[18禁] 逆リョナ系SM小説サイト  〜美しき女性たちの狂気〜
 男は女性との間合いをはかるように、覚束ない足取りで後退する。その視線は絶えず、女性の左耳に注がれていた。距離を取り、じわじわと弧を描くように女性の周りを移動する。
 対する女性は、特に身構えることもなければ、緊張感をもっている様子もない。目線と顔の向きだけで男を捉えながら、ただじっとその場に立っていた。
「っ、だああっ!」
 と、威勢のよい声を絞り出し、男が突進する。
 もともと狭い地下室だ。足がふらついているとはいえ、ものの数歩で距離は縮まる。しかし女性は動じない。男が体当たりの姿勢を取ってから、女性はようやくわずかな動きを見せる。
「ぐあはああぁっ!」
 絶叫が響き渡る。その声の主は男だった。
 女性は突進する男の背中をポンと軽く叩いて逸らし、勢い余って通り過ぎたところを狙ったのだ。女性が振り上げたヒールの爪先は、正確に男の股間を捉えていた。睾丸を突き上げられた男は、その足の動きを止める。ビクビクと身体を小刻みに震わせる。両手で恥部を押さえながら、男はあっけなく、その場に前のめりに蹲った。
「あ……があぁ……」
 呻き声を漏らし、男は悶絶し続ける。床に突っ伏し、身体を右へ左へと揺さぶる。
 女性はそんな男の姿を一瞥すると、
「痛い? やりすぎちゃった?」
 と、悪戯っぽい笑いを零す。男には、それに答える余裕など、到底なさそうだった。
 男は跪くような体勢のまま、苦悶を続ける。女性は背後から再び、一発、二発と追い討ちをかける。爪先が男の睾丸に突き刺さる。彼女の表情には、サディスティックな冷笑が浮かんでいた。
「ふぐ……ぅあ!……ぐうっ!」
 と、悶声を響かせ、男はその身体を床に埋めた。泡の塊をいくつも吐き出しながら、床の上をのた打ち回る。しかし女性は、男の動きすらも自由にさせない。すぐさまその腹を踏み付けて、男の身体を床に固定する。ピンヒールの先が臍の下辺りに突き刺さり、男は再度、悲鳴を上げた。
 侮蔑のこもった瞳で男を見下ろしながら、
「所詮は男ね。脆くて、弱い」
 と、女性がくすっと笑う。腹を爪先で押し潰すようにしながら、喰い込んだ細いピンヒールの先をグリグリと男の皮膚の中へと押し込んでいく。男は目を見開きながら、大口を開けていた。声が出ないほどの痛みを感じているのは明らかだった。男の表情が、それを如実に物語っている。
「おまけに、醜い……」
 女性は加えて、さらにそう侮辱する。その表情は、哀れみの感情すら垣間見せるものだった。
 悲痛に呻く男の下腹部からピンヒールの先端を抜くと同時に、女性はさらに男の腹を何度も踏み付けた。足の裏が、その衝撃を男の内部に伝える。尖ったピンヒールの先が、男の身体にいくつもの穴を開ける。
 みるみるうちに男の胴体は赤みを帯び、諸所にできた皮膚の穴からは血液が滴り落ちた。男は苦痛に満ちた表情を浮かべ、呻き声を上げ続ける。
 女性は「まだ死んじゃダメだよ」と軽い口調で囁き、男の顔面を蹴り飛ばした。
 宙に舞った男の身体が、ドサリと空しい音を立てて床に落ちた。

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 一筋の汗が男の頬を伝い、床へと滴り落ちた。
 女性の顔を見ながら、男は全身を震わせている。女性は、あからさまに怯える男の様子が面白いのか、その瞳を覗き込みながら、楽しげに微笑んでいた。
 男は表情を引き締め、床に伏せていたその身をようやく起こした。顔を歪めながら、壁を背にして座り込む。そして、悄然とした口調で女性に話しかけた。
「それで、俺はどうすれば……?」
 男のその言葉と同時に女性はすっと立ち上がった。左耳に付けたイヤリングを指先で得意げに弾いてみせる。男は真剣な眼差しでそれを凝視する。
 女性は口の端を持ち上げ、
「私からこれを奪えたら、助けてあげる」
 と、軽い口調で言った。鍵を取り出し、男の両手を拘束していた手錠を外す。解放感からか、男はその胸を大きく膨らませ、勢いよく息を吐き出した。顔色がわずかに赤みを取り戻す。
 男は低い声で、内容を確認するようにゆっくりと言葉を並べた。
「本当に……それを取ったら、助けていただけるんですね?」
「……ここでは、私が全て。わかる?」
 そう言って女性は、妖しく瞳を揺らめかせる。
 刹那、男はキッと女性を見据えた。それは腹を空かせた獣のような眼つきだった。



