Black Onyx [ブラックオニキス];2007/ 07の記事一覧

ここでは、Black Onyx [ブラックオニキス]での 2007年 07月 に掲載した記事を表示しています。
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「とにかくあんたにそんな馬鹿なことを依頼した人間が一体誰で、どこにいるのか知りたい。名前と住所を教えてほしい。そうしてもらえるのであれば、今日のことはなかったことにしてもいい。」
 女はしばらく考え込んでいる様子だったが、やがて口を開いた。
「いいですよ。私的にはもう依頼はこなしたし。名前は…」
 驚くことに、彼女は三人の名前を口にした。それらの名前と住所を手帳にメモする。
 不思議だったのは、その三人の名前は全て知らない人間のものであったことだった。
 聞き終えた後、僕は彼女を解放した。しかし彼女は依然としてそこに立ったまま、不敵な笑みを僕に向け続けるのだった。
 怠慢な態度が鼻についたが、それを気にしている余裕は僕にはなかった。


 気付くと予想以上の時間が経っていた。
 僕は会社に休暇を取る旨の連絡を入れた。こんなに気分の悪い中で出勤する気には到底なれなかった。
 早速さっき聞いた名前と住所を確認し、その中の一人の家へ出向く。
 そこはお世辞にも高級とは言えない古ぼけたマンションだった。現在こういったマンションにはセキュリティシステムが施されているものが多いが、幸いこのマンションにはそういった類のものは設置されていないようだった。
 そのため、指定された部屋へ辿り着くのに共同玄関で部屋番号をプッシュして訪問を伝えたり、防犯カメラを気にしたりする必要はなかった。
 まぁ、相手が不在であったり、居留守を使われたりすれば結果は同じことかもしれないが。
 とにかく相手は常識の範囲外の行為をあの女に依頼していた。正当性は十分にあるはずだ。
 僕はあらためて決意を固めると、部屋のインターホンを鳴らした。


 相手が思った以上に無警戒にドアを開いたので、僕は少し拍子抜けした。
 出てきたのはまたしても若い女だった。赤いワンピースに素足。様子から見て寝起きのようだった。
「あの…」
 僕が言葉をかけ始めた時、まだ寝ぼけているのか女はぼうっとして俯いたままだった。僕は少し待った方がいいと思って間を置いていた。女はそれを察してか目を何度か擦ると、ゆっくりと顔を上げた。
「あ!」

 ――!!――

「ぐあっ!」
 僕は次の瞬間、無様にも玄関の前で蹲っていた。股間を必死で押さえながら…
 ――こ…こいつも…
 苦しみを堪えながら必死で顔を上げて女を睨む。
 女はそんな僕を見下ろしながら、さっきの女と同じように不敵な笑みを僕に向けるのだった。

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「おい。あんた、どういうつもりだ。」
 女に見覚えは全くなかった。タンクトップにミニスカートで、ミュールを履いた端正な顔立ちの女性だった。髪を金に染め上げ、薄めの化粧をしている。
「私に言ってるの? 何のことか全然分からないんですけど。」
 僕の瞳を覗き込むようにして女はそう応える。その口元には冷たい笑みがこぼれていた。
「とぼけるなよ。その表情が何よりの証拠だ。言え! どうして僕にあんなこ…」
 …突然言葉が吐き出す息によって途切れた。掴みかかろうとする僕を制するように女の拳が鳩尾に捻じ込まれている。僕はたまらずその場に蹲った。
「うっ…ぐ…」
「落ち着いてくださいね。ちゃんと聞いてください。私は何も知りませんから。」
 そう言うと女はまたも口の端を弓なりに曲げて笑みを零す。しかし僕もここで引き下がれるわけがなかった。この女が嘘をついていることは明白なんだから。
「あ、あんたこそ真剣に聞けよ。僕は理由を知りたいだけなんだよ。どうしてこんなことを。」
 女はなおも笑みを絶やさないまま、大きく息をついた。
「どうして知りたいんですか? そんなこと知ったって何も変わらないのに。」
 言っている意味が僕にはよく分からなかった。ただ、その言葉は遠まわしではあるが、確かに女の行為を肯定するものだと感じた。
 僕は少し気持ちを落ち着けてから、ゆっくりと女に話した。
「当たり前だろ。僕はもう少しで死ぬところだったんだ。僕に殺されるような理由など思い当たらないし、仮に何か理由があるのなら教えてくれ。どうして僕を…殺そうとしたんだ?」
 僕の必死な思いが彼女に通じたのだろうか。彼女は再び大きく息を吐くと、諦めたような表情を見せてゆっくりと項垂れた。そして顔を上げ、僕の瞳をさらに深く覗き込んだ。その鋭い眼光に僕は少したじろぐ。しかしここで怯んでは相手の思うつぼだと、僕は虚勢を張って凄んだ。
「はぁ。仕方がありませんね。実はある人に頼まれたんですよ。」
 その言葉に嘘はなさそうだった。しかし頼まれたからと言ってそんなに簡単に人を殺すなんてことがあってはたまらない。その気持ちは彼女にもよく伝わっているようだった。
「殺すつもりはありませんでした。ただ股間を蹴るように頼まれただけです。」
 ――…一体誰が?
 やはり自分には心当たりがなかった。まして殺すつもりではなく股間を蹴るようになんて…
 異常な彼女の発言に僕はしばし開いた口が塞がらなかった。
「報酬もはずむって言うんで、それくらいだったらって。それが偶然今この時間、この場所だっただけで。」
「でも…現に僕はただ蹴られるだけじゃ済まなかったかもしれない。下手したら死んでいたかもしれないんだぞ? その責任はどう取ってくれるんだよ。」
 女は覗き込んでいるその瞳を大きく見開き、今度は大きな声をあげて笑った。その笑いの意味が分からず僕は困惑する。
「それで? 私はどうすればいいの?」

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 駅のホームは混雑していた。
 夏も本番となり、その熱気は思考能力を悉く奪っていく。
 ワイシャツが汗で背中に貼り付き、緩めようと触れたネクタイも既に湿り気を帯びていた。
 夏の朝の通勤ラッシュは地獄に等しい。
 人混みをかき分けながらやっとの思いで乗車口まで来た時、さわやかな一筋の風が頬を撫でる。
 その一瞬で幸せを感じられるほど、今日の暑さは酷かった。
 これほどの人数がいる中で、乗車口のすぐ側を陣取ることができたのは、幸運だった。
 「電車がまいります」と表示する電光掲示板をぼんやりと眺めながら、電車が来るのをただただ待つ。
 やがて、ホームに電車が入ってくるのが見え、僕は何となく呼吸を整えた。

 ……その時だった。

 突然、僕の股間に強烈な衝撃が走った。
 どうやら後ろから股を思いきり蹴り上げられたらしい。
 内臓に込み上げてくる言いようのない激痛に、僕はたまらず崩れ落ちそうになる。
 目の前に入ってきた電車はまだ徐行するに至っていない。
 このままでは電車に撥ねられてしまうと、必死で倒れ込みそうになる自分を抑えた。
 ――な…何てことを…
 たちまち憎悪が胸いっぱいに広がる。無理もない。一歩間違えば自分は命を落としかねなかったのだ。
 痛みを堪え、必死で辺りを見回す。
 やがて電車が停車すると、降車口から人の群れが大量に溢れてきた。
 僕は、自分を命の危険に晒した悪人を突き止めようと、動き出した人混みを必死で凝視した。

 ――!!――

 先ほど降車した人の群れの中に混じって、そいつは確かにそこにいた。
 冷たい瞳とうっすらと口元に浮かべた笑み。女だった。
 顔だけをこちらに向け、僕をじっと見つめたままで、人混みに紛れて遠ざかっていく。
 僕はその女が犯人だと直感的に感じ取った。
 身体を少し前屈みにしながらも、その女から絶対に目を離さないようにして後を追う。
 ――何が目的なんだ。何故、僕を…
 もはや会社どころではなかった。幸い今日は少し早めに家を出た。あいつを問い詰めてからでも十分間に合うだろう。いざという時は休暇の連絡をすればいい。
 ――とにかく絶対にあの女を捕まえて問いただしてやらねば。
 人混みをかき分けながらどんどんと距離を縮める。
 やっとのことで彼女に追いつくことができたのは、改札前にまで来た時だった。

