里離れた辺鄙なこの場所を、こんな時分に通る者はまずいない。したがって、当然、その光や音を耳目にしている者などいない。
 小屋の中で一人、女性は瞳を瞑り、天を仰いでいた。
 ほどよく突き出たバスト、引き締まったウェスト、艶かしいヒップ。生まれたままの姿を晒した彼女の肢体は、実に瑞々しかった。
 シャワーが彼女の全身に降り注いでいる。
 彼女は白くたおやかな指先を下に向けたまま、微動だにしない。
 悦びに浸っている様子でもない。かと言って、シャワーを嫌がっているようにも見えない。何かの修行や苦行じみたことをしている風でもない。
 ただ、凛としてそこにいるだけだった。
 彼女は表情を変えぬまま、静かにその場に立ち続けていた。
 どことなく憂いを感じさせる瞳を、絹糸のような睫毛が覆っていた。しかし、その瞳の奥には鋭い眼光が閃いており、ある種の力強さを感じさせる。
 明と暗が矛盾なく、見事に調和した妖しい瞳の持ち主だった。

 シャワーは驚くほど水圧が弱かった。尤も、それを「シャワー」と呼ぶのは彼女だけだ。
 彼女は降り注ぐシャワーにじっと身を任せている。
 液体はポタリ、ポタリと彼女の身体を打っていった。とにかく勢いがない。その上、時が経つにつれて、その勢いは弱くなっていくばかりだ。
 やがて、ポタリと音を立てて最後の一滴が落ちた。彼女はその時になって、初めて動きを見せる。
 側に置かれた鞭を手にし、ソレを何度も打ち据える。力いっぱい絞める、引っ掻く。殴る。蹴る。そうして、複数ある出口から、雫が断続的に絞り出され――
 最後に勢いよくナイフを突き立てた時、シャワーに再び勢いが戻った。飛沫のように、液体が彼女の身に降り注ぐ。
 彼女はさして満足そうな笑みを浮かべることも、かと言ってそれを不満に思っている様子を見せることもなかった。
 終始無言のまま、無表情のまま、彼女はただシャワーを浴び続ける。
 透き通るまでに白い彼女の肌が、注ぐ液体によって徐々に赤く染まっていく。
 俯いた彼女の足元には、いつしか赤い絨毯が広がっていた。小屋の壁には、いくつもの赤い花が咲いた。

 シャワーがゴボゴボという音を立てる。
 彼女は静かに微笑んだ。

 窓に赤い飛沫が付着していた。
 漏れてくる光が、少しだけその様相を変えている。
 森の中。もちろんその変化に気付く者はいない。



END

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●サイキックアカデミー煌羅万象 克・亜樹 [講談社]
 1巻:腹にヒップドロップ
 4巻:腹に蹴り、出血
 6巻:腹(胸)に蹴り、出血、吹き飛び
 〃 :腹に膝蹴り、出血、吹き飛び
 〃 :腹にオーラ当て、出血
 〃 :腹(?)に蹴り、出血、吹き飛び

●BLACK LAGOON 広江礼威 [小学館]
 5巻:腹に蹴り、吹き飛び

●打撃天使ルリ 山本康人 [集英社]
 1巻:脇腹に片足フットスタンプ

●ロザリオとバンパイア 池田晃久 [集英社]
 6巻:腹に蹴り、骨折、吐血
 〃 :腹に膝蹴り、吐血

●エンジェル・ハード 克・亜樹 [白泉社]
 3巻:腹に膝蹴り、吐血、苦悶、気絶

●銀魂 空知英秋 [集英社]
 10巻:腹にパンチ


※注
 ・全て女から男への腹責めです。
 ・記載したキーワードは全て、私の見た限りの独断です。
 ・逆リョナ情報をお持ちの方は、ぜひお寄せください。
  (尚、「逆リョナ@wiki」に掲載する情報は、匿名をデフォルトとさせていただきます。)
  → ◆逆リョナ@wiki [ Gyaku-Ryona@wiki ]
 物事がはっきり見えるようになった。それは良い事なのか、悪い事なのか。
 気分がいいと感じた。パッと目の前が明るくなった気がした。夫が側にいることに気付けた。季節による自然の移り変わりがわかった。感情を動かすことの悦びを実感できた。
 周りはそれを「心の健康」と呼んだ。
 でも、時が経ち、それすらも偶像だとわかった。
 空はもはや真っ黒だ。緑なんてどこにもない。季節なんてない。感動は心を乱されるのと同じことだ。家事は私を追い詰めるもの。何より、そのきっかけとなった夫の存在が嫌で嫌で仕方がない。
 残ったのは、何? 今の私には、ただ煩わしい、嫌な現実しか見えない。

