[18禁] 逆リョナ小説サイト  ~美しき女性たちの狂気~
物語は、終わりから始まりました。
彼女に出逢ったこと。幸福を感じられたこと。
生まれてから死ぬまでを人生と呼ぶなら、彼が紡いだこの時間は……?

少しずつ、涼しくなってきましたね。
季節の変わり目です。体調を崩しがちな方はいらっしゃいませんか?
どうぞ皆様、くれぐれも健康に留意してお過ごしください。
今後も、Black Onyx [ブラックオニキス]を、どうぞご贔屓に。

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 白鳥先生は、俯いたままで立っていた。
 そう。彼女は俺と会ってから、いや――、正確には、俺の死体を見てから、ずっとずっと泣いていたのだ。ただ、涙という液体が目から零れていなかっただけで。
 彼女を救ってあげたかったのかもしれない。自身が救われたかったのかもしれない。
 俺は、今日のこの日を、ずっと待ち望んでいたのだ。白鳥先生を毎日見られることを喜びながら、同時に、日々沈んでいく彼女の様子を見ることに耐えられなくなってきていたのだ。だから――
「お辛いですよね。まさか、こんな形で……」
「はっ。他人のせいにしないでくださいよ。辛いのは、先生のほうでしょ」
 無意識に、突っかかった。白鳥先生の表情が曇る。
「どういう――?」
「もう、嘘はつかなくていいですよ」
「嘘なんて――」
「嘘ですよ」
「違います!」
「本当は――」
「やめて!」
「――もう死んでほしい。……そう、思ってますよね」
「…………」
 無言が全てを物語っているようだった。俺は、不思議と清々しい気分だった。
「でも、それは無理ですよね。理屈では、もう死んでいるんですから」
「……やめて」
「だから、せめて――」
「もう、もうやめて! やめて!……お願い!」
「…………」
「もう……。もう……」
 彼女を追いつめるつもりはなかった。ただ、言わずにはいられなかった。己の器の小ささに呆れながら、すぐに謝罪の言葉を重ねる。そして、
「同情は要りません。先生が、自分を責める必要はないですよ」
 素直に心の内を告げた。
 そこまで話したあとで、俺は手術室へと搬送された。

 医学的に動くはずのない身体。呼吸もしていないのに、喋る死体。
 意識を保ち続けた俺を、彼女だけが、生きている患者として扱ってくれた。
 陽があたり、風の入る病室。彼女の計らいに、感謝の気持ちは絶えなかった。

 施された全身麻酔は、俺への気休めのつもりなのだろうか。もちろん、何の意味も為していない。予想通り、意識ははっきりしていた。
 手術着を身に着けた白鳥先生も美しかった。だが彼女の表情には、やはり俺の好きだったあの笑顔はない。ただ、代わりにそこには、今まで一度も見せたことのなかった彼女の涙があった。
 ――患者の前で泣くなんて。
 俺は、彼女の優しさを胸に刻み、
 ――あんた、それじゃ、医者としては失格だ。でも、
 そのしなやかな手によって、
 ――本当に、……人間らしい、いい女だ。
 静かに、眼球が摘出されていくときを待った。
 俺が彼女を見ることを、今、彼女が不可能にした――
 機能するはずのない俺の下半身が、なぜかピクリと反応したような気がした。

 これで、全ての臓器提供が終わった。
 病院に置いてある必要のなくなった自分という死体が、これからどうなるのか――そんなことには興味がなかった。ただ、全ての臓器が無くなってもなお、想うことを忘れられない自分という存在が不思議でならなかった。