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読者の皆さんへ向けたメッセージです。
意味はぜひ、皆さんに考えていただければと思います。

正直言いまして、少しスランプ期に陥っていました。
何とかアイデアが形になってきたところですので、次回作を執筆中です。
毎度のことですが、次の連載の前にはまた小説目次に予告をUPします。
ぜひそちらもチェックしてみてください。

これからもますます頑張っていきます。
今後も、Black Onyx [ブラックオニキス]をよろしくお願いいたします。
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 最近よく、ある夢を見るようになった。
 あらゆる方法であなたを逝かせる、そんな夢。
 目的や程度、その手段は違えど、そこには確かにある共通のテーマがあった。

『私が男を痛めつけること』

 それは苦痛にもがく男の姿を見ること。それは屈服する男を見下ろすこと。
 それはあっけなく無惨な姿を晒す男を笑うこと。それは主導権を握って男をほしいままにすること。

 何故そんな夢を見るのかって、そんなことは私には知り得ない。
 ただ理性や綺麗事では片付かない、あくまで本能的な欲求だと私には思える。
 その中には確かにあなたが存在していた。
 あなたを逝かせるために、私は様々な手段を使った。

 ある時は、徹底的に暴力をふるい、最後には私のものにした。
 ある時は、その体全体を切り刻み、顔だけの存在にした。
 ある時は、道具を使って血まみれにして殺した。
 ある時は、絶対服従を強いて私の奴隷にした。
 ある時は、複数でリンチして地獄の苦しみを与えた。
 ある時は、拷問にかけておとなしい子猫のようにした。
 ある時は、逆主従関係を築いて痛めつけた。
 ある時は、虫けらのように地獄へ葬った。
 ある時は、人目につく場所で辱めを与えた。
 ある時は、圧倒的な権力をもって絶対服従をさせた。
 ある時は、友達も一緒に嬲ってあげた。

 それから…他にも何かしたような気がする。
 ううん。それらはもしかしたらまだしていないのかもしれない。
 きっとまだしていないこともたくさんあるはずだから。


 いつからこの夢を見るようになったのか、よく覚えていない。
 ただ、夢の中の女性に私の意識が入る。歳も姿もその時々で違う。
 私とは違う人間であるはずなのに、まるで私自身が体験しているかのように思えるのだ。
 そして感じる、生々しさ。
 殴ったり、蹴ったり、潰したり、壊したりする感触。私を覆う冷酷な感情。匂い立つ血の温かさ。
 その愉悦は私の意識にこびり付き、忘れようもないほどの記憶となった。

 私がこの夢を見るように、誰かも同じ夢を見ているのだろうか。
 こう思ったのは、幾晩かの夢を経た後のこと。
 私が『女』に同化するように、その誰かは『男』に同化するのだろうか。

 ――『男』はあなたなんでしょう?

 今日も私はあなたを虐め、逝かせる。
 あなたは私に虐められる。そして、きっと逝かされる。
 ……楽しみましょう……
 毎夜繰り広げられる、この無惨で残酷な夢を。



END

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トラウマは、心的外傷とほぼ同意だそうですね。
外的または内的要因による衝撃的な肉体的、精神的ショックから、心の傷となってしまうことを指すそうです。
今回の主人公は、そのトラウマの典型と言えますでしょうか。
幼児期における双子姉妹からの性的暴行や暴力が原因。
幼い日の傷は、些細なことで発現する可能性があるということですね。
私はS性やM性というものも、この類に入るのではないかと勝手に思い込んでいるのですが……

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 僕の頬から涙が一滴落ちる。忘れていた。僕の記憶の中の暗い陰の部分…
 今度は本当に全てを思い出した。だからこそ僕は涙を流すことしかできなかった。
 彼女たちから受けた仕打ち。僕は彼女たちから逃げ出すとともに、彼女たちの記憶そのものも追い出していたのだ。それなのに…
「忘れちゃったんだよね?」
「じゃあ私たちのこと忘れられないように、しっかり刻み込んであげなくちゃね。」
 背筋が凍りついた。鼓動が高鳴り、心拍数がどんどん上がっていくのが自分で感じられるほどであった。あの日の記憶が、今ここに再現されようとしている。
「や…やめてくれ…思い出した。思い出したから…。は…春菜。奈津菜。僕はもうちゃんと思い出したから…頼むから、やめてくれ…」
 必死で声を振り絞る。春菜は僕の首を両手でしっかりと掴み、激しく絞めつけた。息ができない。きつい瞳の端がもち上がり、さらに冷たさを帯びている。冷笑を浮かべ、その視線は喰い入るように僕に注がれていた。もうほとんど呼吸もままならなかった。血管が押さえつけられ、血が通わなくなっていく頭が、僕を朦朧とさせる。
 同時に奈津菜は、倒れている僕の腹を再び何度も殴りつけた。胃液が込み上げてくる。その度に僕は激しく咳き込み、悶絶した。内部を全て破壊されてしまうほどの鋭いパンチを何度も受け、僕はとうとう口から勢いよく血を吐き出した。僕の顔を伝って血が床に零れ落ちる。
 二人に責められ続け、僕は既にほとんど意識を失いかけていた。その姿を見た彼女たちは、笑いながら僕に残酷な言葉を浴びせかける。
「何それ? そんなこと言っても、もう遅いよ。」
「そうだよ。浜木くんは私たちの大切な大切な――」
 ――人形…。そう、僕は人形なんだ……。あの日のまま……。彼女たちにとって…僕は……
『私たちの部屋、見たんでしょ?』
 その言葉が何度も頭の中を駆け巡る。あそこには確かに…彼女たちの「人形」がたくさんあった。
 既に僕は意識を失いかけていた。朦朧とする中、二人が僕の身体中を愛撫する。僕のモノを激しく扱く。
 快楽は、理性を僕から遠ざけていく。しかし僕には分かっていた。これから起こるであろう結末を。だからこそ、例え叶わなくとも、ここでしっかりと言っておきたかった。殺さないでくれ、と。最後の望みをかけるように……精一杯、そう叫んだ。
「ふふ……面白いね…浜木くん。殺したりなんか…しないよ。大切な人だもん…」
 それが僕の言葉の意味を汲み取る答えでないことはすぐに分かった。奈津菜の声は地を這うようにして僕の胸の奥に咬みつく。僕の確信に追い打ちをかけるように春菜が相槌を打つ。
「うん。壊れても…ちゃんと直してあげるから。ずっと遊んであげる……これからもずっと……」
 最後の望みはかくも儚く一蹴された。全てを絶たれた僕にはもう、何も残されてはいなかった。
 二人はゆっくりとドレッサーに手を伸ばすと、そこから想像通りの物を取り出した。ナイフだった。僕の手と足にナイフが突きつけられる……
 二つの手はそれぞれに僕へと愛を語る。手足は徐々に温かくなっていく。最期の瞬間を感じながら、僕はやがて目を閉じた。

 ………そして僕は、人形になった。



END

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 精気を吸い取られたような感覚と、心地よい疲労感が僕を包み込む。僕を凌辱し続ける彼女たちに対する羞恥心や罪悪感など、今の僕には感じる余裕はなかった。
 ――欲望のままに、感じるままに…
 そういった囁きが耳元で聞こえた気がした。
 記憶の終着点なんて、本当はないのかもしれない。僕の感じている『引っかかるもの』の存在が全くの虚像であったとしたら、どんなによかっただろう。

 …しかし僕は見てしまった…。

 彼女たちのすぐ背後にある、別の部屋で見たのと同じドレッサー。それが意味するものに勘付いた時、僕は記憶の奥底を突いていた一つの点をあらためて指し示された。それは、喉に痞えている魚の小骨が取れたような安心感と…そして新たな恐怖心を同時に僕に与えるものとなった。


 ――ぎゃあああ! 何すんだよ、やめろよ馬鹿!
 ――何で? どうして嫌がるの?
 ――私たち、浜木くんのこと大好きなんだよ?
 ――だからって、こんなことするなんて!
 ――だって、私たちのお人形さんは嫌がらなかったよ。
 ――そうだよ。大好きなお人形さんはみんなこうしてあげるの。
 ――この変態! お前らのことなんか好きじゃない! 嫌いだ! 嫌いだ!
 ――何それ? そんなこと言っても、もう遅いよ。
 ――そうだよ。浜木くんはもう私たちの大切なお人形さんなんだから。
 ――や…やめて…やめて…ぎゃああああぁ!