 世界は決して変わったわけではないのだろう。
 私の精神や心持ちは変わったと思う。悪い方へ、悪い方へ……
 でも、それ自体、何の意味ももたないのだ。
 そこに気付くのが遅すぎた。

 全てはどうでもいいこと。
 私が何を考えようと、何をしようと、何も変わることはない。
 もちろん、私が生きていようが死んでいようが、世の中には何の支障もない。
 私の夫もまた然り。
 彼が生きていようが死んでいようが、世の中には何の支障もない。
 そう。もちろんあそこにいる子どもも、その親も、若者も、老人も……そしてあなたもね。
 あなたが生きていようが死んでいようが、世の中には何の支障もない。
 例え今ここで、目の前にいるこの醜悪な物体に、私がナイフを突きつけようとも……

 それはどうでもいいこと。
 全てはどうでもいいこと。
 試しに、いつの間にか手にしていたこの光るモノを、振り下ろしてみることにする。
 ……何かが私に降り注いでる。何かはわからないし、別にそれに興味もない。
 見ているけど、見えない。感じているけど、感じていない。
 所詮はそんなもの。そんなもの。


 きっと わらわれるとおもいます
 でも それが わたしのりかいしていることのすべてです
 わたしが そのとき なにをもち なにをかんがえて だれを どうした
 そんなむずかしいことはわかりません まったくわかりません
 ひとつだけわかるのは なにごとも ただすぎていくということだけです



END

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 その日から、私は家事を頑張るようになった。
 掃除、洗濯、ゴミ出し、食器洗い。でも、ひとつが終わるとひとつが気になる。どうしても終わらない。終わらない。終わらない。終わらない……
 空なんてもう、あるのかないのかすらわからない。正直、どうでもよくなってきた。

 今日も家事。次の日も家事。その次の日も。次も……次も……
 でも、夫の顔がなぜか気持ち悪い。顔色はいいはずなのに、気持ち悪い。
 気分が悪い。私は嘔吐した。背中を擦る彼の手が不気味に思えた。

 家事が辛い。辛い。辛い。でも、夫が治るためには必要だと思った。
 でも、帰宅した彼は、顔色はいいが、どこか崩れている。私は再び嘔吐する。
 私を心配する彼がますます汚らわしい。――空? 何それ?

 家事、家事、家事、家事、家事……
 そもそも私は、あんなに気持ち悪くなった夫のために、どうしてこんなことをしているのか。
 もしかしたら、最初から夫はあんな顔だったのかもしれない。
 大体、忙しかった頃は、夫の顔どころか、存在自体見ていなかった気がするから。

 夫が煩わしい。
 私の体調を気にしている姿が気色悪い。すぐにデスクに向かう姿がおぞましい。
 私は心を取り戻すことができるようになったはずだ。それなのに、このところ毎日、この嫌悪感が私を包み込む。物事がはっきりと見えるようになったばかりに、これまで見えていなかったもの、見たくなかったものまでが見えるようになってしまったのだろう。
 残ったのは、夫に対する煩わしさだ。
 彼をよく見てみると、それが理解できる。口煩くて、気持ち悪い存在。

 ――おはよう。
 朝には開口一番それだ。毎日毎日、よくも同じ顔で同じ言葉が言えたものだ。
 ――お茶、入れるよ。
 入れたいのなら入れればいい。どうしてわざわざその行動を説明するのか。
 ――じゃあ、行ってくる。一人で大丈夫?
 お願いだから早く行って。大丈夫なんて、一番返答に困る言葉。そんなこともわからないの?
 ――帰ったよ。調子はどう?
 帰ったことくらい見ればわかるよ。それにその質問。どう答えることを期待しているの?
 ――辛い時は、我慢しないで俺にぶつけなよ?
 あまりに滑稽。私の辛さの原因物質が何をぬけぬけと。浅くて薄っぺらい言葉は酷く汚い。
 ――おやすみ。
 うるさいうるさいうるさいうるさい! もう聞き飽きた! 起きたら、どうせまた「おはよう」って言うんでしょ?

