[18禁] 逆リョナ系SM小説サイト  ~美しき女性たちの狂気~
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 直接ここに赴いたことが間違い……?
 喉が擦り切れるような音を幾度も発しながら、修造は自問する。尤も、通常であれば多岐に及ぶ彼の思考も、理性の働く遑のないこの状況下ではあだ花だ。
 できるだけ苦しめるよう希望されていた。
 日と時刻を指定された。
 セッティングも彼女が行った。
 何より――、本人が死ぬことを望んでいた。
 麻耶の提示した条件を並べてみる。
 ――他に、どんな方法が考えられたというのか。
「げほおっ!……っ、ごふっ」
 屋外でがなる蝉の声も、修造には届かない。ただ、
「苦しい?」
 耳元で鳴る麻耶の静かな声だけが、修造の意識に働きかけていた。
「ど、どうし、っ……ごほっ!」
 疑問に思っていたのだ。
 誰に恨まれてもおかしくない職業柄だ。間違っても、天寿を全うできるなどとは思っていない。それでも、彼女の行為の理由を、意図を知りたかった。
「さあ、どうしてでしょうね?」
 ――なぜ。なぜだ。
 修造の言葉は、彼女の注ぐ絶え間ない水によって遮られた。
 水は生命の源。
 通説のように囁かれる、そんな言葉は嘘だと修造は痛感する。絶えず喉を打つ水は凶器そのものだ。本能が身の危険を告げる。
『吐き出せ!』
 身体の声は咳を要求し、同時に酸素を求めるよう促す。かろうじて呼吸をしてみても、酸素以上の水が体内に入り込む。再び咳きこみ、地獄のような苦しみが身を包む。それでも身体は命令を止めない。
『吐き出せ!』『呼吸しろ!』
 暇ひとつ与えてはくれない。行為をくり返したところで、苦しみは募り、増していくばかりだ。わかってはいても、彼に選択の余地はない。ただ酸素を求めて呼吸をし、そのたびに苦しみが重なる。苦しみを求めているような錯覚にも陥る。それでも彼は繰り返す以外にない。幾度となく。
 今や修造は、身体の指示を忠実に守る奴隷となっていた。



(To Be Continued...)

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 先日の仕事の失敗が、修造を焦らせていたのかもしれない。だからこそ、成功を第一に考えた。もちろん、そのための用心には考えを巡らせた。それこそ、彼でなければ思いつきもしないほど慎重に。
 事の段取りは全て彼女が行った。日と時刻は指定され、手段も彼女から提示され。
 修造は土俵に立つだけでよかったのだ。それがこんなに楽なものだとは思わなかった。
 ――身の回りの用心だけを考えればいい。
 その体制を受け入れたことが、修造の遅すぎる反省だった。
 例えるなら、車だ。車体の周囲の安全を確認し、車に乗り込んだ。シートベルトを着用し、アクセル・ブレーキテストを行ってから車を走らせた。キープレフトを守り、道行く人や対向車を常に意識し、スピードメーターを常に確認し――
 その結果の、……信号無視。
「ごほっ! ごほおっ!」
 麻耶に注がれる水が、修造の呼吸とプライドを同時に奪っていく。その水の冷たさは、彼女の微笑によく似ている気がした。
「案外、無用心なのね」
 麻耶の言葉が修造の胸を抉る。
 周りへの細かい気配りが、事の本質を見誤らせた。欠けていたのは――
「依頼者は協力してくれるとでも?」
 ――この女への警戒心。
 信号なんて目に入っていなかった。あんなにも赤く主張する光を見落とすなんて、思いつきもしなかったのだから。
 女は狡猾だ――、とは誰の台詞だったか。修造は己の愚かさを嘆きながら、
「ごお、げほおっ! っはぁっ!」
 自責の念とともに、再び水を吐き出した。
「……苦しい?」
 色めいた肌を彼に寄せながら、麻耶が問う。もちろん、彼に答えられるはずもない。その青ざめた表情をじっくりと観察し、楽しむように、
「無様ね」
 彼女は嘲笑を含んだ冷たい声を、室内に響かせた。