『私たちの部屋、見たんでしょ?』
 さっきの春菜の呼びかけが僕の頭の中に再び鮮明に蘇ってきた。
 ――私たちの部屋…私たちの…
 それがどこを意味するのか、さっきの僕は気にも留めていなかった。しかし今の僕にははっきりと分かった。さまざまな人間のパーツで彩られた…漆黒の闇を思わせる空間。
 そして今、僕の目の前に見えるドレッサー。その中に、本来そこにあるべきでない違和感を覚える品が入っているだろうことは容易に想像できた。
 だって、さっき…他ならぬ僕自身が使ったものなのだから…

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 ………

 ――男の子ってここ触ると気持ちいいんでしょ? ねぇ、気持ちいい?
 ――えっと。うん、ちょっと気持ちいいかも。
 ――胸は? ここも気持ちいいでしょ?
 ――う…うん。何か不思議な感じ…


 思い出した。僕は思い出してしまった。彼女たちだ。やっぱり彼女たちだったんだ。春菜…。奈津菜…。うすうす勘付いてはいた。が、僕の無意識が、それを思い出すことを悉く拒否していたのだ。
「や…めて…や…め…て…」
 喉の奥から声を振り絞る。もはやぼろ屑のようになった僕は、そう声を漏らすのが精一杯だった。それは、記憶をこれ以上辿りたくないという僕の気持ちの現れでもあった。
 しかし春菜は、下半身をまさぐるその手を止めようとはしなかった。
 さらに奈津菜が反対側から同じように僕の陰茎を刺激し始めた。与えられる快楽に、僕は意に反して射精していた。快楽が僕の神経を強く刺激する。射精しながら、同時に僕の意識がどんどんと鋭敏になっていくのが分かった。
 彼女たちに与えられた辱め。それは彼女たちにとって、もちろん僕にとっても幼い日のちょっとした好奇心の賜物だった。罪の意識が僕の中に再び大きな唸りを上げて芽を出す。
 春菜は今と変わらぬきつい瞳のままで、奈津菜も今と変わらぬカールの髪のままで、互いにこうして僕を玩具にして遊んでいたのだ。しかし、まだ僕の記憶が最終地点に到達するには少し時間がかかりそうだった。
 ――この心的外傷の原点…。それは何だった?…何か…重要な 何かが…
 僕は必死で脳を回転させていた。春菜がゆっくりとその唇を僕の首元へあてがう。首筋から上半身にかけてをゆっくり…じわじわと味わうように彼女の舌先が這う。
 春菜と反対方向に頭を向けた奈津菜が僕の陰茎を喉の奥まですっぽりとのみ込む。僕の意思とは裏腹に下半身はまたも大きく膨れ上がり、再び神経が過敏になっていくのが分かる。与えられる刺激が僕を覚醒させる。
 ――あの日と同じだ。研ぎ澄まされた空間の中での、禁断の遊び。そう、遊びだ。それは僕にとっても同じだった。何が、どうしてこんな風に…
 これが僕の記憶の中にあった全てではないことは自分自身がよく分かっていた。しかしこの先が、目指していった道が、まだぼんやりと霞んで見えない。
 ――何が…何が…。僕が彼女たちに対する全てを忘れてしまった何か…

 まるで苦悩する僕を茶化すように、僕の下半身はまたも暴発していた。

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 どれくらい責められていただろう。既に使い古されたサンドバッグのようになった僕から、彼女たちは一斉に手を放した。僕は支えを失い、そのままばたりと床に突っ伏す。
「私たちの部屋、見たんでしょ?」
 きつい瞳の子が唐突な質問を僕にぶつける。しかし僕は痛みと苦しみから声を出すことも出来ない。
「忘れちゃったんだね。何もかも。私たちのことも。」
 カールの子が寂しげな表情を浮かべているように思った。そんな彼女の表情とさっき見た光景がふいに僕の頭の中でクロスする。記憶の中で重なり合う像は、まさしく僕の遠い記憶であった。


 ――ねぇ、浜木くん。私たちのこと好き?
 ――好きだよね? 結婚してくれるんだよね?
 ――え?…あ、うん。
 ――じゃあ、いいよね。
 ――いいよね? ね?
 ――いいって…な…何を…

 そこで見たものは、確かにここと同じ場所であった。以前にもここに来たことがあるような気がしていた。それを僕に肯定させるように、その記憶が僕をあざ笑う。

 …やめてくれ…


「わあっ!」
 一瞬脳裏をかすめた遠い記憶にこれ以上ないほどの恐怖と嫌悪感を抱き、僕はすかさずそれを頭の中から追い払った。頭を抱え、乱暴に横に振る。
 ――これは…
 朦朧とする意識の中、それが自分の記憶であることだけははっきりと分かった。しかし、僕の限りなく本能に近い部分が、それを呼び戻してはいけないという警告を発する。
 ――いけない…いけないんだ…
 僕は再び薄れた意識に身を委ねた。そんな僕の精神状態を察したかのように、彼女たちはくすくすと笑い声を上げていた。
「ほら…逃げないんだよ…」
 諭すようにそう言ったカールの子が不敵な笑みを浮かべながら、またも倒れ込んだ僕を視線で貫く。
「…ちゃんと思い出してごらん。」
 きつい瞳の子が優しい声で僕に語る。そして…まるで僕に寄り添うようにその身体を密着させた。その手が僕の股間へと伸びる。そして陰部をゆっくりと擦り始めた。その行為に僕は激しく反応した。欲情からではない。記憶の奥の方で、僕への警告音がさらに大きく高鳴ったからである。
 ――や…やめてくれ…やめ…

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「悪い子にはお仕置きが必要だね。」
「そうだね。」
 二人の薄ら笑いが目の端に映る。僕は身体を丸めたままじっとしていた。恐怖心から自分の肩が小刻みに震えているのが分かる。
 ふいにカールの子が膝をつき、その瞳を僕に向けた。それはまるで人形の瞳に嵌められたガラスのように無機質な光を放っていた。
 喰い入るように僕を見つめている。鼻の頭に吐息を感じるほどの距離で。見るものの心を鷲掴みにしてしまうような眼光に僕は竦み、動けなくなる。蛇に睨まれた蛙のような感覚に包まれ、思考が麻痺する。
 きつめの瞳の子はその様子を確認すると、僕の首をじわりと掴み、反対の手を僕の脇の下へそっと忍ばせた。そして、まるで操り人形でも扱うかの如くゆっくりと僕を持ち上げて立たせた。そして壁に背中をぴったりとつけた状態で固定される。僕はその手の導くままに、ただ身体を動かした。
 カールの子の突き刺さるような視線がまだ僕を縛り付けていた。骨抜きにされた僕の様子を見て、きつい瞳の子は可笑しくて仕方がないようにふふっと笑う。彼女はその手にじわじわと力を込めていった。
 首が絞め付けられる。僕は抵抗しなかった、いや…出来なかった。
 竦み上がった僕は、既に彼女たちに抗う術を見失ってしまっていた。
 カールの子は僕から視線を決して離そうとはしなかった。そのまま僕の腹に拳を抉り込む。胃液が喉まで上り、激しい酸味に苦しむ。込み上げてくる嘔吐を必死で堪える。しかし彼女は攻撃の手を緩めなかった。人間サンドバッグ状態の僕は、カールの子に何度も何度も殴られ続けた。そのパンチは内臓を抉り出されるかと思うほどの衝撃だった。僕はとうとう口から胃液を噴き出す。きつい瞳の子に喉を絞められているため、胃液は口の端を伝ってだらだらと下に流れ落ちた。僕はあまりの苦しみからたまらずごぼごぼと激しく咳き込んだ。
 しばらくそうした後、カールの子はさらに僕の股間を膝で下から突き上げた。あまりの痛みに僕は叫び声を上げる。しかしそれは押さえられた喉からわずかに漏れ聞こえる程度のものだった。胴の下半分から力を失い、自然と膝が折れる。それでもきつい瞳の子は絞めた手を放そうとはしなかった。ぐったりと首吊り状態になった。僕の視界は既に霧がかかったように霞んでいた。
 きつめの瞳の子がまだ首を絞め付けたままでいたため、僕は首吊り状態でだらりと身体を垂らしていた。彼女はその手を緩めることなく、僕の両頬を激しくビンタし始めた。いや…それだけではない。彼女は頬を張っていたその手を握ると、さらに僕の顔面を激しく殴打した。自分の顔がみるみる真っ赤に染まっていくのを感じる。首から上半分をきつめの瞳の子が、下半分をカールの子が交互に責める。僕は悶絶し、ただそのまま受け入れるしかなかった。
「この意味、分かるでしょ?」
「ふふ、ちゃんと考えてね。」
 僕の中にはまだ思考というものがあるのかどうか、自分では分からなかった。
 ――今僕は何を考え、何を思えばいいのだろう。目の前の二人に既に屈服し、ぼろ屑のような姿を晒している僕が、一体何を…
 僕にはもはや、彼女たちに抵抗する体力も気力も残っていなかった。