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 今日も夫は暗い。
 帰宅しても「ただいま」の一言もない。無雑作に鞄を開き、書類を取り出し、仕事を始める。
「お風呂、沸いてるよ」
「……あぁ」
「それとも、ご飯食べてからにする?」
「…………」
 口数が少ない。
 お風呂に入ったほうが気持ちいいのに。夕飯を食べたほうが幸福なのに。
 夫は自ら、辛い立場に身を置こうとする。
 そう言えば夫は、以前は専業主夫をやっていたような気がする。いつの間に仕事を始めたのだろう? どうして出かけるようになったのだろう?
 一緒に家にいてくれればいいのに。一緒にいた方がきっと楽しいのに。
 そんなことを考えていると、何となく夜空が綺麗に思えなくなってくるのが不思議だった。

 今日も病院。診察を受け、薬をもらい、一ヶ月後の予約をする。
 空を見上げる。今日の空はいつもより少しだけくすんでいる。
 前と同じ、雲ひとつない空に違いないのに。
 帰宅した夫は今日も暗い。またスーツを脱ぐなりデスクに直行だ。
 私はまた自然の素晴らしさを教えようとした。でも、今日の空はちょっとくすんでいた。
 だから私は黙っていた。

 空はこれまでで一番ドス黒く見えた。相変わらずの快晴が続いているはずなのに……
 何となく嫌な気分になる。何となく外に出たくなくなる。
 夫が帰宅する。夫は昨日よりもさらに表情が消えている。
 気分が悪い。さっさと寝てしまおう。

 今日も病院。診察を受け、薬をもらい、一ヶ月後の予約をする。
 あんなに美しかったはずの空がこんなにも汚いなんて……
 やはり気分が悪い。早く帰って、久しぶりに家事でもしよう。
 帰宅した夫は片付いた部屋と磨かれたキッチンを見ると、少しだけ表情を取り戻した。
 昨日よりは遥かに顔色がいい。
 でも、やっぱり彼はデスクに釘付け。だから私は眠った。

 昨日の夫の表情が忘れられない。
 私が家事をすることで、彼が変わったのだろうか? それはわからない。
 でも、せっかくだから今日は洗濯をしてみた。
 いつの間にか空に興味はなくなった。だって、こんなに灰色なんだもの。
 帰宅した夫は、昨日と同じ程度には顔色がよかった気がする。デスク好きは相変わらずだけど。
 でもやっぱり、私の家事が彼の何かを変えているようだ。

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 だんだんと世界が色付いていった。
 木々の見せる青々とした色を意識することができた。夏には蝉の歌声が鳴り響き、冬には白い雪が降ることもわかった。
 毎朝すれ違うあのサラリーマンは、もちろんそんなことに気付きもしないのだろう。
 新聞というちっぽけな紙切れの世界に釘付けになっている。こんなにも壮大な景色の中で。
 笑いが止まらない。でもそれを笑う資格もない。だってその人も、以前の私と何ひとつ違わないから。
 書類と時計が、あの頃の私の全世界だったのだから。
 夫は常に私の側にいた。どうして気付かなかったのか、不思議でならない。考えてみれば、夫は専業主夫なのだから当たり前だ。ずっと。そう、いつだって私の側にいてくれた。今ならはっきりとわかる。そして、今ならきちんと感謝できる。何より、感謝する時間が取れる。
 日々の忙しさは、そんな日常の簡単なことや、当たり前のことすら忘れさせてしまうものなのかもしれない。感謝や感動、胸の高鳴りや心臓のリズミカルな鼓動。
 感情を動かすことすらなくなっていくのかもしれない。
 それを人間性の欠如と言わずに、何と言えばいいのか。

 私はいつの間にか、人間を名乗る機械と化していたのかもしれない。
 でも今は、こうやって周りを観察することができる。
 息をしていることが嬉しい。歩くことが楽しい。

 今日も病院。診察を受け、薬をもらい、一ヶ月後の予約をする。
 新聞って何だっけ? あんなに毎日熱心に見るほど、楽しいものだったっけ? 書類も、時計も。
 一ヶ月前の私とは少しだけ違う。何が違うかはわからない。でも、変わっていってることだけはわかる。それで充分なのだ。
 やっぱり今日も、空はとてつもなく青い。緑が鮮やかだ。そして夫が側にいる。
 それだけわかれば、他に必要なものなんてない。世界もうまく回っているに違いない。
 