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 残酷な現実。
 それを修造に教えたのは、身体を拘束している木台と地獄の苦しみだった。
 みるみるうちに呼吸を奪われ、
「っ……、ごほおっ……!」
 修造はまた、口から大量の水を吐いた。
 への字型に曲がった木台に仰向けに寝かされた彼の体と手足は、トラロープで木台の裏にしっかりと固定されていた。漏斗が口内に押し込まれており、
「やめ、やめろ……、っ! ごぼっ!」
 彼の言葉は、絶えず注がれる水によって遮られる。
 木台は、腹が頭より高い位置になり、首がわずかに持ち上がる形状になっていた。そのため、必然的に水を飲み込む速度は遅くなり、呼吸困難に陥りやすい。
 女は終始、無言のままだった。
 その美貌に表情は無く、その瞳は一縷の光も宿していない。咳き込む修造の口元を見ながら、ただ淡々と、断続的に水を流し続けるだけだ。
「ど、どうしっ……かはっ! げほっ!」
 声は虚しく宙に舞う。
 疑問の渦ばかりが、修造の心を覆い尽くした。


 星井麻耶から連絡があった時、修造は思わず笑いそうになった。
 ――案ずるより産むが易し、か。
 当の本人が殺しのセッティングをしてくれるなどとは、考えてもみなかったからだ。
「お待ちしています」
 彼女のその言葉が、あれこれと悩んでいた自分を嘲っている。修造はそんな風に感じていた。己に迫る危機など、察することすらできないまま――
 神経質で用心深い性格。それは修造自身も、また彼を知る人間も、異議を唱えないところだった。
 彼はいつものように革手袋を身に着け、アリバイを確保し、考えられる限りの用心をしてから待ち合わせ場所へと向かった。

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 星井麻耶は悪戯っぽい笑みを零した。
 修造は相手に心臓の音が聞こえてしまいはしないかと内心震えていた。掌の上で踊らされているような感覚が身を襲う。動揺を隠せず、修造は空調の整えられた喫茶店で全身から汗を噴出させていた。そんな彼の瞳を覗き込むように小首を傾げた麻耶は、再びくすりとその顔に笑みを零した。
 一通り契約が済み、麻耶は喫茶店を後にした。
 修造はまだ狐につままれたような気分から解放されていなかった。
 ――解せない話だ。
 気付けば彼は再び、目の前の灰皿を溢れさせていた。

 振込みは後日、無事確認が取れた。
 修造はあらためて仕事の段取りを構想する。
 正直なところ、これまでは半信半疑だった。奇異な依頼内容から考えても、そう簡単に信じられるようなことではなかったからだ。しかし振り込まれた多額の金が、依頼が冗談である可能性を否定してしまった。
 ――あの女は本気で、自分自身を殺すつもりだ。
 そう考えると、あらためて彼女の目的が気になってくる。これまでの仕事は少なからず、殺害される人間は望まない死を迎えた。被害者本人にとってはさぞ無念なことだろう。だからこそ、せめて殺す際にはなるべく苦しまないようにと、彼はそっと殺してきたのだ。
 ある人は眠ったまま目が覚めなかった。ある人は驚く間もなく葬った。ある人は一瞬で肉塊となった。ある人は――
 しかし、今回の場合は明らかに事情が違うのだ。対象人物は自分が殺されることを知っている。そして、なるべく苦しむように殺害しなければならない。
 ――何が目的なのだろう。あの女性は、何を考えているのだろう。
 考えても無駄だということは、修造自身がよくわかっていた。だが一度考え始めると、なかなかそこから抜け出せなくなる。彼は自分のそういった癖を鬱陶しく思っていた。
 ――仕事の成功だけを考えよう。
 彼はそう自分を納得させた。考えてみれば、今回の対象者は自分が死ぬことを知っているわけだから、抵抗による失敗はまず無いのだ。それだけでも、仕事の遂行は実に楽なものだ。今考えるべきことは、いかにして彼女を獄死させるか。それだけなのだ。と、そこまで考えたところで、やはり自分を誤魔化すことはできないのだと察する。
 無理もない。何しろ修造は、これまでスマートなコロシをモットーにしてきた。彼の仕事はまさに「消す」ことだった。痕跡を残さず、被害者は苦しまず。だが今回は……
 修造はまた頭を抱えた。

