Black Onyx [ブラックオニキス];2008/ 07の記事一覧

ここでは、Black Onyx [ブラックオニキス]での 2008年 07月 に掲載した記事を表示しています。
 ――僕たちが兄妹だってことはバラさないように、事前に先生方にお願いしてあるんだ。
 ――あまりなれなれしくしない方がいいから。もちろんそれが僕のためでもあるし。

 昨日、自分が言った言葉に後悔はない。
 あくまで他人行儀でいることが、お互いのためなのだ。
 僕は美里に目で合図する。
 美里は小さく頷き、にっこりと笑顔を作った。これでいい。これでいいんだ。
 妹は思いやりのある子だ。きっとこんな環境の中で、ずっと苦しんできたに違いない。皆の調和を崩さないように常に笑顔を見せ、心には大粒の雨を降らせながら。彼女は僕が思っているよりずっと大人になっていたのかもしれない。健気で、かわいそうな美里……
 そもそも、こんな遊びがクラス内で罷り通っていることが問題なのだ。
 そう。僕は妹のためなら頑張れる。僕だって教師の端くれなんだ。こんな遊び、僕が今日限りで断ち切ってみせる。
 彩香に胸座を掴み上げられる。僕は彩香の瞳をキッと睨みつける。
「君たちのやってることはいじめだ」
 そう僕は叫んだ。彩香は不敵な笑みを浮かべ、
「うん。それで?」
 と言いながら、僕の襟をさらに強く締める。僕はさらに叫ぶ。
「暴力だ。そしてリンチだ。今すぐ、……うっ!」
 その言葉は途中で断たれた。世界が暗転したような感覚に襲われ、たまらず身体をくの字に曲げる。その時、彩香の拳が深々と僕の腹にめり込んでいるのが目に映った。
「う……ふぐうぅ……」
 想像以上に重いボディブローに、僕は苦悶する。さらに二発、三発と拳で突き上げられ、足に力が入らなくなる。ぐったりと彩香に体重を預ける。彩香は僕の襟を掴んで身体から離すと、再び拳を握り締めた。
 ふと渚ちゃんの方を見る。彼女は口元に笑みを浮かべながら、じっと様子を見ていた。
 ――きっと渚ちゃんは、僕を試しているんだ。Mとして、しっかり耐えられるかどうか……
 美里は微笑みをその顔に湛えている。彼女の気持ちを考えると、それがまた心苦しい。
 僕は決心した。
 ――ここで屈してはいけない。僕は教師だ。この身をもって、正しい道を教えてやらなければ。
 彩香がその妖艶な瞳を僕へと向ける。しかしそれは、僕にはまるで獣が獲物を狙う目のように見えた。その瞳を見つめ返しながら、僕は『頑張ってね、先生』という昨日の渚ちゃんの言葉を思い出していた。
 腹を殴られ続けた。僕を責め続ける彩香は、本当に楽しそうに見えた。だから僕は耐えた。内臓を抉られるような、強烈な拳を腹で受け止めながら、僕は必死で我慢した。
 ――我慢?
 自問の囁きが聞こえる。もちろんだ。僕は間違いなく我慢している。我慢しているんだ。
 ……まるで殺戮を楽しむような瞳が、目の前にあった。……甘い香水の香りが僕を包んだ。

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