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 部屋を出た僕を包んだのは、先ほどとは全く違った静寂であった。
 不自然な静けさと不穏な空気が、却って僕の恐怖心を煽る。
 ――彼女たちはどうしたのだろう。
 まだこの別荘の中にいることは確実だろう。大きく、早く脈打つ心臓を無意識に押さえ息を殺す。
 歩き回るのは危険だが、かと言ってこのままじっとしていても埒が明かない。僕は再び足音を忍ばせて別荘内を歩き始めた。

 足元が覚束なかった。情けないことに、さっきの格闘で既に僕の身体は悲鳴を上げていたのだ。と言っても、日頃から運動不足で体力に全く自信のない僕にとって、それは特別不思議なことではなかったのだが。
 しばらくあてもなく廊下を歩く。息があがり、足がふらつく。僕はとうとう廊下の壁にもたれかかるようにして倒れ込んだ。
 目眩がする。ふと顔を上げると、目の前のドアが開いていた。かすむ目でそこに見たのは、すらりと長く伸びた美しい脚だった。
 次の瞬間、強烈に顎を蹴り上げられ、僕は為す術なく身体を宙に舞わせた。仰向けに倒れ込んだ僕を一人の女が冷たい笑みを浮かべながら見下ろしていた。きつい瞳の子だった。僕は蹴り上げられた衝撃で思考を失っていた。


 無抵抗のまま僕は部屋に連れてこられた。入ったことのない部屋だった。四畳半くらいだろうか。いくつか見てきた部屋の中でも、ここは一際小さいように思えた。
 僕は部屋の片隅に寝かされていた。ぼうっとする頭で彼女たちの方へ顔を向ける。彼女たちは黙って僕を見下ろしていた。当然だがカールの子も同じく既に服を着ていた。きつい瞳の子と色違いの水色のチュニックにマイクロパンツ。ウェスタン調のブーツを履いていた。
「どうして…こんなこと…。僕を、どうするつもりなんだ…」
 彼女たちは顔を見合わせ、深い溜息を漏らした。異様な空気が辺りを包む。
「許せない。約束、忘れちゃったんだね。」
「ね。やっぱりそうだね。」
 そう言うが早いか、カールの子が僕の睾丸を握り、両掌の中で擦り合わせる。僕は激痛のあまり叫んだ。朦朧としていた意識が強制的に覚醒させられる。彼女が笑いながら手を放す。
 今度は瞳のきつい子が、僕の腹にストンピングする。反射的に身体が海老のように丸まる。僕は内部から込み上げてくる嘔吐を必死で堪えた。
「や…やめてくれ…」
 恐怖心と痛みから僕は身を丸めて縮こまった。これから彼女たちに何をされるのか考えるだけでも恐ろしかった。何より彼女たちの動機や心情が全く見えてこない。その「見えざる敵」への恐怖心ばかりがどんどんと膨らんでいった。

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 ふいに意識が覚醒されていくような感覚に襲われる。僕はその光景に明らかなデジャヴを感じていた。しかしまだその時のことをよく思い出せない。頭をかすめた記憶の断片が僕にひどい頭痛を与える。
 先ほど痛めつけられた身体中の痛みも相俟って僕は貧血に陥り、思わず膝をついた。
 僕は何かを忘れているんだ。ただ、それが何なのかはまだ全然分からない。
 僕は必死でそれを思い出そうとしていた。それは、今目の前にあるこの光景を客観視したかったからかもしれない。恐怖心から解放されたかっただけなのかもしれない。これが夢だったらどんなにいいことだろう。
 目の前いっぱいに散乱した人間たちのパーツに発狂しそうになる。身体中を嬲りものにされたのだろう。それぞれの部位が傷つき、無惨な姿を晒している。
 ――僕も同じ目に…
 そう捉えた時、彼女たちに対する恐怖心が増大する。これを現実のものとして受け止めるだけの勇気が僕にはなかった。
 ――どうして…何のために…
 そう考えることで、僕は何とか平常心を保とうとしていた。僕には、何か思い出さなければいけないことがある。この件に関する重要な何かを忘れている。考えようとするたびに酷い頭痛が僕を襲う。しかし僕は確実に、彼女たちのことを知っているはずだ。
 ――はるな…なづな…。確かにそう言っていた。それは彼女たちの名前か?…
 引っかかるものがある。その名前には聞き覚えがあるような気がした。いや、確実に聞いたことがある名前だった。しかし彼女たちの顔を見た時、それらの名前は全く浮かんでこなかった。何より僕は、あの時彼女たちと初めて会ったはず。名前は聞いて思い出せても、それ以上のことが全く思い出せないということに奇妙な感覚と違和感を隠しきれない。
 ――はるな…なづな…
 頭の中で復唱してみても何も分からない。僕は考えるのをやめた。


 部屋に転がるパーツの群れへの恐怖心がなくなったと言えば嘘になる。僕の記憶の断片とのかかわりが既に気にならなくなっていたと言っても嘘になる。ただ、今はもうとにかくここから逃げなければという思いが僕の中の大部分を占めていた。
 ――こんな恐ろしい思いをするのはもう嫌だ。
 そして僕は、自分の気持ちに正直になることを決めた。彼女たちのことだって、もうどうでもいい。思い出せないという事実が、今の僕にとっての真実だ。もう二度とかかわりたくない。それが僕の正直な気持ちだった。

 僕はそっと部屋を後にした。

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 どのくらい屋内を走り回っただろう。彼女たちの気配を感じなくなると、僕は再び別の部屋に入った。

 ……!!……

 この部屋は何か雰囲気が違う…。とっさに僕はそんな風に感じた。何かが…
僕は目を凝らした。
 …人だ!…
 そう。確かにこの部屋には人の気配がした。
 ――二人のうちのどちらかか?…
 僕は警戒し、身を低くする。さらに目を凝らすと、そこには確かに彼女たちではない人の顔がはっきりと見えた。
「た…助けてください。」
 期待から出た言葉ではなかった。無意識に僕はそう口に出していた。誰でもいい。とにかくここから出してほしいという思いだけが僕の中に強くあったのだ。しかし、次の瞬間それは全く別のサプライズをもって僕を迎えた。
 ――あ…あぁ…
 僕は恐怖に震え上がった。部屋中の至る所に人の姿が見える。ただしそれは生きた人間のものではなかった。そこにあったのは…バラバラに切断された人間の頭、胴体、手、足…
 ただの肉の塊となった人間のパーツが、部屋中に散乱していたのだ。
 僕はあまりの恐怖に声が出せなくなった。息苦しさと同時に込み上げてくる嘔吐を必死で堪える。
 ――これは…彼女たちが?…
 そう考えたとき、遠い記憶が僕の中に断片的に、しかし鮮明に蘇ってきた。幼い頃の…