 いつの間にか夫の顔は、随分と老けてしまった気がする。
 声も変わってきた。疲れているのだろうか。
 そんな時、私は決まって空の青さを夫に教えてあげる。
 夫は微笑み、「そうだね」と答える。少しでも夫を元気にできるなら、私は何度でも教えてあげよう。
 彼が以前の私のように、人間を名乗る機械と化してしまわないように。

 でも――
 日に日に夫の眼つきは変わっていった。口数は減り、家でもデスクに向かう時間が多くなっている。
 私に対する態度も変わってきた。精気が感じられない。
 夫はきっと、大切なものを見失いかけているのだ。
 だから私はまた教えた。自然の素晴らしさを教えた。

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 検事になってから、早五年が経った。
 凶悪な犯罪や理不尽な暴力、卑劣な詐欺、痴漢、その他迷惑行為……
 事件がメディアを騒がせない日はない。
 諸悪の根源を断つなんて到底不可能だということはわかっている。
 でも、だからこそ、自分にできる範囲で、悪への制裁に全てを注いだ。もちろん法の下で。
 それが私に与えられた天命。それが私に課せられた一生の課題。
 
 日々がめまぐるしく過ぎていった。
 私の目に入ってくるのは常に、山積みの書類と、無感情に時を刻む時計の針だけだった。
 季節の移り変わりなんて、意識する暇もない。それどころか、外が暑いのか、寒いのか。玄関先にはどんな花が咲いているのか。庭先には何を置いていたのか。虫の声や鳥の声は今、聞こえているのか。それとも聞こえていないのか。もしかしたら、自然など存在していないのではないか。
 とにかくそんなことに気を配る余裕なんてないし、その意味も感じない。

 そう言えば、私には夫がいたはずだ。
 結婚したのはいつだっただろうか。式には誰が来たんだろう。そもそも式なんて挙げたのだろうか。挙げたとしたら、いつ? 指輪をもらった覚えもなければ、婚姻届を提出した記憶もない。夫はいつも側にいないから、忘れてしまうのも仕方がないことなのかもしれない。
 もちろんそんな疑問を抱くこともなかったし、その必要もなかった。要するに、私にとっては、そんなことは考える意味すらないものなのだ。
 検事という仕事。
 それが私の全てだった。この仕事の達成感や充実感は、私にとってかけがえのない宝物だった。

 自分は特別な人間ではない。
 そう自覚する日は、こんな風に突如として訪れるものなのだろう。
 私は法廷で泣き崩れた。足が利かなかった。頭の中が真っ白になった。
 ただ頭の中にあったのは、書類の束と時を刻む時計の針の規則的な動きだけ。
 ――私がいなくちゃ……何も動いていかない……
 それも私が勝手に創り上げた、単なる思い上がりにすぎなかった。全てが空想だった。
 検事である私が公の場から姿を消した時、「別の検事」という人間がすぐに現れた。
 私は検事だったわけじゃない。その時の検事が、たまたま私だっただけ。
 私の代わりなんて吐いて捨てるほどいる。そんなことは、考えたこともなかった。


 今日も病院。診察を受け、薬をもらい、一ヶ月後の予約をする。
 こうしている間にも、犯罪は毎日のように紙面を飾っているのだろう。
 でも、もう私にはそんなことはどうでもいい。
 私がこうやって定期的に病院に通っていても、世界はうまく回っていく。
 私が検事だったころも、同じように世界はうまく回っていた。
 何も変わらない。変える必要もない。まして、そんなことを考える必要もない。
 だって、こんなにも空は青いのだから。

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拘りの鉄 第33回 「逆リョナ」
拘りの鉄 第33回 「逆リョナ」


この度、X-rated search様からお誘いを頂き、「拘りの鉄」コーナーにて、エッセイを執筆させていただきました。
「逆リョナ」をテーマに、ryonazが独断と偏見満載の自論を展開しています。
興味のある方は、どうぞご覧になってみてください。

「逆リョナ」とは何か。なぜ「逆リョナ」に惹かれるのか。
言葉で説明するのは本当に難しいものだと、痛感いたしました。
執筆していくうちに、自分の中で整理される点もあり、大変勉強になりました。
お誘いを下さった管理人のDAI様に、あらためて御礼を申し上げます。