 俺は幸福だ。
 あなたに出逢えた。



END

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 この連続集団暴行事件は、今や紙面のトップを飾るほどになっていた。
 一昨日は、この街で割と名の知れた地主の息子が殺された。昨日はどこぞの大学生だったか。そして今日の被害者は、どうやら有名流派の道場主らしい。犯行手口や目撃証言などから、同一犯と見てまず間違いないそうだ。いずれも、凶器を使った形跡は見当たらないとの発表だった。
 年若い女の子のグループによる犯行。しかも、高校の制服を身に着けていたとの目撃情報もあった。
 金品狙いとは限らない。よって、金持ち狙いだけでもない。弱者狙いだけでもない。が、そうでないとも言えない。俺のようなごく普通のサラリーマンが襲われることもある。この無差別な対象ゆえか、捜査は世間が思っている以上に難航していた。まして、今日の道場主もそうだが、腕の立つ格闘家が、たかだか二、三人の女性に殴る、蹴るなどの暴行を受けて死亡するなどというショッキングな事件は、なかなかお目にかかれない話題性の高いネタだ。マスコミは連日このテの報道を続けるし、警察は犯人逮捕に躍起になる。それは当然のことだと思えた。
 これだけ目撃証言があるにもかかわらず、未だ犯人グループは捕まっていない。

「あ」
 思わず声を漏らしてしまった。考えることに浸っている間に、脇の下に挟まれていた体温計が音を鳴らしたためだ。白鳥先生が体温計を片手に記録を取る。
 ――意味など、無いのに。
「はぁ……」
 ため息のような声を出す。ため息は出ないから、声を出した。今はもう動かない己の全身を視線で撫で、それからゆっくりと机の上に移動させる。そこに置いてある健康保険証を見るためだった。白鳥先生はその表情に困惑の色を湛え、さりげなくその身体で、俺の視界を遮ったようだった。
「仕事、つらいですか?」
 問うてみた。彼女は答えない。
「せめてこういうことくらい、看護師さんに頼んでも」
 やはり、彼女は黙っている。そんなに俺と一緒にいたいのかとからかってもみたが、反応は変わらない。その代わり、彼女の動きもピタリと止まったままだ。再び、
「今日は、いよいよ――」
「やり甲斐はあります!」
 連ねようとした言葉は、拒絶するような強い語勢に遮られた。
「じゃあ……」
 あらためて、落ち着いた口調で白鳥先生に声をかける。腹の探り合いのような、まどろっこしいやり取りに、うんざりしてきたからだった。
「そろそろ健康保険証、取ってもらえますか?」
「――っ。……」
「お願いします」
 彼女はわずかに躊躇したようだったが、
「…………はい」
 と、震える手で机の上に手を伸ばした。健康保険証を俺に手渡す。
 裏面に貼ってあるのは、臓器提供意思表示シール。
 それを見ると、不思議と穏やかな気分になれた。

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 甘めのアイメイクを施した大きな瞳が、まず目に入った。
「金は?」
 女の子が、当たり前のように手を向けてくる。

 一ヶ月ほど前の、深夜の公園。

 確かに、その社会現象を知らないわけではなかった。深刻な社会問題となっていったからこそ、「オヤジ狩り」などという呼称までついたのだろうから。それでも、やはりどこか他人事だった。誰でもそうなのだろうが、自分の身に降りかかるなんて、思ってもみなかったのだ。まるで現実感がなかった。ましてやその相手が、
「ほら、早く」
 こんなに華奢な、可愛らしい女の子たちとなれば――
 差し出した手で俺の顎を撫で、彼女がさらに詰め寄ってくる。ゆるく外巻きにおろした髪は、明るめの茶色に染められていた。わずかに下着の透けた白いTシャツ。薄桃色と薄紫のラインが交互に入ったかぎ針編みスカートから、日焼けひとつしていない白い脚がすらりと伸びている。ヒールのついた鮮やかな桃色サンダルが、その足先を飾っていた。
 ふと、その顔に笑顔が灯った。と――、それを確認した瞬間、
「――っ!」
 突如、頬を強く張られた。
 強制的に横を向かされた顔と、ただ呆気に取られて動けない心、その両者がバランスを崩す。軽い眩暈を覚えてふらりと身を屈めたとき、
「ぐあああっ!」
 ガツンと、後頭部に別の衝撃が走った。
 たまらず頽れ、頭を抱える。見上げた視線の先にあったのは、ショートパンツから伸びた細い太腿と、その脚を膝上まで覆う黒いニーハイソックスだった。外灯を背にした女の子の表情はわからない。そのせいなのだろうか――
「ふふ……」
 そのとき耳を擽った舌っ足らずな甘い声。それが、なぜか官能的な響きとして、俺の脳裏に刻まれた。腹を蹴られて転がった身体は、また別の女の子のものと思われる足下に弾き出される。今度は、素足に黒いローファーだ。その足がすっと後ろに引かれ――
「んがっ!……あああああっ!!」
 その爪先が、勢いよく俺の口内に突っ込まれた。そのまま蹴り飛ばされ、地面に身体を強く打つ。口元が熱い。欠けた歯が数本、コロリと手の中に落ちるのがわかった。温かい何かが、口から止め処なく溢れてくる。
 ――あぁ、血……、か。
 蹲り、鉄錆のような臭いでそれと確認した。彼女たちから漏れた笑いが、徐々に哄笑へと変わっていく。その声たちが、じわりじわりと近づいてくる。スーツのポケットから、財布が抜かれる。猛攻――。身体が外から、内から、徐々に破壊されていく感覚。じわりじわりと首が圧迫され、すうっと意識が遠退いていく感覚。そして――