 ――ねえ、大きくなったら私たち二人のおよめさんになってくれる?
 ――うん。別にいいよ。
 ――本当? やったね、はるなー。
 ――うん。すごくうれしい。なづなは?
 ――うん。私もすごくうれしいよ。

 …何だ?…

 ――この馬鹿! 何やってんだよ?
 ――え?…手術ごっこだよー。浜木くんもやろうよー。
 ――私たちはお医者さんで、この人形が患者さんなの。
 ――だって…だって…その人形…

 …これは…僕?…

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 勢いよく引いた彼女の肘が鳩尾に深く突き刺さり、僕は一瞬息が止まる。すかさず僕のナイフを持った手を掴んだかと思うと体勢を低くし、一本背負いをかけてきた。
 ドスンという音とともに、僕は受け身をとる間もなく背中から地面に叩きつけられる。
「ぐあっ!」
 手首を強く握られ、ナイフを離してしまう。それを確認した彼女は足でナイフを踏みつけて押さえ、反対の足の裏で僕の喉元を押さえ込んだ。ローファーが喉に喰い込む。あまりの苦しさに僕はひどく咳き込んだ。
「ほら、もう一度言ってごらん? どうしたいって?」
 彼女は踏みつける力を徐々に強くする。ぐりぐりと踏み躙る。喉が潰れてしまいそうだ。
「が…か…」
 何とか声を搾り出すが、それは言葉にはならなかった。思いきり彼女の脛や脹脛を殴りつけ、何とかその足を退かそうとするが、力の差がありすぎる。僕の口から泡のようなものが噴き出されてくる。苦しい。今にも気を失いそうになりながら、僕は必死で抵抗した。
「本当に、何も覚えてないんだね。」
 彼女はその言葉と同時に僕の喉を押さえていた足を若干緩めた。僕はたまらず激しく咳き込む。しかしこれを好機と判断した僕は、力を振り絞って起き上がり、とっさに勢いよく彼女に渾身のタックルを見舞った。
 ドサッと二人で倒れ込む。彼女に覆い被さるような体勢になった。しかし先に声を上げたのは僕の方だった。
「うご…えええっ…」
 とっさに彼女は覆い被さる僕の腹に膝を突き立てていた。上から倒れ込む勢いがカウンターとなって物凄い衝撃が僕の腹に響く。たまらず嘔吐し、床に倒れ込んで悶絶する。彼女はゆっくりと立ち上がって仰向けで悶絶する僕の腹を再度踏みつけた。胃から吐瀉物が込み上げてくる。
「許さないからね。」
 彼女は冷たく言い放ち、寝そべっている僕の頭を蹴り上げた。天地がひっくり返るような感覚が僕を襲う。頭を無意識に押さえ、今度はうつ伏せに倒れ込む。彼女はそんな僕の髪を掴み、無理矢理引き起こした。そして髪を掴んだまま何度も平手打ちをする。頬がどんどん熱くなってくる。
「何で…どうしてこんなこと…」
 顔が腫れ上がってしまったのか、視界がぼやける。目を凝らして何とか彼女の表情を見る。意外にも彼女の目からは涙が溢れていた。
 ――僕の言葉がそうさせたのだろうか。
 彼女は一瞬手を緩めた。僕はその隙を見逃さなかった。
 僕は必死で手を振り上げて髪を掴まれた手を払うと、彼女の頬を力任せに平手で二度殴り、それからドアに向かって全力で走った。
 廊下に出ることができた。ふらつく足で走った。とにかく走った。背後から彼女が追ってくる気配を感じることはなかった。

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 ゴトンという音が別荘内に響き渡った。
 コンクリート仕立てのこの別荘では、少しの物音が館内中に聞こえる。僕は無意識に息を殺した。
 彼女たちが動き出したのだ。先ほどの部屋を出て廊下を歩いている音がよく聞こえる。
 僕は恐ろしくなった。考えてみれば、いつかこの時が来ることは最初から分かっていたことだった。しかし、その瞬間の恐怖心というものがこんなに大きなものだということは、少し前の僕にも想像がつかなかった。
 部屋の一室に籠る。じっと息を潜めて耳を欹て、彼女たちの動きを読む。コツコツと響く足音が徐々に遠ざかっていくのが分かる。きっと僕を監禁していた部屋へ向かったのだ。いずれ異状に気付いた彼女たちは…
「くそっ!」
 思った以上の大音量で間もなく予想通りの反応の声が聞こえてくる。すぐ側で聞こえた気がして僕は身を震わせた。
 ちっという舌打ちの音。ヒステリックな二つの声が耳を劈く。僕は思わず耳を塞いだ。
 いずれこの場所にもやってくるだろう。
 ――こうなったら…やるしかない…
 僕は物音を立てないように気をつけながら部屋の中をかき回した。何か武器になるものはないかと懸命に探した。部屋には小さな木のドレッサーが置かれていた。引き出しを一つ一つ開けて中を確認する。
 ――これだ…
 そこには口紅やパフなどに紛れて一つのナイフが入っていた。そっと手に忍ばせる。部屋の内側からドアにそっと近付き、廊下の様子を探る。一つの足音がこちらに近付いてくる。どうやら手分けをして探し始めたようだ。
 ――やるなら、今しかない。
 ドンという音を立てながら一つ一つのドアを開けて中を調べていっているのが分かる。もう、すぐ隣の部屋までやってきている様子だ。僕は覚悟を決めた。勝敗などどうでもいい。ただ、もうじっとしていられなかった。

 やがて僕のいる部屋のドアが開かれた。ドアの背面に貼り付くような形で身を隠す。当然だが、彼女は既に服を着ていた。ピンクのチュニックにマイクロミニのスカート、黒いハイソックスにローファーという格好だった。僕は心臓の音が相手に聞こえてしまいはしないかと思えるほど鼓動を強くしていた。
「動くな…」
 彼女は硬直した。僕は声を低くして腕を彼女の背後から首に絡ませ、反対の手でナイフを首元に突きつける。彼女の表情は読み取れない。僕より背が少しだけ高かった。髪の感じからしてそれは瞳のきつい方の子だった。ちっという舌打ちが聞こえる。そのままお互いに動けなくなった。
「ふぅ…どうしたいの?」
 彼女の声は余裕に満ちていた。状況は僕の方が圧倒的に有利なはずだ。ここで怯んではいけない。
「僕を、ここから出せ。」
 しばし、互いを沈黙が包む。彼女の表情は窺えない。しかし、肩を少し震わせているのが分かった。
 ――笑っているのか。
 僕はたじろいだ。予想もつかなかった彼女の反応に驚きを隠せない。その油断が、僕にほんの少しの隙を与えたのだろう。彼女はそれを見逃してはくれなかった。

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 その音は、二人の喘ぎ声だった。それが胸の奥と下半身を刺激する。僕は好奇心に負け、そっとドアノブを回すと少しだけドアを開き、中を覗き込んだ。思わず目を疑う光景が目の前に広がる。
 扉の向こうで彼女たちは全裸になっていた。身体をくねらせ、互いに絡み合っている。激情に身を任せるように、お互いを求めて激しく愛撫し合っていた。二人の息遣いが荒くなり、時折天井を見上げては腹の底から突き上げるような喘ぎ声を上げる。こちらに気付く様子は全くない。
 僕の思考能力が一瞬で停止した。僕は勃起していた。女性の性器を見るのは生まれて初めてだった。艶かしい身体だ。僕は思わず息を呑む。突然僕を襲った強烈な刺激は、僕から理性そのものを奪っていた。こんな状況にあるにもかかわらず、僕は無意識にズボンのチャックを下ろしていた。
 僕はすぐに射精してしまった。精液がドアに勢いよくかかり、どろりと下に垂れていく。罪悪感を抱きながらも、僕の麻痺していた思考は徐々に戻ってきた。射精によって性的な興奮が抑えられてきたためであろう。僕はそっと部屋を後にした。