 人工光が静かに閃いている。
 対峙した両者から生み出された影は、その様相の違いを明確に映し出していた。
 一方の影は、左右に大きく揺れ動き、今にも崩れてしまいそうな脆さを床に描いている。対するもう一方の影は、まるで静止してでもいるかのように、全くと言っていいほど動きを見せない。
 対照的とも言える二つの影が、ほの暗い地下室を飾っていた。皮肉にもその影が、両者の力関係を顕著に物語っているようだった。
「まだやる?」
 静寂を打ち破ったのは、したたかで冷たい、高い声。
「も、もちろん……です……」
 と、その問いかけに答える、あまりにもか細い、低い声。
 人工光はその二人の実体をも、容赦なく照らしていた。
 そこに映し出されているのは、対峙するにはあまりにも不釣合いな両者の姿だった。
 一人は女性。
 小首を傾げながら、冷然とした視線を相手へと向けている。その表情は涼しげで、余裕そのものといった風だ。息切れひとつすることなく、わずかに微笑んですらいる。
 もう一人は男。
 痛ましい傷や痣が、顔から足の先までを、くまなく彩っていた。肩を大きく上下させ、膝が微震を続けている。立っているのもやっと、といった状態なのだろう。喉から漏れる擦れた声と荒い呼吸音が、継続的に鳴り響いていた。

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 しばらくの間、女性は締めつけるような視線を男に送り続けた。男は萎縮したように、ただ黙っている。それはまるで、躾の最中の犬とご主人様の関係のようだった。一喝されて小さくなった男と、それを下目で睨みつける女性。
 沈黙の時間が、刻々と流れていった。
 やがて女性がその表情をふっと緩める。毅然とした態度はそのままに、女性は穏やかな口調で再び話し始めた。
「聞いたことあった? この地下室のこと」
「……はい」
 女性の表情の変化を窺うように視線を巡らし、男が答える。女性は笑みを浮かべながら話を続ける。
「どこまで知ってるの?」
「……っと。あるらしい、っていうことくらいで、詳しくは……」
「実際に、ここを見た人を知ってる? 一人でも」
「…………いえ」
「そっか。どうしてだろうね?」
 そう問い、女性は意味深な表情を作る。男はしばらく間を置いた後、重く口を開く。
「殺されてしまう……から……」
「その通り」
 そう言って、女性はくすくすと笑った。
 男の表情は絶望に帰していた。顔を上げ、縋るような瞳で女性を見ながら、
「じゃ、じゃあ……やっぱり俺も……?」
 と、弱々しい声を絞る。女性は表情を変えないまま、
「そこで、さっきの話だよ」
 と涼やかな声で言い、悪戯っぽく笑う。
「た、助けてくださるっていう!」
 男の表情に希望の光が灯る。語気も強くなっていた。しかし女性は、
「あなた次第でね」
 と、さらりと返す。肯定とも否定ともつかないその言葉に、男は歯痒さを表情に滲ませる。
 気にせず、女性は話を続けた。
「ここはあなたの思ってる通り、罪人の処理場だよ」
「……はい」
「でも、私たちの娯楽場でもあるの」
 その言葉に違和感を覚えたのか、男は怪訝な顔つきで女性を見る。やはりここでも女性は、男を気にする素振りを見せない。彼女は淡々と言葉を重ねた。
「中継されてるの。この部屋」
「え! で、でも……担当官が、監視はつかないって――」
「うん。監視じゃないよ。観客だもの。観てるのは、女たち」
「じゃあ、さっき話してたのは、その人たちなんですか……?」
「そう。だって担当官は男だよ? 私を止める指示なんてできるわけないでしょ」
 女性はそう言って不敵な笑みを浮かべる。男は身震いしながら、口を開く。
「……だったら一体、何の目的で……?」
 その言葉を聞いて、女性が吹き出す。彼女はそこで一呼吸置くと、
「観て楽しみたいんだよ。私があなたを、もっともっと嬲ってから殺すのをね」
 と言い放った。まるで当然のことのように。ごく自然に。