 目覚めたときには、このベッドの上にいた。

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 灰色。
 どこまでも広がる曇天を見つめながら、俺はただじっとしていた。
 自分がそれまで無心の状態にあったことに気付いたのは、病室のドアの開く音が聞こえたからだった。もう何度耳にしたかわからない、つまらない音。だが、
「お目覚めですか?」
 その後には決まって、飽くことのない妙なる響きが全身を愛撫してくれる。それを知っているからこそ、この、全てが嘘で造られたような真っ白い空間の中にあっても、俺は穏やかな気持ちを忘れずにいることができるのかもしれない。
「はい」
 と、視線だけを声のほうへと向ける。主治医――白鳥佳代は、今日もとても美しかった。
 俺の返事を聞くなり、彼女は俺が横になっているベッドのほうへと歩を進めた。
 羽織った純白のドクターコートが靡き、足を覆う淡いベーシュのティーストラップシューズがコツコツと床を鳴らす。腰まで伸びた黒いストレートロングの髪が、さらさらと揺れる。サイドに流した前髪の奥で、切れ長の目が俺の心を射抜く。いつものように、彼女の瞳は、酷薄な光と底の見えない闇を同時に灯していた。
「いい天気ですよ」
 そう言ってカーテンを開ける。
 極めて事務的な口調と内容だ。その声色は、怜悧というよりは無感情といったところだろうか。もちろん内心は、悲痛に震えているのだろうけれど。
 初対面のときの明るくて健康的で快活な印象は、すでに欠片も残っていない。顔も声も、相変わらず蠱惑的ではある。だが、そこにはもう、俺の知っている白鳥先生はいない。彼女の表情は日を追うごとに、ゆっくりと、しかし確実に変わっていった。深い深い海床を目指して、延々と沈んでいくように。
 無理もない。
 毎日、俺という大変な患者を相手にしてきたのだ。彼女が今、再び明るく応対するようになっていたとしたら――それこそ、彼女の精神状態を疑うべきだろうと思う。口の端をくっと持ち上げ、彼女が窓の向こうを指差す。
「ほら、あそ――」
「ずいぶんと、お疲れのようですね」
 俺は、そんな白鳥先生の言葉を遮り、
「無理しないでください」
 そう続けた。
 彼女はそのとき、少しだけ――、ほんの少しだけ口元を震わせたように見えた。が、俺がそう認識しそうになったときには、
「患者さんに心配されてちゃ、世話ないですね」
 すでに、表情も口調も、普段の白鳥先生に戻っていた。
 いい人を気取るつもりはない。ただ、同情が欲しくなかっただけだ。頑張り続ける不器用な彼女の見せるそれが、彼女自身を傷つけていくようだったから……

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立秋とは、本当に名ばかりなもので。
思わず短歌が頭の中をぐるぐるぐるぐる……(笑)