 ――今のうちにどうにかして逃げられないだろうか。あの小さな窓を破って外に出ては…いや駄目だ。それこそ彼女たちに自分の居場所を知らせているようなものだ。第一あの小さな窓から自分の身体が抜けるかどうかも危うい。
 取り付けられた窓はそれほどまでに小さかった。
 ――彼女たちのいる部屋は分かったんだ…いっそこちらから牽制しては…。いや…
 またしても脳内に規制がかかる。僕は生まれてこのかた喧嘩などしたことがない。例え何か武器になるような物を持ったとしても、それを扱う自信もなければ勇気もない。何より……
 カールの髪の女から腹に受けたパンチを思い出す。不意打ちだったとはいえ、僕はあの細い腕から繰り出されたパンチ一撃で伸されてしまったのだ。腹に受けた衝撃は想像を絶するものだった。きっと武道か何かをやっているに違いない。きつい瞳の子だって同じように強い可能性は極めて高い。彼女たち二人を相手に僕が勝てる確率なんてゼロに等しいだろう。
 ――どうすりゃいいんだ…
 僕は途方に暮れた。肩を落としたままふらふらとまだ別荘の中をうろついている。これまで何度も何かに躓き、倒れかかった。ぶつけた足には生傷がたくさんできていた。彼女たちだっていずれ僕がいなくなっていることに気付いて探しに来るだろう。
 ――見つかったら…一体何をされるんだろう。
 この広い別荘内を歩き回り、僕はほとほと疲れてきていた。目は少しずつ慣れてきたが、まだ自由に歩き回れるほどではない。しかしそれと同時に僕は、この別荘の全体像が見えてくるにしたがって、何かこの場所に見覚えがあるような気がしていたのだ。もちろん僕の勘違いである可能性はあるが…
 ただ、今の僕にはそんなことを考えている余裕など到底なかった。一刻も早くここから逃げ出したい。その思いが、僕の足に命令を下す。歩け歩けと僕を必死で駆り立てていた。

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 車の中でのことをふと思い出す。彼女たちの会話からすると、ここはどうやら彼女たちの別荘であろう。もちろん僕は別荘など持っていないから詳しいことは分からないが、僕のイメージの中にある別荘とこことはあまりにかけ離れたものだった。
 洒落たインテリアでもなければ、落ち着ける空間といった感じでもない。壁や床は全てコンクリートで出来ていた。したがって、僕が連れてこられたままの格好で、しかも屋内で靴を履いていても別段違和感はないのだろう。
 ここには日の光そのものがほとんど入ってこない。何かのホラー映画にでも出てきそうな大きな屋敷といった感じだろうか。いや…
 僕はとりあえず別荘の中を散策してみることにした。幸いにも彼女たちの気配は感じない。
 内部は広い。しかしどの部屋を覗いてみても光がなかなか入ってこない。違和感を覚えて僕は天井を見上げる。僕がここに屋敷とも少し違ったイメージをもった理由が分かった。ここには窓がほとんど取り付けられていないのである。どの部屋を見ても、あるのは天井高くにある小さな窓だけだ。
 ――監獄…
 寒気を覚える。
 外へと繋がっていると思われる扉はいくつか見つけたのだが、いずれも押しても引いてもビクともしない。おそらく外から閂でもかけられているのだろう。
 二階で一つだけ見つけた開く窓は、僕が背伸びをしてようやく届く位置にあった。ぶらさがって何とか身体を持ち上げてはみたが、すぐにそこから出られないことが分かった。窓の下は一面の鉄柵がこちらを向いてそびえ立っていたのだ。飛び降りたら当然命はない。恐怖心がさらに増大する。他にも覗いた部屋の小さな窓に力を込めてみるが、どこも開く様子はない。どうやら完全に閉じ込められてしまっているようである。
 ――畜生…冗談じゃない。
 僕は必死になって外へ通じる扉を探した。しかし結果は僕の期待を悉く裏切った。

 …!!…

 ふと人の気配を感じてドアの前で立ち止まる。扉の向こうの部屋からかすかな話し声が聞こえてくる。
 僕は無意識に影を潜めた。きっとあの双子が会話しているに違いない。
 そっと扉に顔をはり付け、耳を欹てる。
 ――許せないよね…
 ――うん。
 ――どうやって思い出させよっか。
 ――そうだね…
 かすかに洩れてくる声。二人の声だ。僕の話をしていることはまず確実だろう。僕の恐怖心がますます肥大する。
 ――何故なんだ…。何故、彼女たちは僕のことを知っている? 何故、僕を狙う?
 考えても何も浮かんでこない。それ以前に、彼女たちはきっと間もなく僕のいるはずの場所にやって来るだろう。見つかってはまずい。
 僕はすぐに部屋を離れようとした。しかし、次に内部から聞こえてきた音は僕の予想とは大きくかけ離れたものであった。僕の身体が凍りつく。あくまで本能的な欲望が芽を出し、僕を再びドアの前に引き止めていた。

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 僕たちは喫茶店を後にした。
 大学内のマドンナとも言えるこの二人と自分が時を一緒にしていることの優越感と罪悪感が同時に僕に降りかかってくる。
 当の二人はと言えば…僕のそんな気持ちなどには気付いていないように嬉しそうに両側から腕を組む。
 何という至福の瞬間だろう。僕は憧れの二人に囲まれてすっかりいい気分になっていた。
「あの、浜木さんはこれからまた講義とかあるんですか?」
「あ、いや…別にないけど。」
 嘘をつく。こんなに素晴らしい時間を自ら放り出す手はない。僕の言葉に二人はまた歓喜の声を上げる。
「じゃあちょっとドライブにでも行きませんか?」
「うんうん。浜木さんともっとお話したいしね。」
 それを断る理由など僕にはなかった。二人が車を停めてあるという大学内の駐車場まで足を運ぶ。
 きつめの瞳の子が車のエンジンをかけ、おもむろにトランクを開ける。その行為が何となく気になった。
 ――何か入っているんだろうか?…
 それとなくトランクに近付き、そっと覗き込んでみる。何も入っていない。
 ふと後ろをふり返ると、もう一人のカールの子がにっこりと笑顔を僕に向けていた。
 ――え?…

 ……!!……

 一瞬の出来事だった。彼女は笑顔のまま肘を目一杯後ろに引いたかと思うと、渾身の力で僕の腹を殴りつけた。息が止まる。
「うっ!……」
 僕の腹にめり込んだ拳を、まるで内臓を抉るようにぐぐっと捻る。開いた口から僕の舌が自然と垂れた。
 遠のいていく意識の中、カールの子の不敵な笑みが目の端に映った。



 次に気付いた時は、トランクの中にいた。
 車中、つい眠ってしまっていたらしい。目が覚めると知らない部屋に寝かされていた。この部屋には光がほとんど入ってこないため、時の頃は全く想像できなかった。
 ――逃げなければ!
 とっさにそう思った。身の危険を感じる。彼女たちは、何でこんなことを…
 考えていても何も始まらない。とにかくここから逃げなければ…
 手足にはまだ縄が施されていた。長い間血が通っていなかったためか、ひどく痺れている。
「うぐっ…」
 と思わず呻く。殴られた腹にまだ痛みが残っていた。
 込み上げてくる吐き気に耐えながら必死で身を捩り、なんとか縄を解く。口に貼られたガムテープを破る。しかし手足や口の自由は、決して僕自身の自由を保証してくれるものではなかった。
 薄暗い部屋の中をうろつく。何とか手探りでドアを見つけると、開けてそこから飛び出した。