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「本当にか? 本当に、助け――」
 言葉の途中で男は咳き込んだ。口から鮮血の混じった胃液が吐き出される。女性は意味深な微笑を湛えたまま、ただじっと口を噤んでいる。
「信じて……いいのか?」
 と、男はさらに言葉を重ねる。弱々しい声だ。女性の瞳を食い入るように見つめている。そんな男の様子を一瞥してから、女性はゆっくりと口を開いた。
「ところで――」
「いいから答えろ!」
 男は切迫の度を高めたのか、語気を強める。その時、女性の表情からすっと笑みが消えた。
「答え……ろ?」
 そう言った女性の目尻は鋭く吊り上がっていた。眼力に怯んだのか、男は身体を硬直させる。女性は男の瞳を覗き込みながら、顔を近づける。威嚇するような口調で「答えろ……?」と、再び男に詰め寄る。
 男は先ほどの勢いを失い、全身を震わせる。「あ……あっ……」と、言葉にならない声を喉の奥から漏らした。その額に汗が滲む。女性はその瞳に、未だ鋭い眼光を閃かせている。手中に男を捉えた女性は、
「態度が悪いなぁ。殺されたいのかな?」
 と冷やかに呟き、その拳をゆっくりと男の目前に突きつけた。男はビクッと身体を震わせる。表情がみるみるうちに青ざめていく。
「す、すす……すみません! ごめんなさい!」
 と、男は慌てた口ぶりで謝罪の言葉を発する。同時に、縋るような声を絞る。
「お、教えて……ください!」
「何を?」
「だか……、ですから、その……本当に――」
 と、そこで再び男は咳き込む。すぐさま女性が口を挟む。
「本当に、何?」
「はい。あの、本当に助けてくれ、……くださるんでしょうか?」
 男は真剣な眼差しで女性を見つめながらそう言った。それと同時に、女性は表情をほっこりとほぐす。
「礼儀正しくできたね」
 言いながら、女性は握っていた拳をゆるめた。再び朗らかな笑みを湛え、
「それじゃ、教えてあげようかな」
 と、言葉を紡いだ。
 男は緊張の糸がほどけたように、深く息を吐き出した。しかし女性は、
「ところで、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
 と、またも話題を逸らす。
 男は大層もどかしかったに違いない。それでも、何とか平静を取り繕おうと、表情を整えようとしている様子だった。しかし、焦る感情は隠しきれなかったのか、またも語調が強くなる。
「だから、それより――」
「聞きなさい!」
「うっ……」
 男の言葉を途中で切り裂く女性の怒声。その迫力に圧倒されたのか、男は息を呑み、それ以上は口を開かなかった。

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 男を見下ろしながら、女性は膝を持ち上げていた。ピンヒールの先が男の首筋を捉えている。
 しかし男は抵抗しなかった。正確に言えば、抵抗できなかったのだろう。彼はその身体を痙攣させながら、しきりに吐瀉を続けていた。
「この足を下ろしたら……おしまいね」
 女性が舐めるような声で語りかける。しかしその時には、既に男は反応を示さなかった。どうやら気を失ってしまったようだ。微動だにしない男を見ながら、女性はその表情を引き締める。その時、女性はその視線を胸元へと移動した。両胸に挟まれた無線通信機が振動を始めたからである。先ほど担当官から預けられた、小さなイヤホン型の物だ。
 女性は呆れたような表情で、ふっと息を吐く。
 男の首筋を捉えていたピンヒールの先が焦点を変え、ゆっくりと床へ下ろされた。
 女性は胸元に手を忍ばせて通信機を取り出すと、右耳にそれを取り付けた。
「……うん。所詮、男だから。もう限界だよ」
 女性の声だけが、地下室の静寂を破る。ちらりと男に目線を送り、くるりと背を向ける。そして、再び通信機の向こう側に語り続ける。
「え? 急な話ね……」
「……まぁ、ある程度はね――」
 女性がイヤホンを通して会話を続ける。地下室に女性の声だけが響く。その間に、閉じられていた男の瞳がわずかに開く。意識を取り戻したのだろう。呼吸の乱れも少しずつ治まってきているようだった。しかし身体が動かないのか、彼はうつ伏せの体勢のままでいる。
 男は女性のやり取りに気付いたのか、視線だけを女性に向ける。もちろん彼には、その通信機の向こう側に何があるのかまでは知る由もない。彼は深呼吸をし、女性の様子を観察しながら、ただ聞くともなしにその声に耳を傾けていた。女性はそれに気付かず、話を続ける。
「それも面白いかもしれないけど」
「……不満って、……あんたたちって、ホント勝手よね」
「わかった。とにかく一回、処置してみる」
 そこまで話し終えると、女性は小型イヤホンを耳から外し、再び胸元へと押し込んだ。大きなため息をひとつ零し、男の方へとふり返る。男の視線はまっすぐに女性の瞳を捉えていた。女性は驚いたようにピクリと身体を反応させ、やがてくすっと笑った。
「失神しちゃったと思ってたのに。聞いてたのね」
 落ち着いた声だった。男はそれに答えず、伏せた体勢のままでいる。女性は脚を高く振り上げ、
「怖いでしょ? 逃げなよ」
 と、さらに声をかける。しかし、男は依然として動かない。虚ろな瞳をその目に湛え、声を絞る。
「……身体が、動かないんだ」
「殺されてもいいの?」
「逃げても……殺すんだろ?」
「んー。でも、それじゃ困るんだよね」
 そう言って女性は苦笑する。男が怪訝な表情を浮かべる。女性はしばし何かを考える素振りを見せた後、
「じゃあ、助けてあげようか?」
 と、明るい声を出した。足を再び床へと下ろし、男の傍らにしゃがみ込む。
 男の目が大きく見開かれた。