秋来ぬと 目にはさやかに 見えねども 風の音にぞ おどろかれぬる

毎年、残暑は当たり前。今年は、熱中症の報道も多かったですね。

「夏の頭は感じやすい」
新潮文庫のキャンペーンのキャッチフレーズのひとつでしたね。
なんとなく、今でも時々思い出します。
茹だるような暑さの中、ぼうっと追憶に浸りながら創った作品です。

本作におきましても、ご覧くださった皆様に、深く感謝申し上げます。
今後も、Black Onyx [ブラックオニキス]を、どうぞよろしくお願いいたします。

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「ふっ……ぐうぅ」
 彼と同じ。私だって、きっとその反抗心に鬱憤が溜まっていたのだ。
 今になって思えば、原因は彼だけではなかったのかもしれない。この厭な雰囲気。沈黙。それを何より望んだのは、私だったはずなのに……
「ぐ……あ、あ……」
 床の上をのた打ち回る岡田の姿は、今でも鮮明に覚えている。身体を小さく小さく丸め、呻く、咳き込む。時折開く目は視点を定めず、涎は床の所々を汚す。彼につられそうになっていた男子たちは、まるで我関せずといったように、あっという間に掌を返している。
 私の目的は、規律を守らせること。……本当に、それだけだったのだろうか。
 頽れた岡田の悶声の中から、
「く、そ……、この……」
 かろうじて聞き取れた言葉。それが私への本音だとわかった時、背筋に冷たいものが走ったような気がした。
 ――まだ、逆らうつもりなんだね。
「ぐほおっ!……げええっ!!」
 気づけば彼の鳩尾に、上履きの爪先を突き立てていた。食後の膨れた胃に堪えるなどということは、当時の私にだってもちろんわかっていた。だからこそ、私はあえてそこを狙った。だって、私は……、私への反抗心が大嫌いだから――!
「ぐうっ……う、う」
 口答えが止んだ。それでも私は、二発、三発と追撃を加えたと思う。今だけ言葉が止まっていても、明日には同じ言葉が出てくる。同じ気持ちが芽吹く。それでは意味がないと思った。口答えをしようとする気すら、起こさせないようにしたかった。
 確か――、先生に止められて……、ひどく怒られたような気がする。理不尽という言葉すら知らなかった。今となっては、その言葉が的を射ているのかどうかもわからない。けれど、私はどうしても納得できなくて、しばらく岡田を強く、強く見つめていた。
 今度やったら……
 そんな風に思っていたような。
 でも、それから彼は変わった。とても素直になった。良い子になった。掃除の時間はもちろん、他のいろいろな場面でも一生懸命、真面目に取り組むようになった。私に逆らうような態度もとらなくなった。
 私はそんな彼を可愛く思った。目が合えば俯く。そのくせ、事あるごとに彼のほうから近づいてくる。彼の口から「はい」「ごめんなさい」という言葉が多くなってきたのも、この頃からだったような気がする。この辺りの記憶は定かじゃないけれど。


 岡田の顔はすっかり大人びて、目元にだけあの頃の面影が残っている。
 今は――
「掃除なさい」
 そう静かに囁き、足を投げ出すだけでいい。
 今の彼には、その一言で十分通じるから。



END

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 いつの時代も、きっと同じなのだろう。
 あれは、確か十年ほど前のこと。
 当時の私にとっても、それはおそらく見慣れた光景だったはず。毎日、同じことを繰り返して、他人に迷惑をかけて、いったい何が面白いのか――
 そんな風に感じながら、私は自分のすべきことだけに専念していた。
 あの日が私の転機だった、などと大それたことを言うつもりはない。ただ、多かれ少なかれ、それが今の私を生んだきっかけであることは否めない。
 虫の居所が悪かったのだろうか、知らず知らずのうちにストレスが蓄積されていたのだろうか――
 例えその時の私に聞いてみたとしても、おそらく答えなど出ないと思う。もともと人間は、理屈だけで生きていけるほど合理的な存在ではないのだから。