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 周りの視線が痛い。
 あれほど取り巻きの多い彼女たちと一緒に僕はここにいる。周りから見れば、両手に花を絵に描いたようなものだ。当然と言えば当然のことである。
 大学近くの喫茶店だということもあり、僕たち以外の客も皆、学生であった。
 四人掛けのテーブル席で彼女たちの向かいに座り、コーヒーを注文する。彼女たちの分も、と思ったが二人はそれぞれ自分でティーセットを店員に頼んでいた。
 それにしても見れば見るほどそっくりだ。しかしこうやって間近で見ていると少しずつその違いも分かってくる。髪の色はほとんど同じだが、向かって右側の子は若干毛先が内巻きにカールしていた。身長は座高から見て左の子の方が少し高い。左側の子が少しきつめのアーモンド型の瞳であるのに対して、右側のカールの子は優しそうな瞳をしている。筋の通った鼻梁、艶やかな唇は二人に共通していた。
 こんなに間近で二人をじっくり見られるなど、夢にも思わなかった。再び胸が高鳴る。
「ごめんなさい。急にお付き合いいただいて。」
 向かって右側のカールの子がさりげなく僕に言う。
「本当に大丈夫でした?」
 左側のきつめの瞳の子がそれを受け、加えて質問する。
「あ、あぁ…うん。」
 気のない返事をする。愛想笑いの一つもできないほど、僕は緊張していた。まだ狐につままれたような気分だ。これは何かの余興だろうか。ひょっとして罰ゲームか何かか?…そんな気さえしてくる。
「あー、でも本当に同じ大学まで来ちゃったねー。」
「うん。こうやって会うこともできたし。」
 彼女たちの会話の内容が頭に入ってこない。僕は戸惑いはもちろんのこと、彼女たちの美しさに翻弄されて頭がぼうっとしていた。気が付くとつい見惚れてしまっている自分に気付く。
 店員が注文の品を持ってくるまで、僕はこれが現実であるということすら忘れそうになっていた。
 すぐさまコーヒーを一口啜る。同時に彼女たちも紅茶に口をつけた。
 少しずつ落ち着いてきた僕は、やっとこの状況を受け止められるようになってきていた。しかし、これが現実であるからこそはっきりさせておかなければならないことがあった。
「あの…」
 セットのケーキに手を伸ばした彼女らに思いきって声をかける。
「はい。」
 二人は元気に返事をした。視線が同時に僕に注がれる。にこやかな表情が可愛らしい。
「どうして、僕の名前を知ってたんですか?」
 ここに来るまでずっと気にかかっていたことだった。しかしその言葉を聞いた彼女たちからは、明らかな表情の変化が読み取れた。さっきまでの穏やかな表情が消え、うつむくような姿勢で動きを止める。
「覚えて…ないんですね。」
 二人が同時に言葉を発する。先ほどまでとは打って変わったドスの効いた声だ。口元にうっすらと冷たい笑みを浮かべている。空気が一瞬にして凍りつくような感覚に襲われる。彼女たちの目は据わり、僕に突き刺さらんばかりの強い視線を向ける。二人とも小刻みに身体を震わせている。
「え…と…」
 訳が分からずうまく言葉が出てこない。二人が目を見合わせる。その次の瞬間、二人はにっこりと僕に笑顔を向けた。さっきまでの愛らしい笑顔だ。
 僕は困惑した。今のあの空気は?…僕の勘違い?…

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 噂が広まったのは、彼女たちが僕の通う大学に入学してきて間もなくのことであった。
 新入生に、外見から中身まで、まるで否の打ちどころがないほどの完璧な女の子がいるという。
 芸能人にも滅多にいないような美女となると、噂にならないほうが不自然というものだろう。しかも一卵性双生児で、二人ともが男たちの心を虜にするには十分な美貌とオーラをもっているらしい。
 そんなわけで、彼女たちの噂が僕の耳に入るまでそれほど時間はかからなかった。美人双子姉妹。それだけでもちろん他の学生らが放っておくわけはない。
 僕も構内で少しだけ見かけたことがある。二人とも背が高く、すらりとした肢体につんと前に突出した魅力的な胸。ブラウンの髪に突き刺すような強い瞳。アクティブな容姿とは裏腹に清楚なイメージを漂わせる物腰の柔らかさと人当たりの良さを持ち合わせていた。
 講義の合間には必ずと言っていいほど男子学生の群れが彼女らを取り囲んでいた。僕もまた見たいと何度か休憩時間に足を運んだこともあった。だが、常に取り巻きに囲まれた彼女たちの姿はあれ以来少しも見ることができなかった。何度かこっそりと講義中に彼女らの姿を覗きに行ってもみた。しかし、いずれも失敗に終わった。やはり高嶺の花に近付くのは容易ではないらしい。
 結局その後も、僕は彼女たちの姿を見ることはできなかった。
 そんな僕の目に彼女たちが再び映ることになったのは、彼女たちが入学してきてから約二ヶ月ほど経った頃だった。
 通う都合を考えて大学のすぐ側の定食屋でバイトをしていた僕は、その日は早上がりで講義までの時間が空いてしまっていた。そのため、仮眠室代わりに使うつもりで普段はめったに行かない図書室に行った。彼女たちをたまたま目撃したのはまさにその時であった。図書室の座席に隣り合わせに座った二人は、とても輝いて見えた。
 胸が高鳴る。あれほどまで思っていた二人を、まさかこんなところで見ることになるとは夢にも思わなかったからだ。でもこれはチャンスだ。幸い周りには取り巻きの姿も見えない。今しかない。
 僕は勇気を振り絞って彼女らに近付いた。
「あの…」
 彼女たちの視線がふっと僕に向く。僕はどんな顔をしているだろう。想像したくもない。
「はい。」
 貫くような魅惑的な瞳だ。彼女たちのあまりの美しさに僕はその後の言葉が続かなかった。自分から話しかけておいて何とも情けないやつだ。自責の念を強くする。しかし彼女たちからは思いもよらぬ言葉が返ってきた。
「浜木さん。」
 突然名前を呼ばれて僕は呆気にとられた。言葉を失う。
「やっと会えたね。」
 何が何やら分からない。何故…名前を?
「今、お時間ありますか? せっかくだから、ね。」
「そうだね。いいですか? 浜木さん。」
 とっさの出来事に、僕の思考は既に停止してしまっていた。

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 闇が迫ってくる。
 暗闇がこんなに怖いものだと感じたのは、生まれて初めてのことだった。
 息苦しさと心にかかる重圧が、この闇をさらに深く、厚くしていた。
 いつ明けるとも知れないこの狭い空間に身を委ね、ただ怯えることしかできない。あくまで本能的な恐怖心が僕を支配していた。
 壁一枚分ほどの厚みを隔てたところに、彼女らは確かに存在している。しかしその距離は近くて遠い。何より僕と彼女たちを遮っているこの薄い「壁」こそが、そもそも僕と彼女たちとの立場の違いを顕著に表しているのだ。
「あの子、どうしてあげようか。」
 こもって聞こえてくる声はすぐ側からだ。しかしこの壁一枚分の厚みのために遠くに聞こえる。
「別荘まではもうちょっと時間がかかるから。それまでに考えよ?」
 それに応える声もまた同じようにこもって聞こえてくる。トーンこそ高いが、その声色は冷たく乾いている。
 ――こんなことになるなんて…
 この短時間に心の中で何度こう叫んだだろう。あの時、行動を起こしたのは間違いなく僕だった。しかしその結果、今自分が置かれているような状況に陥ろうなど、一体誰が予想できただろう。僕はもう考えることに疲れてしまっていた。
 僕は彼女たちと場所を共にしながら、しかし彼女たちとは全く違う立場でここにいた。僕の手足を固く結んだ縄と、口にしっかりと貼られたガムテープがそのことを如実に物語っていた。
「あ、ちょっとそこで止まってくれない? ジュース買ってきたい。」
 と言った声が響くと、これまでこの空間を包み込んでいた振動がやがて止まった。間もなくバタンという音とともに一人の気配が消えた。この場に残ったもう一人の声が僕に語りかける。
「ねえ、ちゃんと生きてるよね? ふふ、これからたくさん可愛がってあげるからね。」
 無論、口を完全に塞がれている僕はそれに応えることなどできない。しかしこの問いかけには一つの意味があった。
 彼女には僕の姿が見えていないのだ。当然、僕からも彼女の姿は見えない。何故なら僕は、彼女たちの走らせるこの車のトランクに、海老のように身体を丸めて押し込まれていたのだから。
 間もなく、再び車内にバタンという音が響いた。もう一人の女が戻ってきたのだ。
「ありがと。はい、これ。それじゃ、お願いね。」
 その声とともにエンジン音が鳴り、再び車は走り出した。これからどこへ向かうのか、僕はこれからどうなるのか、それら全てのことを知っているのはきっと彼女たちだけなのだろう。これから先のことを考えてみても僕にはまるで分からない。
 僕は、恐怖心と必死で闘っていた。
 この冷たく重い空間の中、ただ運ばれていくしかない自分は、まるで人形のようだった。