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 男は走り続けた。
 完全に息が上がっているのか、男の喉からヒューヒューと音が鳴っている。対する追手の女性は、未だ軽快な足取りで、じわじわと男を追いかけていた。手錠がしきりに鬩ぎ合い、高い金属音を放つ。男の両腕には次第に擦り傷が刻まれ、両腕を徐々に削っていった。女性は口元に笑みを浮かべ、無言のままヒールの音を奏でている。
 男は泥酔したような足取りだった。
 右へ左へと不規則にふらつきながら「はぁ……はぁ……」と擦れるような呼吸音を絞り出している。そして男の足がひたりと動きを止める時、女性の一撃が彼を容赦なく襲う。
「がああああぁっ!」
 背中を蹴り飛ばされ、男は絶叫とともに床に突っ伏す。ピンヒールの先が突き刺さったのか、倒れ込んだ彼の背骨脇の一点から、血液がじわりと顔を覗かせる。
 再び振り下ろされた踵を、彼は寸でのところでかわす。男に休む余裕は与えられないのだ。そして再び鈍足を懸命に駆使する。その繰り返しだった。彼の体力がもはや限界を超えていることは、火を見るより明らかである。それでも女性のヒール音は一定のリズムを奏でながら、確実に男を捉えていく。
 男がよろめき、屈み込む。女性は間髪入れず、男の弛んだ腹に鋭い膝蹴りを叩き込む。
「ぐええぇっ!」
 ふわりと男の足が床を離れる。吐き気を催したのか、男は身体を折り曲げたまま、喉から奇異な音を立てる。小刻みに震えたまま、とうとう男はその足の動きを止めた。女性はその姿を見るなり、男の髪をむんずと掴む。女性の目尻が下がり、口元はゆっくりと弓なりに曲がる。
「……捕まえた」
 言いながら女性は、屈み込んだ男を押さえつける。
「や、やめ――」
 と、男が叫ぶ。それは小さく、酷くしわがれた声だった。しかし女性の表情は変わらなかった。顔中に湛えた朗らかな笑みを絶やすことなく、
「覚悟はいい?」
 と鋭利な口調で言を放ち、男の腹を再び膝で突き上げた。
「ぐふうううぅっ!」
 男の擦れた叫びが地下室を包む。出張った腹に女性の膝が深々と突き刺さる。内臓が下がる体勢であるため、その衝撃は直接、身体の中へと響く。
「っはっ……げえっ!」
 それは内部から遡ってくる悲痛な悶声だった。しかし女性の蹴りは止まらない。
「いい声」
「うぐぅっ!……っかはっ!」
「もっと?」
「……ぐうっ……ごほおあっ!」
 苦渋に満ちた喉声が絶えず地下室を覆った。男の膝には既に力が入っていないのか、掴まれた髪を支点に身体が宙吊りになっていた。
 やがて、男は嘔吐し、白目を剥いた。女性はくすりと含み笑いを零すと、彼の髪から手を放す。
 男は意識をもたない人形のように、顔から床にドサリと崩れ落ちた。