「静かにして!」
 掃除の時間に騒ぐ男子に向けた言葉だった。私の発した大きな声を機に、教室内から音が消える。同時に、その場にいた男女全ての視線が、私へと注がれる。
 それらの瞳は、ひどく冷たく感じられた。だから、
「ちゃんと掃除しなさいよ!」
 押し潰されたくなくて、跳ね返したくて、私は怒声を重ねた。
 ――真面目だと言ってからかわれるだろうか……。喧嘩腰でつっかかってくるだろうか……
 そんな私の思いとは裏腹に、男子たちは口を噤んだ。見れば、彼らの手にしたほうきが、雑巾が、床や窓、机や棚に付着したほこりを集め始める。
「はぁ……メンドクセ」
 悪態をつきながら机を運ぶ岡田の声は小さい。わざとらしくため息をついている男子数人も、決して私と目を合わせようとはしない。空気は重くなったが、私の心は、あの澄んだ空に浮かぶ白い雲のように軽くなったのを覚えている。
 いつの間にか、彼らは私を避けるようになった。当然と言えば当然の結果だと思う。とは言え、私に悪態をついたり、陰口を言ったりする人間もまたいない。それも当たり前のこと。そんなこと、私が許していないのだから。ただ、押し黙ったままの雰囲気が、日を追うごとに彼らの心を圧迫していったのだろう。
「あっははは!」
 ちょうど今日のように、蒸し暑い夏の日だった。今まで我慢してきたものの全てを吐き出すように、
「うらあ! うっらああ!」
 岡田がほうきを振り回した。それを機に、それまでおとなしくしていた他の男子もひとり、ふたりと、彼に調子を合わせようとする雰囲気が見て取れた。
 だから――
 私は力任せに、
「うっ!……ぐえええっ!」
 暴れる彼のお腹に拳を叩きつけた。

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イメージを駄文に乗せて――
キーを叩く指を動かしていたのは、複雑なようで単純な、何かしらの衝動でした。
この叫びが、どうか届きますように。
そう願っていたのか否かすら、今の私にはわかりません。
これからも、Black Onyx [ブラックオニキス]を、どうぞよしなに。

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 ハヤテの演奏は、クライマックスを迎えていた。
「はぐうっ!……はう、ぐあ、あ、ああああっ!」
 こんなにも感慨深いメロディは、今まで耳にしたことがなかったと思う。
 酔っているような錯覚に陥る。本当に気持ちがいい。すごく……すごく……
 それを与えてくれているのは、他ならぬハヤテだ。彼だけが、私を幸福の絶頂へと誘ってくれる。私の、たったひとりの弟。そう、彼だけが……
 だからこそ、時の流れを恨まずにはいられなかった。
 至高の瞬間。それはこんなにも呆気なく、その姿を消していく。
「うぅ……、あぁ……ぁ、ぁ」
 かすれ、次第に小さく……、小さくなっていくハヤテの演奏。
 ピクピクと身体を痙攣させ、やがて口から泡のようなものを噴き始める。
 ――もう、オシマイ……なの?
 その自問が、ひどく残酷なものに思えた。終わりという言葉を、これほど恐れたことはなかった。
「お……、ねぇ……ち」
 歪んだ表情で私を見上げるハヤテは、一体、何を思っているのだろう。私は、今この瞬間に、何をどう感じて、何をして、どう思い、どう考えればいいのだろう。
 答えは出なかった。
 いつもの休日。当たり前のようにのんびりしながら、当たり前のように時間が過ぎていくはずだったのに――


 快楽が後悔を伴うのなら、どうしてそれを求めるようにしたのですか。
 不幸が幸福を装うのなら、どうしてそれを見分ける力をくれなかったのですか。
 心の解放が許されないのなら、どうして身体を解放したのですか。
 好意をもつこと自体が罪なら、どうして私を存在させたのですか。


 もし、ハヤテが目を覚ますなら――
 その時、私はどうするのだろう。
 彼の頭を撫でてあげられるだろうか。
 それとも、また……


 誰か、どうか教えてください。



END

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