当サイトがお世話になっているポータルサイト様です。
「拘りの鉄」をはじめ、「文派の個独」や「月刊老若男女」など、大変興味深い企画を行われております。
一読の価値ありです。
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女王様シリーズ第八弾です。
毎度のことですが、当サイトにしては、比較的SM色の強いシリーズです。
鬼畜・ハード嗜好の方には少し物足りないかもしれませんが、ご容赦ください。
私自身が、時々この二人の様子を描きたくなるもので。
それにしても、M男性の心理を文章で描くのは難しいなと、つくづく感じています。今なお勉強中です。
これからも精進していきたいと思っています。

いつも当サイトへのご来訪、そして拍手やコメント等、大変感謝しております。
サイトを立ち上げてから何度申し上げたかはわかりませんが、おそらくこの気持ちが消えることはないので。
しつこく御礼申し上げます。皆様、本当にどうもありがとうございます。
当サイトを居心地よく感じてくださる方々のご来訪を、これからもお待ちしています。

今後も、Black Onyx [ブラックオニキス]を、どうぞよろしくお願いいたします。

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 僕は奴隷としてあまりに怠惰だった。
 首輪、羞恥責め、言葉責め、鞭、緊張感――そのひとつひとつは、紛れもない、女王様から享受した恩恵だ。女王様の行為によって僕は興奮し、欲情していた。不自由であるがゆえの自由。拘束されることによる安心感。甚振られることによる充足感。それらの全ては、女王様によって与えられていたものだ。僕は今日、そのことに気付けただろうか。いや……
 僕は本当に忠実になるべきものを、はき違えていた。それは自分の欲望ではなく、女王様だというのに……。あろうことか、女王様の隙を窺って覗きをするなんて……
 自責の念に駆られる。
 僕はいつの間にかエゴの奴隷と化していたのだ。女王様の奴隷――それは僕の勝手な思い上がりだったのかと思うと、悲しくてみっともなくて涙が出そうになる。
 そんな僕の背中に、勢いよく鞭の先が叩き付けられた。鋭い痛みに僕は絶叫する。
「あなたの見ていたのは……私と同じものじゃない」
 そう言って女王様は再度、僕に鞭を振るう。一発、二発、三発、四発――
 皮膚を抉る痛みは、僕の心の痛みだった。鞭とヒールの重みは、僕の心の重みだった。
 情けない。
 自分の不甲斐なさに声を上げることもできないまま、僕はお仕置きを受け続けた。背中に感じていた温かいものが地面に滴り落ちる。血だった。それは女王様の流した涙のように、僕には思えた。
 やがて鞭の雨が止む。僕はぐったりと地面に身を横たえていた。
 女王様がリードを手に、すっと僕の前にしゃがみ込む。身体と心の痛みが相俟って、僕は言葉を発することができない。夕日は今にも、海へとその姿を隠そうとしていた。
「あの夕日が沈みきったら――」
 穏やかだが厳しい口調で、女王様が言葉を発する。その口元には笑みが零れていた。
 僕は全身に冷水を浴びせかけられたような不安に襲われる。その後に放たれるだろう言葉が怖かった。どうしようもなく怖かった。
 ――女王様……。僕は、この愚奴は……
 唇が震え、視点が定まらない。あの夕日が沈んだら僕はきっと……
 『捨てられる』
 それがこんなにも恐ろしいことだということを、僕はこの時、全身で感じていた。
 女王様の眼光に耐え切れず、目を逸らす。女王様はそんな僕の髪を鷲掴みにし、ぐいと自分の目の前に顔をたぐり寄せる。女王様が再度口を開く瞬間、僕は思わず目を閉じていた。
「明日の太陽を待たなきゃね」
 ……予想外の言葉に、虚を突かれる。目を開けると、そこには女王様の笑顔があった。
「一緒に見る太陽は、もっと綺麗なはずよ」
 女王様はそこで一呼吸、間を置く。
「……また明日来ましょう」
 その言葉とともに女王様はすっと立ち上がり、僕を見下ろした。山の涼やかな風が吹き抜けた。
 茜色に染まった女王様の顔が、まぶしいばかりに輝いている。僕の瞳に涙が溢れ、視界が歪んでいく。
 僕はその足下にそっと擦り寄り、ヒールの爪先に口付けた。
 うやうやしく。敬愛の全てを込めて。



END

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