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作品を読んでいただいている方はお気付きだと思いますが、ヒロインは『瀕死遊び』の彼女です。
前回と同じ私立麻美大嶋学園高等部を舞台にし、彩香だけに焦点を当てた作品として執筆しました。
でも、相変わらずクラスの男嬲りブームはまだ続いているんですね。
今後どうなっていくのかは、私にも分かりません(笑)

更新ペースについてのご相談にお応えいただいた方々、本当にありがとうございました。
随分と迷って決定しておきながら、未だに自分自身がこの緩めたペースに戸惑い気味です。
毎日更新を続けてきたため、何となくペースをつかみづらいと言いますか……
まだ形については迷っている部分もありますが、しばらくこの緩いペースを保っていこうかなと思っています。
ということで、次回作はまた数日後にUPしようと思います。
小説目次に予告をUPしていますので、興味のある方はぜひご覧ください。

話は変わりますが、先日DTIからのスパムコメントが多数投稿されました。
ですので、一時的にDTIからのコメントの禁止設定をしています。
万一、コメントを投稿できないという方がおられましたら、ご面倒ですがメールフォームよりご連絡ください。
(※現在解除)

毎度、ご愛読いただいている読者の方々への感謝の念でいっぱいです。
ワンクリックや拍手へのご協力も、大変嬉しく思っています。
今後の作品も併せて、よろしくお願いいたします。
また、作品についてのご意見やご感想等は、お気軽にコメント欄へお願いします。

●彩香のキャラ絵 →  

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 時が経つにつれ意識が朦朧としていく中、彼女の声が耳の奥の方でかすかに聞こえてくる。
「随分と汚してくれたね。でも今日はこれくらいで許してあげるね。」
 誰も時間を計ってないから…と彼女が呟いたが、俺にはその意味は図りかねた。『今日は』という含みのある言い方にも引っかかりを覚えるが、その意味を頭の中で咀嚼し、理解につなげるには今の自分は明らかに役者不足であった。
 玉を責められたことによる内部の苦しみは未だに消えることなく、俺を中から突き上げてくる。下半身が熱い。既に麻痺しかけた陰部の感覚は、まるでソレが俺から切り離されたものであるかのような錯覚を俺に与えていた。
「私、ちょっと気に入っちゃった。彼氏にしてあげてもいいかな。」
 俺の身体は既に蛻の殻の状態であった。嬉しい感情とは裏腹に、言葉を発する気力すら残っていない。
「毎日きちんと受けられるんだったら付き合ってあげる。ふふ、どうする?」
 その残酷な言葉は、俺を見事に地獄の底の底へと蹴落とした。
 ――こんなことを毎日?…それじゃ身体が壊されてしまう。でも…でも…俺はそれでも彼女のことが…
 自問する。意識ははっきりとせず、判断力も既に失われていた。俺は彼女の本性を知らなかった。
 ――きっとこの決断で、俺の人生は大きく変わるだろう。
 直感は俺の中で徐々に確信へと変わっていった。しかし、それでも俺は彼女への思いをどうしても断つことができなかった。視線を上げると、彼女が俺ににっこりと微笑みかける表情が見て取れる。俺をじっと見つめる彩香が愛おしくて仕方なかった。
 選択の答えは…俺の中で決まった。
 ――この女を…このあまりにも魅力的な女を自分のものにできるなら…
 静寂を保っていたこの部屋の中に、昼休みの終わりを告げるチャイムの音が 物々しく響いた。鐘の音は余韻を残し、そしてまた静寂が訪れた。
 ――午後の授業が始まる。これが…最後のチャンスかもしれない…
 しかし内臓を突き上げるような痛みと、何度も果てた疲労感が俺に自由を与えてくれない。
「あ、もうそろそろ授業が始まっちゃう。そろそろ行かなきゃね。」
 彼女が立ち上がる。
「ふふ…私が欲しいんでしょ?」
 最後の選択を迫るように、彼女は俺に問いかける。あどけない笑みが俺を悩殺する。
 ――俺は…俺は…彩香のことが…好きだ…
 俺は首を縦に振ろうとした。しかし俺の身体はもはやピクリとも動かなかった。


 彼女は何も言わず、俺に背を向けた。ドアを開け、そのまま小走りに廊下を走っていった。
 軽やかな靴音だけが、俺の耳にいつまでも残った。

 俺はもしかしたら、彼女の代わりに『自分の命』を手に入れたのかもしれない――



END

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「あ…あ…ああぁ…」
 刺激され、寸でのところでその手を止められる。射精は許されない。しかしそれは俺にとって生きしに見る地獄そのものであった。
 ――逝けないことがこんなに苦しいなんて…
 もどかしさと、はちきれんばかりの欲求が渦巻き、俺は半狂乱のようになっていた。
「も…もう許してくれ。逝きたくて…逝きたくて…狂いそうだ。」
「じゃあ私とのことは諦めちゃうんだね。」
 彼女の冷たい言葉が宙に舞う。悲しそうな声色とは裏腹に、彼女はこの状況が楽しくて仕方がない様子に見えた。
 彼女はさらに俺の顔面に腰を下ろした。俺の欲情が最大限に掻き立てられる。
 鼻が潰れてしまうような痛みに耐えながらも、俺は彼女のふんわりとした尻の感触がたまらなく気持ちよかった。そしてそれがなおも俺を昇天へと一歩も二歩も近づけているのだ。
 臀部で俺の顔を痛めつけ、そうかと思えば這うように俺に身体を密着させ、その指と舌で俺の雄を刺激し…。それを何度も何度も繰り返す。
 あまりの気持ちよさに耐えきれず、俺はとうとう二度目の大噴射をしてしまった。
 俺の学ランは白い液体でグチャグチャになった。同時にその飛沫は彼女の顔にかかってしまった。

「…今…何したの?…」
 驚くほどドスの聞いた声だった。見ると、彼女の顔は恐ろしいまでに無表情であった。
 顔にかかった俺の精液を冷静に袖で拭く。そして…ゆっくりと立ち上がると、先ほどとは比較にならない強さで俺の両足首を握ると、股を大きく開かせた。
「こんなに汚して…。覚悟はいい?」
 さっきまでの穏やかな、ちょっと悪戯混じりの笑みとは明らかに違う彼女の表情。俺の背筋を下から上へと冷たいものが走り、首筋を通って脳内で破裂する。彼女はしばらく俺の足の付け根をじっと見つめていた。その瞳は、まるで獲物を狙う肉食動物のようだった。瞬き一つせず、俺の陰部から目を逸らさない。あまりの彼女の豹変に言葉を失う。冷や汗が額に滲んでくるのが分かる。次の瞬間…俺の内臓へ強烈な衝撃が響いてきた。彼女は俺の股間を容赦なく蹴り始めたのだ。
「ぐあああ!!がああああ!!ぎぃやあああああ!!!」
 玉の表面の痛みはやがて内部へと伝わってくる。膀胱を押し付けられ、胃の奥深くを締め付けるような苦しみが後から尾を引いてやってくる。七転八倒の痛みと苦しみはこの世のものとは思えない。内臓を押し潰されるような感覚がいつまでも続いていく。
 苦悶の絶叫が教室中に響き渡る。しかし彼女の蹴りの嵐が止むことはなかった。足の甲で蹴り上げられる。足の裏で踏み潰される。踵を思いきり振り下ろされる。終わらない彼女の玉責めに耐えきれず、既に真っ赤に腫れあがった俺の亀頭からはとうとう血が噴き出した。この時彼女は、精液に加えて血飛沫までも浴びることとなった。
 俺はその地獄の苦しみから自然と股間を守るように身を屈め、狂ったように絶叫し、悶絶した。その痛みが俺に気絶することすら許してくれなかった。

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