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「全て、前払いでよろしいでしょうか?」
 口火を切ったのは麻耶だった。その無感情な反応に、修造は驚いた。大金を払って自分が殺されるのだ、ということが本当に理解できているのだろうか。
「えぇ。本来なら依頼金として前金を半分頂き、成功の報酬として残りの半分を振り込んでいただく形にしているのですが――」
「今回は後払いができませんものね」
 さらりと言い、麻耶は上品に笑う。肩紐を再度かけなおし、身を乗り出す。今度は胸が机に押し当てられる形になり、谷間がくっきりと見える。修造は再びタバコに火をつけ、
「まぁ……、そういうことです」
 と、苦笑する。
「振込みが確認でき次第、実行いたします。日時のご希望などはありますか?」
「あ、はい。でも、今はまだ……」
「お気になさらず。方法については、一任していただいてよろしいですか? なるべく苦しまないように配慮しますので――」
 修造がそう言った時、麻耶の目の色が変わった。タバコの火をもみ消し、さらにぐいと彼に身を寄せる。
「いえ。……できる限りの苦痛を与えて殺していただきたいんです」
「え……?」
 修造はしばしその後の言葉が出てこなかった。彼女の意図がわからなかったからだ。
「私に、その……生き地獄を与えてから殺してほしいとお願いしています」
 彼女は落ち着いた口調でそう答えた。
 修造がなおも黙ったままでいると、麻耶はふいに彼の手を握った。突然の彼女の行為に修造は戸惑い、顔を赤らめた。彼女は大きく息を吸い込むと、真剣な表情で彼に詰め寄る。
「どうか、お願いします」
 そう囁き、修造の手を自分の胸元へと引き寄せる。修造は慌てて彼女から手を放した。
「え、あの……」
 修造の目が泳ぐ。
「できませんか?」
「いや……、その……」
 返事に窮し、修造は言葉を濁した。

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 修造は黙り込んだ。かける言葉が見当たらなかったからだ。彼女の眼差しにあらためて目を向けてみるが、彼女のそれは力強く、ふざけた様子など微塵も感じさせない。
「……ご自分が何をおっしゃっているのか、意味はおわかりですよね?」
 言いながら修造は、いつも以上に深く煙を肺へと送り込む。
「えぇ、もちろん。どんなにバカバカしいお願いであるかもわかっています」
「……そうですか。しかし、こんな依頼は初めてで、正直驚いてます。よろしければご事情を――」
 その言葉を遮るかのように、麻耶はハンドバッグからタバコを取り出し、
「よろしいでしょうか」
 修造に視線を向けた。浮かない表情だ。彼は手元の灰皿を相手の方へとずらし、「どうぞ」と促す。ライターを取り出し、彼女のタバコに火をつける。
 麻耶が一服する。口から煙をスマートに吐き出し、手元から煙を上らせたまま、彼女は続けた。
「すみませんが、事情はお話しできません。お察しくださいませんでしょうか」
「そうですか。いえ、私の仕事は確実に目的を果たし、報酬を頂くことにあります。それが全てです。お話ししたくないことを無理に話す必要はありません」
「そうですか。……安心しました」
 麻耶はうなじに手をかけ、さり気なく髪をかきあげた。
 顔を上げた彼女の表情は艶やかだった。見れば見るほど美しい女だ。修造の胸が一瞬、大きく高鳴る。何気なく咳払いをしてみるが、当然、芽吹いた感情を抑える役目など果たしてはくれない。大人びた端正な顔立ち。唇には適度にグロスが塗られている。派手な印象は変わらないが、俗に言うケバケバしさは感じさせない。わずかに汗ばんだ肌が瑞々しい。いつの間にか彼女のキャミソールの肩紐は腕まで下がり、日焼けの跡が見えていた。
 修造は目のやり場に困りながらも、
「では、振込みはこちらへ」
 あくまで事務的な口調で話を続けた。メモ帳をちぎり、名義と口座番号をすらすらと書く。驚くほどの金額を書き添えて。
 ちらりと彼女の方へ目を遣り、メモを差し出す。麻耶は微動だにひとつせずにそれを受け取った。