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 この地下室は、巨大官営施設ガーディアンセンター深部の一角に位置していた。
 目的は罪人の処刑である。しかし、その存在は明らかにされていない。センターに居住する人間をいたずらに不安に陥れたり、精神を不安定にさせたりする状態は好ましくないからだと、センター職員には説明されていた。


 男はセンターからの脱走を企て、実行した罪によって処刑対象者となった。犯行現場をセンター警備員に見られたのだ。当然、捕まった彼に弁明の余地があったはずもない。罪人とされ、間もなくセンターからの処分命令が下った。命令書には『罪人"D-EAD-5502"を籠の中のゴキブリの刑に処す』と明記されていた。
 男が地下室に連れて来られた時には、身に着けた衣類は全て剥がされていた。後ろ手に手錠をかけられ、担当官二人に両脇を固められての連行だった。地下室に男が蹴り入れられる。そこは、全面を白で覆われた、狭い閉鎖空間だった。その中にはただ一人の人間が、黙ってこちらを向いて立っていた。
 切れ長の目が特徴的な、見事なアジアンビューティーの姿がそこにあった。セミロングの黒髪は絹糸のように繊細で艶やかだ。唇の紅が、その美貌をさらに際立たせていた。左耳につけた煌びやかなイヤリングが輝いている。身に着けた白を基調としたビスチェは豪奢なレースで飾られ、黒のリボンが胸元のアクセントになっていた。黒のスカートは短く、キメの細かい柔らかそうな太腿を惜しげもなく晒している。漆黒のピンヒールブーツが、爪先から膝までをすっぽりと覆っていた。
 紛れもなく、それは女性だった。
 男はその姿を目の当たりにすると同時に、ハッと息を吸った。目を丸くし、ゴクリと唾を嚥下する。一歩、後ずさったところを、担当官にぐいと押し戻される。女性を目の前にした彼の顔には、動揺の色がはっきりと浮かんでいた。
 女性は一歩前に足を踏み出し、
「あなた。脱走を謀ったそうね」
 と、穏やかな口調で声をかける。口篭る男の背中を担当官がドンと張ると、彼は「あぁ」とぶっきらぼうな返答をする。その態度を見た担当官は目尻を吊り上げ、再び手を振り上げる。しかし、今度は女性が、手で合図のようなものを送ってそれを制する。
「ごくろうさま。後はこちらで……」
 女性がそう言ったのを機に、担当官二人は同時に敬礼する。そして一人が、
「処罰規定により、モニター監視はつきません。非常時にはこれを」
 と言って、イヤホン型の小さな無線通信機を差し出す。女性は無言のままそれを受け取り、無雑作に胸の谷間に押し込む。それを確認すると、二人は再び敬礼し、地下室を後にした。
 静かな地下室に、カチッという非情な電子ロックの音が鳴り響いた。

 
 男が今まさに地下室にいるという事実は、センター居住者の誰一人として知る由もなかった。当然、今その場所で何が行われようとしているのかなど、想像できたはずもない。
 かくして男は、人知れず、救いのない鬼ごっこを始めることとなった。