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 修造に依頼を申し込んでくるのは、ほとんどが女だった。
 当初は、彼自身が意外に思ったものだ。だが、今の彼の結論は違っていた。
 素人であっても、人を殺すことは容易なのだ。驚くほどに。ついカッとなった――それだけでも、簡単に命は奪える。ただ、決定的に違うのは、そこに存在する男女差と、事後に関すること。先ほどのような感情的な言葉は、大抵男から聞かれるものだ。男にはどこか、最終的に腕力という武器がある、という自負があるような気がしてならない。結果的に、コロシそのものには成功している。だが同時に、そんな風だからこそ、紙面を飾ることにもなる。計画性がないのだから、当たり前だ。それが同時に、男の浅はかさを証明しているとも言える。
 本当に殺人を成功させたい――あわよくば、その罪からも免れたい――と思うのであれば、自分のような人間を頼るのが賢明なのだ。仕事がうまく運べば、手を汚さずに相手を消し、自分が裁かれることもないのだから。
 そこで、女だ。
 やはり一般的に言って、女より男の腕力が優れていることは否めない。彼女たち自身も、おそらくそれを自覚しているのだろう。例えば、力で男に劣る女が、男を本気で殺したいと思ったとしたら……? そんな彼女たちが、その先にある罰にまで目を向けたとしたら……?
 結局、女のほうがしたたかで狡猾だというところなのだろう。彼女たちは、頭がいい。
 皮肉めいた笑みを口元に湛えた後、彼はタバコを灰皿に押し付けた。火が消えると同時に、それまで俯いたままだった星井麻耶が、ふと顔を上げる。
「はい。あの……」
 その一言を機に、彼女は再び口を噤む。もちろん修造は、こういった依頼者が饒舌に内容を語ることが少ないことも承知していた。彼女の気持ちを落ち着けようと、修造は二、三の世間話をもちかける。しかし、彼女がその話題に乗ってくることはなかった。
 しばらくするとウェイトレスがアイスティーを運んできた。ナプキンを敷き、その上にグラスを乗せて彼女に差し出す。彼女はそれに口をつけると、ホッと息を吐いた。少し落ち着いたのか、麻耶は再びじっと修造の目を見る。その瞳は真剣そのものだった。冷たさと温かさが調和したような魅惑的な眼光。修造はつい目を逸らし、再度タバコに火をつける。
 彼女が決心したように口を開く。

「……私を、殺してくださいませんでしょうか」

 修造の手からタバコがコトリと落ちた。
「え?」
 彼女はなおも繰り返す。
「私を、殺していただきたいんです」

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「あの、すみません。大善寺修造さん、でしょうか?」
 男とウェイトレスが、一斉にその声の方を見る。
 黒い大きなサングラスをかけた女だった。綺麗にウェーブのかかった長い髪が背中まで伸び、茶色に染められている。派手な印象だ。キャミソールから豊満なバストが覗き、色気を醸し出している。マイクロミニにハイヒールという露出度の高い服装だった。
 男は心が揺さぶられるような感覚から逃げるように、再びタバコに火をつけた。
「ええ、そうです。お待ちしておりました。どうぞ」
 言いながら男は、向かいの席へと手を差し伸べる。女は持っていたハンドバッグを隣の椅子に置き、
「アイスティーを」
 と、ウェイトレスに注文する。
 男は彼女の注文の声を聞くと、軽く手を挙げた。「もう結構」という合図のつもりだった。ウェイトレスはそれを察したのか、一礼してその場を去っていった。
「失礼します」
 弱々しい声とともに、女は向かいの席に座った。サングラスを外す。想像以上の美人だった。女の瞳は突き放すような、それでいて見る者を虜にするような妖しい輝きをもっていた。紅く煌く唇が艶かしさを際立たせ、男はつい見惚れてしまう。
 女は深刻な表情を浮かべていた。俯いたまま黙っている。机の上に置かれた手の薬指には指輪が光っていた。大きな金剛石が、彼女の指の白さ、細さを際立たせているようだ。
 男への依頼は、金銭トラブルや怨恨に関するものが大半だった。だが、彼女の様子を見ていると、どうもそんな雰囲気は感じられない。それは、プロとしての勘としか言えない。
「あらためまして。大善寺です」
 男は会釈をし、名刺を差し出す。そこには小さく『かたづけ屋』と書かれていた。女もまた会釈をし、その名刺に手を伸ばしながら、
「星井麻耶です。この度は、ご足労いただきまして――」
 形式的な挨拶をする。修造はその語調にどことなくぎこちなさのようなものを感じていた。
「いえ。では早速、今回の件について詳しく教えていただけますでしょうか」
 言いながら、修造は再び、無意識にタバコに火をつけた。

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「ご注文はお決まりでしょうか?」
 包み込むような柔らかい声だった。男は仕草こそ冷静さを保っていたが、突然呼びかけられたことで、内心は動揺していた。声をかけられて初めて、新聞から目を離す。慌ててその新聞を無雑作に折り曲げると、ようやくメニューに目を通す。
「これは失礼。えぇ、と……」
「まだのようでしたら、後ほどお伺いしますが」
「いえ。大丈夫です。……アイスコーヒーを」
「アイスコーヒーおひとつ。以上でよろしいでしょうか?」
「はい。お願いします」
「かしこまりました」
 そこまで話して、ようやく男はウェイトレスの顔を見る。さわやかな印象の女だった。
 ウェイトレスがその場を去るのを確認し、彼は再び新聞を手にした。「ふうっ」と再び大きな溜息をつき、
 ――仕方がない。次の手を考えるか……
 仕事用の手帳を取り出すと、忙しく手を動かし始めた。

 ウェイトレスがコーヒーを持ってくるまで、三分もかからなかった。「灰皿、お取替えしましょうか」という言葉を聞いて初めて、男はタバコが山盛りになっている灰皿に気づく。
「あぁ、こりゃどうも。お願いします」
「はい。少々お待ちください」
「すみません」
 男は頭を下げる。ウェイトレスが灰皿を交換し、水をグラスに注ぎ足すのを漠然と見ながら、ちらちらと時計を見る。
 ――もうすぐか。
 店内を見回す。
 約束の時刻より早く来るのは、男の癖だった。そしてその間に、これまでの仕事のことやこれからの仕事のこと、その関連項目や物証となりそうなものなどを手帳にメモし、整理するのだ。彼は昨日の失敗による警察の動向や世論などを細かくメモしていた。
 やがてひとりの女が、彼の横から遠慮がちに声をかけた。

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 鴉が一羽、また一羽と肉を啄んでいった。
 高層ビルの間には、狭い路地がある。光ひとつ入らない。人ひとり通ることすら労を要する。当然、そのような不便な場所をわざわざ通る人間もいない。そもそも、路と呼ぶにはあまりにも狭すぎる。気づいている人間がいるかどうかも疑わしい。
 鴉は次第にその数を増し、現れた肉塊に群がっていく。
 ひとつ、またひとつと肉がちぎられていく。誰の目にも触れることなく、その摂食作業は淡々と続けられた。
 この炎天下で、肉塊は既に腐敗し始めていた。既に原型を留めていない。周辺には腐乱臭がじわじわと漂っていく。それでもまだ、そこにある異状に気付く者はいない。尤も、そのうちこの場所を通る不幸者が現れたとしても、その肉塊が人間の死体だと即時判断できる人間は少ないだろう。それほどまでに、「ソレ」はヒトの形を保っていなかった。
 側には、揉み消されたタバコの吸殻がひとつ落ちていた。


 男の手元からは常に煙が上がり続けていた。
 上品で質素な印象の喫茶店だ。入口に見える黒を基調とした看板には、緑の文字で"loveless"と書かれている。店内はさほど広くなく、客もまばらだった。暗めの照明とわずかに聞こえるジャズのメロディ、カウンターで静かにグラスを磨くマスター、その全てが、落ち着いた店の雰囲気を作り上げている。
 壁際のテーブル席に腰を下ろした男は、小さな窓から見える都会の街並みに目を遣る。
 エアコンの効いた店内は、真夏の暑さとは無縁だった。汗だくで歩いていく人の群れを見るともなしに見ながら、男はしばしぼうっとする。こうやって一日中、何もしないで過ごすことをふと考えてみる。それが叶わぬ願いだということも、彼は重々承知していた。
 朝刊を手に男は、今日何度目になるかわからないほどついた溜息を吐く。
 ――失敗だったな……
 新聞の一面を飾っていたのは、殺人事件の記事だった。
 男は今回も、いつものように自殺に見えるように巧妙な罠を仕掛けた。殺し屋の彼にとって、これほど早く警察が動き出したことは大失態だった。不味そうにタバコをふかしては消し、同時に別のタバコに火をつける。新聞がバサバサと煩く音を立てていることすら微塵も感じなかった彼が、側にいるウェイトレスに気付くはずもなかった。

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