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 この鬼ごっこに終わりはなかった。
 逃げ惑う男は生まれたままの姿を晒し、後ろ手に手錠がかけられている。全身から汗と血の雨を降らせ、それが地面をひたひたと湿らせていく。表情はない。ただ静寂を打ち破る荒い息遣いだけが、時を追うごとに大きくなっていった。
 淡い人工光が、ほのかに二人を照らし続けている。
 両者の影は時に接近し、時に離れ、しかしいつまで経っても、二人の距離が一定の範囲を超えることはない。それは、ここが密室であるという事実からすれば、当然の摂理だった。
 出口のない地下室の内部は、冷たくて硬いシェルターの壁で覆われていた。
 もちろん、この部屋からも外を見ることなどできない。当然、自然の光が入ってくることもなく、唯一の光源は弱々しい人工光だけだ。部屋には物品ひとつ置かれておらず、歩みの障害になるものは何もない。ただ、とにかく狭い。仮に部屋の対角線上を一般男性が普通に歩いてみても、かかる時間はせいぜい四、五秒程度といったところだ。
 そんな無機質な豪箱の中、それでも男の足は動き続けていた。
 足取りは重く、時折ふらつく。倒れ込みそうになることもあれば、壁に凭れて亀のように鈍足になることもある。反対に、ふいに勢い付いたかのように速度を上げることもある。
「ほら、また追いついちゃうよ」
 そう呼びかける追手の声は爽然としていた。足取りも軽い。それは、逃げる男のそれとはまるで正反対の様相を呈していた。身に着けた黒いピンヒールブーツが、コツコツと快適なリズムを刻んでいる。
 男はその高い声と足音にビクッと身体を反応させる。追手には背を向け、決して目を合わせない。無言のまま乱れた呼吸音だけを発し、足を速める。
 この密室でいくら足を動かしたところで、当然逃げ場はない。もちろん男の方も、それがわからないほどの馬鹿ではない。
 しかし男は、決してその足を止めようとない。いや、止めることを恐れている、と言った方が、この場合は適切であろう。男は、嫌でも理解せざるを得ない法則を、既にその身にインプリンティングされているのだから。
 足を止めることが何を意味するのか。どうしてそれが恐ろしいのか。
 今まさに、再びその答えが男に突きつけられようとしている。
 今日何度目のことかはわからない。男の体力がまたも限界を迎えたのか、その足が止まろうとしている。すぐ背後にまで迫った追手の気配を感じたのか、男の顔面はみるみるうちに蒼白になっていった。
 肩を小刻みに震わせながら男がふり返る。しかし時は既に遅く、男の眼前には、血塗れになった追手のブーツの尖った爪先が迫っていた――
「がはあぁぁっ!」
 バキッという快音に混じり、男の獣のような絶叫が地下室内に反響した。
 男の身体が宙に舞い、ドサリと床に落ちる。唇の端が切れ、そこから血液がポタポタと零れていく。それでも次の瞬間には、震える膝を持ち上げて立ち上がり、再び覚束ない足取りで遅走し始める。それが功を奏し、追手が続けて男へと繰り出した蹴りは、間一髪のところで空を切った。
 壁に凭れかかるようにしながら、男はまた走り出した。

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久しぶりに長編を執筆しました。
ここまでお付き合いいただいた方々に、感謝いたします。
楽しんでいただけたのなら幸いなのですが、いかがでしたでしょうか。
今回の作品は、随分前から構想を練って温めていたものです。
これからシリーズものとして続編やサイドストーリーなども執筆していきたいと思っています。

毎回作品終了の際に、また作品連載の間にもたくさんの拍手をいただき、感謝の言葉もありません。
ryonazにとって皆様からいただく一票一票は本当に温かく、大切な宝物です。
あまりに大袈裟かと思われるかもしれませんが、一言この場でお礼を言わせていただきます。

その他、ブログランキングや小説アンケート、リクエスト投票や掲示板など、本当にいろいろとご協力をいただき、ありがとうございます。
ご来訪いただいている方々に対する要求が多すぎるのではと、ちょっと冷静になってみて反省しました。
新しい試みを! 新しい刺激を! 充実、快適、安心なサイトを! などと考えて、ここ数週間突っ走ってきたような気がします。

こんな頼りない管理人ですが、皆様に支えられることで今もサイトを続けていけます。
今後とも、どうぞよろしくお願いいたします。

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「その首輪が、あなたが私のものであるという証。」
 ふいに女性が僕の首輪を指差してそう言った。
「あなたが私の玩具として生きることの証よ。」
 僕は頷いた。これからこの女性に仕えていくのだという決心に迷いはなかった。


 しばらくすると、軍服の男二人が部屋の中に入ってきた。
「失礼いたします。面会終了でよろしいでしょうか。」
 女性は男たちの方を見もせずに、軽く頷いた。
「首輪を付けたわ。意味が分かるでしょ?」
 今度は男たちが頷いた。
 女性はリモコンのスイッチを押した。僕を拘束していた手枷や足枷、陰部の柔らかいものが一気に外れる。僕は解放感でしばし放心状態に陥っていた。
「じゃあ、連れて行くわ。」
 さらりと男たちに告げると、僕に服を着せて手を引いた。痣と傷だらけの僕は、女性にもたれかかるようにして歩いた。軍服姿の二人は、扉へと向かって歩いていく女性と僕に向かって敬礼をしていた。
「どうぞ。お気をつけて。」



 僕たちは、長い長い廊下を抜けた。
 女性が扉の横にあるパネルに触れる。
 英数字を打ち込んでいるようだ。やがて、ピピッという機械音と共にドアが開き始めた。

 その先に広がっていたのは――

「ほら、これがあなたの見たかった空よ。」

 僕は扉の外へと、一歩を踏み出す。
 涙は止められそうになかった。



END

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